-04-

〈守哉、視覚データを照合したところ、以前の綿津野宏と一致しない部分があります〉

「補助頭脳、詳しく聞かせろ」

〈はい〉

 守哉は襟元のマイクのスイッチを入れる。

「綿津野宏の四肢は可変式融機組織レクシーズに改造されています。右腕は型式番号G104、左腕はS201、右脚、左脚は共にB43です」

「女? 今喋ったのは何者だ?」

 一之瀬が尋ねる。

「こいつだ」

 守哉が右こめかみの盾を指さすと、一之瀬は眉をひそめる。

「なるほど……しかし、型式番号だけでは何の融機組織レクシーズなのかわからぬな」

「右腕が、銃……左腕が盾、足はブースターです……どれも違法のものです」

「伊佐、わかるのか!?」

 驚いたことに、未那美は補助頭脳よりも素早く答えた。

「はい……昔、図鑑で見たんです。どれも正規ルートでは手に入らない危険な融機組織レクシーズで……あまりの負荷に、人の体のほうが耐えられなくなると」

「なんだそれは……自分の体がどうなってもいいのか?」

「聞こえてるわよぉ!」

 綿津野はコンテナから飛び降りると、苦もなくアスファルトに着地した。

「あなたたち親衛隊が頼りないからぁ、自分で未那美ちゃんを取り戻そうと思ったのよぉ。そのためにはちょっとばかりパワーが必要だったから、弱い部位を融機組織レクシーズに変えたの」

 軽い調子でそう言うと、綿津野は同じく軽い調子で右腕から無数の銃弾を放つ。しかし、どれも守哉たちの横を逸れていった。

「あらぁ、当たらないわねぇ」

 綿津野は首を傾げて、自分の腕の様子を確かめる。まるで守哉たちは射的のターゲットにすぎないというような態度に、寒気がする。

「恐るるに足らぬ。訓練もなしに狙い撃てるものか。流れ弾にだけ気をつけろ」

「……わかった」

 一之瀬の言葉を飲み下し、守哉は駆け出す。

視界加速ヴィジョン・アクセル、一瞬でいい!)

「オーダー受理」

 恭介との戦いで疲弊した体に、空気抵抗が泥のようにまとわりつく。だがそれでも一息のうちに綿津野の懐に入り、刀を振りかぶった。

(右腕を落とす――!!)

「単純ねぇ」

 綿津野の左腕が、不快な金属音を立てながらあらぬ方向に曲がり――身長ほどもある大盾に変形する。

「なっ……!?」

 銀に輝く巨大な盾が、流れるように守哉の剣閃に割り込んだ。もはや軌道を変えることはかなわず、守哉の刀は激しく弾き返された。

「速くたって軌道が読めちゃえば避けるのは簡単なのよぉ」

 右腕の銃が、のけぞった守哉の心臓に狙いを定めた。

「これだけ近ければ当たるわぁ!」

 目の前で炸裂音――しかし、銃弾は逸れた。綿津野の腕は左方向から伸びてきた鎖に絡め取られていた。

「お前にばっかり無理させんのもワリィからな」

 守哉を窮地から救ったのは、相馬だった。いつの間に立ち上がり移動したのか。

「邪魔しないでよぉっ!」

「おわあっ!?」

 綿津野が鎖の絡まった腕を大きく振り上げると、相馬の体は鎖に引きずられて宙に舞った。空中で身動きがとれない相馬に、綿津野が銃口を向ける。

「させるかっ!」

 守哉は綿津野の右腕を直接掴んで思い切り締め上げた。盾で防ぐ猶予は与えない。

「ちょっとぉ、腕をとるならもっと優しくしてよねぇ!」

「気持ち悪い声出してんじゃねーよ!」

「……痛っ!?」

 綿津野が、怯んだ。

 額から流れた血が眉間で二股に分かれ、たらりと流れる。

「……血?」

 傷を確かめる綿津野の指が、赤黒く染まった。空中に放り出されているはずの相馬が投げつけた手裏剣が、驚くべき正確さで綿津野の額を割ったのだ。

 相馬は空中で一回転し、ひらりと軽やかに着地した。その相馬を、綿津野が見つめている――表情のない顔で。

 守哉が気づいたときには、もう遅かった。これまでにない力で無理矢理に腕を振りほどかれ、地面にたたきつけられる。次の瞬間には綿津野の足のブースターがミサイルのように怒りの火を噴き、凄まじい速度で相馬に迫る。

