戦線離脱(1)
「椎名隼人! 椎名隼人はいないのか?」
控え室に戻ると同時に舞台上から聞こえた声は、明らかに苛立っていた。慌てて名乗りを上げる。
荷物を元に戻しておけよとガルムに念を押し、 舞台へ上がるための短い階段を駆け上がった。 当然、司会者の表情は重い。
「あまり遅刻すると棄権とみなしますよ。以後気をつけるように」
「はい、すみませんでした」
素直に頭を下げつつも、腹の中は一文句ある。そもそも、ガルムがここを抜けて飯を食いに行こうだのと騒いだのが悪い。俺の荷物を持ち出し、脅すような真似までして。
指定された初期位置に移動する間に、 選手控え室の手前にいたガルムを睨んでやった。覚えてろよ、という小声のメッセージ付きで。ガルムは片手を顔の前に立て、謝罪の意を表していたが、 その程度で治まるほど腹の虫は大人しくない。
今度は声に出さずに口の動きだけで『氷漬け』と言ってやった。すると途端にガルムの目の色が変わった。怯えた顔で数歩後退りながら首を激しく横に振るところを見ると、どうやら相当あれが嫌いらしい。予想以上に滑稽な態度に苦笑をもらし、それで許してやる事にして、対戦相手のほうへと向き直る。
名はバドレスというらしい。俺より頭二つか三つほど背の高い、大男だ。数メートル離れたところに立っているが、見上げるほどの巨体。幅も俺の二倍はある。
恐らく力重視タイプの獣人だろうと、見当をつけた。トランス前でこれなら変身後はどうなってしまうのか。ガルムの獣耳のような外見的特徴は無く、想像は難しいが、あまり素早くは無さそうだ。そもそも他の出場者に比べて、年配だった。三十代後半辺りに見える。
短く刈り上げられた前髪の下で、細い目が笑っているのに気付いた。馬鹿にするような笑みだ。舐められているらしい。じわりと、苛立ちが沸く。
そうこうしている間に、簡単な紹介を終えた司会者が、舞台の袖へと移動した。
視線の先の男は、相変わらず不快な笑みをたたえたまま。すぐにでも鳴らされるだろう試合開始を告げるゴングに先駆け、 腰元の剣に手を伸ばそうとした時。
聞こえてきたのは鮮烈な金の音ではなく、絹を裂くような黄色い声だった。漂っていた戦闘前の緊張が、一気に吹き飛ぶ。
「……何だ?」
構えを解き、声のほうを見上げると、 白いはちまきを着けた集団が嬉しそうにこちらに手を振っていた。 見たところ、全員女性。獣人の種類も年齢も様々だが、皆一様に白を基調とした服で固め、 口々に何か叫んでいる。
周囲の喧騒のせいでいまいち聞き取れずにいると、 タイミングを見計らったかのように幅の広い横断幕が広がり、風に翻った。遠くからでも見える大きな字で書かれてはいるが、 この大陸の文字など俺には読めない。
対戦相手があっけに取られているのをいいことに、控え室の近くへ駆け寄った。
「なあ。あれ、何て書いてあるんだよ?」
舞台の淵から、小声で叫ぶ。目隠し代わりの
真面目に答えろと一喝すると、ガルムはまだ笑いを堪えきれない様子で、涙が滲んだ目元を拭った。
「『ハヤト頑張れ!』だってさ。もてるな、お前」
「な、何だよそれっ」
俺の狼狽が、更なる火をつけたようだ。ガルムは苦し気に腹を抱えた。
横断幕は見えずともガルムの声は聞こえたようで、 同じ控え室内にいる獣人達も笑いを堪えているのが分かる。頭上からは、相変わらず黄色い声援が降り注ぐ。よく聞くと、自分の名前を呼んでいる。
辛い。どの面下げてここにいればいいのか分からない。応援だと考えると嬉しい、はずなのだが、素直に喜べない。はっきり言ってしまえば、恥ずかしい。
混乱しながら、考えた。俺のことを、どうやって知ったのだろう。ガルムの家で魔法を披露してしまった時、見物人としてあの場にいたのか? こんなことになるなら、大人しく我慢していればよかった。 内心頭を抱えたが、今更だ。後悔しても遅い。
そもそも今は試合中だ。ゴングが鳴る前とはいえ、長く定位置を離れているのは宜しくない。なるべく彼女達と目が合わないように、足元を見ながら戻ろうとした俺の背に、 面白半分の声がかかった。
「手ぐらい振ってやれよ! 色男!」
あいつは後で氷漬けの刑に決定だ。
元の位置に戻ったところで、声援は止まなかった。少なくともこの場の雰囲気が、戦闘を行うに相応しいものでは無いことだけは確かだ。 司会者も予想外の事態に困惑気味のようで、 ちらちらとこちらを見ては戦闘開始を告げてもいいものかと迷っている。
対戦相手のバドレスは、相当不快に感じているようだ。俺を睨む目つきが、厳しい。当然だろうと思う。申し訳なささえ感じた。何か対処すべきだろうか。ガルムが言うように、手でも振ってみればいいのか?
