-05-

 男の姿に、相馬は言葉を失った。だが男からの問いかけに、慌てて笑顔を作って答える。

「俺、いや僕は、相馬といいます。守哉くんとは、神威ノ宮の同じ職場で働いてまして――」

「茶番はいらんッ!!」

 とてつもない大声に、今度こそ相馬は完全に言葉を失った。

「お主は、家出娘を探しに来た四人組の一人じゃろう。ご近所の情報伝達スピードをナメてもらっちゃ困る。……相馬、だな。お主が名乗ったのにこちらが名乗らんのはフェアではなかったな。わしはこの稲穂の機工士。親方と呼ばれておる」

「お、親方さんですか。えーっと……失礼ですけどそれってあだ名ですよね? 名乗ったことにならないんじゃ……」

「細かいことは気にするなッ!」

 理不尽とも言える剣幕に気圧され、相馬は「はは……」と乾いた笑いを漏らす。

「お主がなぜこの家にいるのかは後回しじゃ。それよりもさっきの銃声はなんじゃ? 説明してもらいたい!」

 太い眉を吊り上げ、親方は鬼のような形相で相馬に迫る。

「え……っと、それはあ……その……」

 相馬がしどろもどろになっていると、親方はすぐにしびれを切らした。

「ええい、まだるっこしい! 綾を出せ! 守哉でもいい!」

 相馬を押しのけ靴を脱ぎ捨てると、親方はずんずんと中へ入ってきた。

「守哉ァ!」

 親方は、壁に頭をぶつけないようかがんでリビングに入ってきたかと思えば、守哉の姿を見とめるなり名を叫んで駆け寄った。親方の動きは、巨躯に似合わず忙しない。

「守哉、お前は無事らしいな。綾はどうした?」

「すみません、ケガ人がいるんです。静かにしてもらえませんか?」

 御角が親方に怯む様子もなく鋭く言う。親方はソファ横たわる一之瀬に気づき、神妙な顔をした。

「……こやつは……撃たれたのか。大丈夫なのか?」

「命に別状はないですけど、重傷です」

「そうか……ならばよし。その傷がさっきの銃声の正体じゃな。では、撃ったのは何者じゃ」

「私です」

 それまで、影のように静かにしていた淡路が名乗り出た。親方は訝しむように声を低め尋ねる。

「……何者じゃ」

「出生省の職員、機工士の淡路十和子と申します。あなたは第六廃棄街で融機組織レクシーズの製作及び整備を生業としている機工士の、通称、親方殿……で、間違いありませんか?」

「……いかにも。稲穂の親方とは、わしじゃ」

 淡路は感情を排した声で、親方に向かって話す。

「こちらから出向く手間が省けました。お渡ししたいものがあります。ご同行願えませんか」

 奇妙なほど事務的な様子の淡路に、親方は困惑している。しかし、ためらっていたのはわずかな時間だった。

「わかった。だがその前に一つ聞きたい。綾は無事なのか?」

「はい。妹さんはご自分の部屋におられるはずです」

「そうか。なら顔を見てから行く。それから、融機組織レクシーズ関係の話なら綾にも聞かせろ。あの子はわしの弟子じゃ」

「可能な範囲でよろしければ」

 うむ、と頷くと、親方は守哉のもとへとやってきた。

「……守哉」

 親方はその大きく温かい手で、守哉の髪をわしゃわしゃとかき混ぜる。

「何があったか知らんが、しっかりせい! 兄貴じゃろう!」

 しかし、親方の目は言葉とは裏腹にこう告げている――心配だ、と。

「では淡路とやら、綾の部屋へ行くぞ。その後、お主とともに出かければいいんじゃな?」

「はい」

 もう一度守哉を見やると、親方は淡路についてリビングから去っていった。



「は~、スキのねえおっさんだったな。博士、殺されるかもな」

 玄関へと続くドアを閉めながら相馬がぼやくと、御角が反応する。

「まさか。いかにも強そうな人ではあったけど」

「いやいや、だってよ。守哉んちで銃声がして、大人がその様子を見に来た。しかもあんなゴツいおっさんが。撃った奴をどうにかしにきたって考えるのが筋だろ。家を出たら、すぐに武装した住民に取り囲まれたりして」

「やめてよ。いくら淡路博士でも、死なれたら夢見が悪くなる」

「急にいい子ぶんなよ、智長ともなが

「いい子ぶってなんかいないよ。本心だ」

「そうかぁ? お前みたいに普段おとなしい奴のほうが、何考えてるかわかんなくて怖えんだよな」

「……なにが言いたいの?」

「おお、怖い怖い。そんな目で睨むなよ。せっかくお姉様受けしそうなカワイイ顔なのに」

「仁のそういうとこ、純粋に気持ち悪いからやめてくれない?」

「褒めてんのにつれねえ奴だ」

「だからそういうところが気持ち悪いって言ってるんだけど」

 相馬と御角はくだらない言い争いをやめない。


 くだらない。くだらない――くだらない。


「……お前ら、うるさい」


 気がつくと、守哉は椅子から立ち上がっていた。

 なぜこの状況でくだらない会話ができるんだ。何一つ解決に向かっていないこの状況でへらへらしていられるんだ。胸の中で二人を罵倒すると、どうやら伝わったらしい。相馬と御角はばつの悪そうな顔で守哉を見つめている。しかし意に介さず、守哉は彼らの横を通り過ぎていく。

 この場に、いたくない。

「……天、橋……」

 一之瀬に名を呼ばれた。だが無視して、守哉は家を出た。

 ひとりになりたい。

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