「相馬っ!」

 呼び声はすでに遅かった。腹にしたたかな蹴りを受けた相馬は声なき悲鳴を上げて血を吐き、その場に倒れ伏す。

「……顔なんていくらでも変えられる。でもね、土台が崩されたら迷惑なのよ」

 綿津野が相馬の背を踏みつけ、かかとで何度も捻る。抵抗する相馬は身をよじるが、その顔は土気色だ。

 守哉の体が、怒りに震えた。

「オーダー、視界加速ヴィジョン・アクセルだ!」

「オーダー不受理。待機時間が必要です」

「何を言ってるんだ!」

視界加速ヴィジョン・アクセルを使用しすぎています。連続稼動でなくとも、稼働限界に達する危険性があります。また、相馬仁が戦闘不能になった以上、守哉が倒れれば近距離戦闘を得意とする戦闘要員がいなくなります。守哉が倒れた場合、綿津野宏に勝利できる可能性は極めて低いです。以上の理由から、勝利の絶対的好機以外に視界加速ヴィジョン・アクセルを使用すべきではないと判断します」

「補助頭脳ちゃん、よく喋るのねぇ。たかが人間のオプションの分際で生意気」

 その言葉で、補助頭脳のマイクがオンになったままだったことに気がつかされた。

「……そうだわ。もしあなたを壊したら、守哉くんはどうなるのかしらぁ?」

 相変わらず、声音に不釣り合いな口調。しかし、底冷えがするような声でもあった。その違和感が恐怖を煽り、心を直に軋ませる。

「戦っている最中に頭を打って、あなたにヒビが入ったら、守哉くんの脳はどうなっちゃうのかしらねぇ? 私に教えてくれないかしら?」

 守哉は思わずこめかみに触れた。

 そこに、無骨な感覚はない。あるのは、滑らかな流線と優しい手触り。

(そうか、だから盾なのか)

 綾が作った美しい盾に、補助頭脳は守られている。機工士の綾が、補助頭脳損傷の危険を考慮しなかったはずがないのだ。

「こいつはそんな簡単に壊れたりしない」

「ふふ……どうかしらねぇ?」

「さっさとお前を倒せば済むことだ」

 刀を握り締める。正眼に構え、張り詰めた空気の中で機を窺う。

「そうは言っても、あなたひとりじゃ私には勝てないんじゃなぁい? 戦ってたのはあなたと相馬くんだけ。鹿島くんも一之瀬くんも何もしてくれないみたいだし」

 振り返らない。綿津野は言葉で守哉を揺さぶろうとしているだけだ。未那美を守り抜くのに、迷いは不要だ。

「まあ、あなたたちと戦わなくたって――」

 両足から火を噴かせ、綿津野が猛スピードで走り出す。

「未那美ちゃんを奪っちゃえば、私の勝ちよねぇ!」

「そうはいくか……っ!?」

 守哉は、綿津野を追おうとした。だが――

「……?」

 体が動かない。足がすくんでいるのとは違う。全身が鉛のように重いのとも違う。まるで金縛りのようだ。

「なんでだ!? 動け、動けぇっ!!」

「無理よぉ。守哉くんが平気でも、補助頭脳が狂っちゃってるんだからぁ!」

 綿津野と未那美の距離がどんどん縮まっていく。御角が未那美を抱えて立ち上がり、その場から逃げようとしているが、間に合いそうにない。

「補助頭脳が損傷し機能停止した場合、守哉の脳に与える影響は――影響は――鹿島恭介と一之瀬銀次の加勢が得られない場合――勝利できる可能性はありません――守哉――申し訳ありません、守哉の脳に与える影響を計算中――これには相当な時間を要します――」

 補助頭脳の機械的な声が切れ切れに響く。こめかみが熱い。頭がズキズキする――

「せめて、守哉が動けるようになるまで……っ!」

 それまでずっと動かずにいた恭介が、綿津野の動線に割り込んだ。

「鹿島、やめろ! それ以上能力を使うな!」

「このまま全滅するよりはいい!」 

 一之瀬の制止も聞かず、恭介は髪を青く輝かせた。指先から放たれた三本の雷の矢が綿津野の胴に突き刺さったが、突進を止めるまでには至らない。

「くそっ!」

 銃声。一之瀬の撃った銃弾が、綿津野の右足のブースターを破壊した。バランスを崩した綿津野はその場に膝をつく。さらに銃声。しかし、二度目はなかった。綿津野の盾が銃弾を阻んだのだ。

「馬鹿な、どうして銃弾の速度に追いつける!?」

 驚愕する一之瀬に、綿津野は口の端を上げて笑みを浮かべた。

――その笑みを最後に、戦いの風が、止んだ。

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