恐る恐る顔を上げ、声の発生源を仰ぎ見ると、女性達はいっそう甲高い声を上げた。目が合って、一番に感じたのは、強い焦り。激しく手を振る彼女達を無視して、元通り向き直るだけの度胸はない。
反射的に、ひきつった愛想笑いが浮かんだ。そっと、挨拶程度に上げた掌を添えてもみる。
「キャー!」
治まるどころか激しくなった歓声に、眩暈がしそうだった。 冷静さを欠いているとは言え、少し考えれば分かる結果だった気もする。
自分の馬鹿さ加減に、心底呆れた。何をやっているんだろう。
「おい」
近くで、低く腹の底に響く怒声がした。振り向くと、対戦相手のバドレスがすぐ傍まで来ていた。 嫌悪と憎悪をたっぷり含んだ瞳が、心中を物語っている。
「ちょっと人気があるからって、いい気になってんじゃねえぞ。屑野郎」
明らかに馬鹿にした物言いだった。上から見下ろしての挑発には、少しだけ神経が逆立った。ただ、状況を考えれば明らかにこちらに非があった。遅刻してきた上に阿保らしいパフォーマンスを見せつけられては、誰だって敵意が湧く。
「迷惑をかけて申し訳ない。進行を邪魔するつもりは無かったんだ」
というより、俺も振り回され続けて心底困っているんだ。最後のぼやきは口に出さず、頭を下げる。 バドレスは、ふんと鼻を鳴らした。
「その態度がますます気に食わねえな。余裕ぶりやがって。そんなに女のケツが追いたかったら、とっとと家に帰ってママにでも甘えるんだな」
身体が強張った。言葉の端が、琴線に触れている。身を起こし、無言で見上げた視線の鋭さに気付かないのか、バドレスは更に嘲笑する。
「聞こえなかったのか? 帰ってママのケツでも追っかけてろって言ったんだよ! お前のような餓鬼にはお似合いだ」
ついに声を上げて笑い始めたバドレスから、視線を外した。その先には、試合開始の合図を待たずに始まった小競り合いを止めるべく、舞台上に向かってきた司会者の姿がある。
しかし司会者は俺達に到達する数歩手前で、足を止めた。ぴたりと、貼り付けられ動けなくなったように。射すくめられた獲物の動きに似ていた。
「……試合開始の合図を」
固まった司会者へ、呟くように、告げる。
返答を試みたのか、何か言おうと口を開きかけた司会者の喉から、音が発せられることはなかった。そろそろと後退りするように下がりながら、両選手に定位置に戻るよう業務的な指示だけを飛ばす。
「逃げ帰るなら今のうちだぜ? 死んじまったらママにも甘えられなくなる」
移動の直前、バドレスはにやけ顔で、相変わらずの罵声を投げて寄越した。自分の首のあたりで下に向けた親指を、わざとらしく横に動かしもする。分かりやすい処刑のサインだ。完全に舐めきった態度を隠そうともしない。
応える気は無かった。冷静な思考が、手元に戻ってきた自覚があった。バドレスを完全に無視する形で、指定の位置に向かう。腰の剣に手をかけて、ただ静かに合図を待った。
* * *
鳴り響くゴングが試合開始を告げると、同時に素早く剣を抜いた。そのまま地面を蹴って、バドレスの元へ走る。 低く構えた剣が狙うのは、奴の足元。救い上げるように切り上げた剣尖は、途中で何かに阻まれて失速する。
目の前に、巨大な岩の塊があった。刃は、それに弾かれて止まっていた。師匠から授かったこの両手剣は、魔法の加護のお陰でただ鍛えた剣よりも強く鋭い。だからこそ欠けはしなかったが、損傷も与えられなかった。
どういうことか。考えている間に、上空から圧迫感が降ってくる。見もせずに転がるようにして躱して、起き上がったついでに更に距離を開けた。そうしてようやく、対戦相手と改めて対峙する。
バドレスの身体は、頭からつま先まで隙間なく大小の岩のような物で覆われていた。石で出来た甲冑を身に着けているかのようだ。獣人というからには獣に変化するのが常なのかと思っていたが、 獣化以外の変身をする者もいるのかと、呆気にとられた思いがする。
元々大きかった身長は、更に二倍ほどに伸びていた。変わらないのは岩の中に埋もれるように浮き出た顔と、そこに張り付いた嫌らしい嘲笑、吐き出される汚い言葉だけ。
「残念だが、ご自慢の剣も使い物にはならないぜ。ついでに小奇麗な顔をぼこぼこに腫らして、死体をあの女どもにくれてやるよ」
岩そのものにしか見えない親指が指し示す先を、確認しようとは思わない。ただ、バドレスの身体、その細部に至るまで、舐め上げるように視線を走らせる。
首、肩、肘、手首、腰、尻、膝、足首。体の関節となるどの部位にも、継ぎ目らしきものは見当たらなかった。それでも驚くほど自然に、滑らかに動く。どうやら体の動きとともに岩の形状が変化するらしいと分かった。もしかすると、体そのものが岩石と同化している状態なのかも知れない。なるほど、厄介な構造だ。
