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01-
数時間仮眠をとった守哉は、いつの間にか部屋に置かれていた親衛隊のコートに袖を通した。寝ている間に、綾が洗濯しておいてくれたのだろう。
このコートは非常に丈夫なつくりで、まさに戦闘用に最適化されている。しかし、守哉のコートはところどころが焦げ、裾も擦り切れていた。これが恭介と戦ったせいだというのなら、死闘を覚悟しなければならない。
準備を終えて玄関に向かうと、綾と未那美が待っていた。
「兄貴の靴なんだけど、ちょっと細工させてもらったから。底、見てみて」
言われたとおりに確認すると、くたびれたスニーカーの靴底に、なにやらべったりと金属板のようなものが貼られていた。
「それ、電磁気を緩和するシールドの役割があるから。地面に足がついてないと意味ないし、気休めにしかならないと思うけど」
「俺が休んでる間にやってくれたのか?」
「……うん、まあ」
「助かる。ありがとうな、綾」
礼を述べても、綾の表情は険しい。眉根を寄せ、不安とも怒りともとれる顔をしていた。
「綾さん、あの」
「伊佐ちゃん。その上着、あたしのお気にだから。必ず、返しに来てね」
未那美が着ているのはデニムジャケット。硬い生地で一見無骨に見えなくもないが、シルエットは女性的で可愛らしい。
「あたし、また三人で兄貴の料理食べたいよ」
「今度はカレーにするか」
「……うん」
「それじゃ、行ってくる」
綾に見送られ、守哉と未那美は真夜中の港に向けて出発した。
「十分前行動なんて、相変わらず律儀だね」
塀の陰から、人の声。御角がひとりで立っていた。
「僕は迎えに来ただけだよ。何もしない。疑うなら索敵してみて」
「……オーダー、索敵」
寝息はあまり聞こえない。住民たちはまだ起きているようだが、街中に立っているのは自分と未那美、そして御角だけだった。
「これでわかったでしょ。僕は案内人。あと、守哉と話がしたくてね」
宵闇の中でも白いコートは映えた。二人は、無防備に晒された御角の背を追って、夜道を歩く。
「守哉、君が本当に記憶を失っているってことはわかった。最初は冗談かと思ったけど、君、もともと冗談は得意じゃなかったもんね。未那美様を連れ出したのも本気なんでしょ」
御角はそこで一度言葉を切り、軽く息をついてから言った。
「僕たち親衛隊は、ナミシステムのコアを守れとだけ命令され、ずっと出生省の寮で過ごしてた。日々訓練に明け暮れ、オリジナルの……クローンでない子供の必要性をひたすら説かれ、たまの休暇にのんびり過ごす。それを一年繰り返してた。一度だけ、未那美様を狙うレジスタンスの攻撃を受けたことがあった。だけど僕たちは、強さだけを追求して集められたメンバーだから、普通の人間なんて物の数じゃない。あっという間に殲滅して、それから庁舎に敵が来ることはなかった。僕たちは敵を恐れてなんかいなかった」
守哉たちの前を歩きながら、御角は話し続ける。
「でも、僕は疑問に思った。きっと、恭介や銀次、仁もね。僕たちは何を守っているんだろうか? ナミシステムのコアってなんなんだろう? 出生省という組織自体が穴だらけで不気味だった。だけど、僕たちには親衛隊しか居場所がない。従うしかないんだ……敵よりも、捨てられることのほうが怖かった」
もともと小柄な御角の背中が、さらに小さく見える。
「ある日、君が急に変になった。屋内でも帽子をかぶって、能面みたいに表情が変わらないんだ。さすがに何かあったと思ったけど、詳しいことは恭介も話してくれなかった……恭介と君は、寮で同室だったんだよ。すごく仲が良かった、と思う。僕からはそう見えた。そして、君がおかしくなってだいたい一ヶ月……それが一昨日さ。君は、突然いなくなった。そのあと、僕たちはやっと知らされた。ナミシステムのコアが、人間の女の子だったってことを」
守哉は思わず未那美を見たが、俯いた未那美の表情は窺えない。
「僕たち、知らなかったんだ。ナミシステムのコアが、そこの……未那美様だってこと。綿津野博士や長官に言われて様付けで呼んでいるけど、それも僕たちと未那美様の心の距離を遠ざけておくためにさせられてるんじゃないかなと思う。守哉は、未那美様のこと、伊佐と呼んでいるよね。伊佐……出生省の長官、伊佐修司と同じ名字だ」
伊佐修司。その名を聞いて、隣を歩く未那美が身じろぎした。
「……お喋りがすぎたね。守哉、ちょっとじっとしてて」
振り返った御角が、急に守哉の腹部に手を当てた。攻撃の意志は見られない。御角の手が触れたところがじんわりと暖かくなり、体の中に染み渡っていく。
「はい、終わり。これで君の内臓はもう大丈夫。血を吐いてたからちょっと心配だったんだ」
「お前、何をしたんだ」
「僕には生き物の傷ならなんでも治せる異常能力があるんだ。『
「……すごい力だな。ありがたい」
思ったことを素直に口にすると、御角は微笑んだ。
「さあ、行って。恭介が待ってる……未那美様、今度は邪魔しないであげてください。恭介は守哉と白黒つけないと納得できないみたいなんです」
「いいえ、今度も邪魔します。友達同士で戦うなんてそんな悲しいこと、しないでほしいから」
未那美は、はっきりと言った。
「……そっか」
御角は眉をハの字にしながらも、何故か嬉しそうに笑っていた。
「未那美様のこともっと早く知ってたら、僕も守哉側に立っていたかもなあ」
だが、今では見る影もない。積み上げられたまま打ち捨てられたコンテナ群はどれも潮風に錆び付き、高く首を伸ばすクレーンも、ライフ・キャンサーに冒されもはや動くことはない。
波が埠頭を叩く音と、海から吹く冷たい風の声が、宵闇の中に満ちている。街灯も油が切れて久しく、頼れるのは月明かりだけだった。
「……来たか」
夜であっても、親衛隊の白いコートは眩しい。待っていたのは恭介ひとりだった。案内人の御角は守哉から離れ、恭介のそばに立つ。
「それで、未那美様を渡す気は?」
「ない」
「……そうか。ならば、もうお前と話すことはない。お前の四肢を斬り落としてでも未那美様を返してもらう」
恭介が、腰の刀を抜く。刃が月光にきらめいた。
「守哉!」
御角が自分の刀を鞘ごと投げてよこした。
「真剣勝負でしょ。君には少し短いだろうけど、僕の刀を貸してあげるよ」
短いというが、御角の刀は恭介が構えているそれと同等の長さがあった。守哉は鞘から刀を抜き、罠でないことを確かめると、正眼に構える。
恭介の能力を使われたら、苦戦は必至。
ならば、先手必勝――守哉は大地を蹴り、恭介の刀を叩き落とそうと刀を振りかぶる。だが、やすやすと受ける恭介ではない。するりと守哉の攻撃をかわすと、胴の左側を狙って滑るように一撃を繰り出してきた。
「くっ!」
刃の向きを変え、広い面で受ける。キィン、と、一際高い金属音が、夜の港に響いた。
〈
補助頭脳に言われずともわかっている。最初から
恭介の刃を弾き、体勢を整え、腕をめがけ突きを繰り出す。だが読まれていたのか、恭介は守哉の攻撃をいとも簡単に避け、一転、攻勢に出た。流れるような白刃の連撃。剣閃は的確に隙を突いてくる。まるで、守哉の剣の癖を知り尽くしているように。
剣術の腕前は、明らかに恭介のほうが上だ。しかし、純粋な力では、守哉の方が押している。
「はぁぁっ!」
肩をとらえようと袈裟に切ってきた刃を受け止め、渾身の力で弾き返すと、恭介がバランスを崩してよろけた。
(もう一撃!)
両の手で刀の柄をぐっと握り、恭介めがけて振り下ろす。ふらつきながらも、恭介は迎え撃つ刃を振るった。この勢いならば恭介の刀を叩き斬ることができる。
勝てる――
〈守哉〉
しかし、勝機に水を差す者があった。
〈攻撃を中断してください。局所的に異常な磁力が発生しています。位置は鹿島恭介の持つ刀、その刀身です〉
だが、もはや刃の勢いは止められない。恭介の瞳に、挑戦的な青い光が宿った。
「私の勝ちだ!」
守哉の刀は、恭介の刀に触れることなく、宙を滑った。まるで、刀同士が触れ合うのを拒絶しているかのように。
(なんだ、これは……!)
予想外の事態に、守哉は姿勢を崩す。その隙をとらえ、胴を真一文字に斬ろうと恭介の刀が迫る。守哉は柄を天に向け、刀を縦に構えた。受け切れれば、力で押せるはずだ。しかし――
「……っ!?」
恭介の刀と、刃を合わせることができない。鍔迫り合いに持ち込むこともできない。二本の刀はまるで磁石の同極同士のように反発しあっている。刀身がぐらぐらと揺れ、一点に力を集中することができない。力の均衡が崩れれば、恭介の刀は守哉の体を深々とえぐるだろう。
「伝説の聖剣、
恭介は涼しい顔をしている。守哉は、押し戻される刀の柄を握り締めるだけで精一杯だというのに。
「ただ、発動に時間がかかることだけが難点なのだ」
「ずいぶん親切に教えてくれるんだな」
「不公平だろう。以前のお前は知っていたのだから!」
ぞわっと、恭介の髪が青白く浮き上がる。同時に、刀の放つ磁力が急激に強まった。
「ぐ……っ!」
恭介の放つ磁力にこらえきれず、刀のみならず体が吹き飛ばされ、守哉はコンテナにしたたかに打ち付けられた。
〈背部強打、身体パフォーマンス四〇%低下。回復まで九分十二秒〉
「くそっ……」
自らを奮い立たせるも、刀を杖代わりにしなければ立ち上がれない。揺れる視界が元に戻った時、すでに恭介は目の前に迫っていた。
「これで終わりだっ!」
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