継ぎ目という弱点が存在しない。確かにこれでは、剣による斬撃は効かないだろう。打撃にしても同じだ。数打てば崩れるような、やわな体でもなさそうだ。
剣を握ったまま動かない俺には、もはや攻撃手段が無いとふんだのか。バドレスはにやけた笑みを張り付けたまま、こちらに突進してきた。
見た目の巨体からは想像できない素早さで距離を詰め、力いっぱい拳を振り上げて突き落とす。攻撃がリングを大きくくりぬいたが、原型を失った舞台上に俺の姿は無い。ガルムには遠く及ばないスピードだ。避けるだけなら、大した苦労は要らない。
一撃で倒せると思い込んでいたのか、少し不服そうにしながらも、うっすら上がった土煙の中、身を翻したバドレスが追撃をかけてくる。拳を突き上げては落とし、足を引いては蹴り込み、大きく飛んで身体全体で踏み潰そうとする。その全ては舞台を大きく破損させていったが、俺の身体には飛び散った瓦礫の破片すら届かない。
次第に苛立ちが増していくのが、表情を見なくても分かった。腕の振りが、足の運びが、どんどん雑になっていく。体捌きよりも力に任せた攻撃が増え、かえって避けやすくなる。それが更なる不満を呼び、手あたり次第に激しい鉄槌が降る。
舞台上は、小さな隕石をいくつも落としたような有様になっていた。へこみと
そうして、いつしか閉ざされた視界の中。標的を探して右往左往するバドレスは、聞いたはずだった。燃えたぎる熱を秘めた、静かな言霊を。
「『
膨れ上がる熱風、突如生じた上昇気流が、視界をいくらか鮮明にする。背後で沸いた声に慌てて振り返ったらしいバドレスと目が合うが、 既に遅い。遅れて放った「ブレイズ」の宣言とともに、無から沸いた火炎が、灼熱をまとって彼を襲う。
息を呑んだバドレスが、咄嗟に顔を両腕で庇うのが見えた。ただし覆えるのは剥き出しの顔のみ。自慢の巨体は、そのほとんどが無防備に炎の渦に飲み込まれた。
それは炎の奔流だった。岩をまとった体の端々に絡みつくように、燃え盛る炎の舌がバドレスを舐め尽した。一分の隙も無かった。ただ炎に覆われ、ほとんど身動きすら取れずに戸惑う巨体がそこにあった。
焼け付く風が観客席にまで届いたのか、四方八方で悲鳴が上がる。くぼ地のような構造が、災いしたらしい。そうして壁面を這い上がるように粉塵が飛び去ると、炎に焼かれもがくバドレスの姿がよく見えた。
ブレイズの炎は魔をまとった炎。自然の炎とはわけが違う。相手が草だろうが岩だろうが関係ない。俺の意思がある限り、ただひたすらに燃え続ける。
紅蓮の中で、呻くバドレスの声を聞いた。上半身を振って、逃れようともがいてもいる。そろそろ呼吸が苦しくなり始めているのだろう。顔が焼けていなくとも、周囲の空気は確実に奪われているはずだ。
「負けを認める気があるなら、両手を挙げろ。窒息なんて理由で、無様に死にたくはないだろ」
声を張り上げると、交差したままの両手が、ゆっくりと動いた。まだ顔を庇っているお陰で、曖昧ではあるが、両の掌が開いた状態で上に向いている。
息を吐き、術の効果を解いた。水をかけた程度ではびくともしないと思えるほどに燃え盛っていた炎と、周囲を覆っていた熱気が、一瞬で消え去る。火事場の後の余韻めいた焦げ臭さが、ふわりと風に乗った。
バドレスの両手が、力なく垂れる。その向こうに覗いた顔は、煤で黒く焼けている。
勝負はついた。俺も、観客も、司会者でさえもそう信じていた。そのはずだった。実際、司会者の指示で試合終了のゴングは鳴らされる寸前だった。
しかし。
巨大な岩の塊が飛んできて、警戒を解きかけた視界を覆った。咄嗟に地面に転がって、辛くも避ける。粉々にひび割れた舞台の石が、体に食い込んで痛んだ。それでもなんとか避けきって、立ち上がる。
観客席ギリギリの位置まで飛んだ等身大の岩と、それが放たれた方向。肩で息をするバドレスと、その足元の大きく窪んだ舞台を順に目で追って、何が起きたかを把握した。
「まだ、終わりじゃない、ぜ」
煤で汚れた黒い顔の中、ちらりと見えた白い歯が、やけに目立つ。
「降参、したはずだろ」
「俺は、何も、言ってない。お前が勝手に、勘違いしたんだ」
ひらひらと手を振って見せる、相手を馬鹿にした仕草が癇に障った。実際、その通りなのだろう。悪びれる風もない。いけしゃあしゃあと宣言して、再び足元の瓦礫を持ち上げた。
「やめろ。もう勝負はついてる」
忠告するが、効果はない。再び投げられた岩が、俺に向かって叩き付けられる。避けた後、上がった悲鳴にどきりとした。見ると、控え室の脇が大きくえぐれ、そこに岩が嵌っている。
控え室があるぶん、観客席が高い位置に着いていたお陰で被害が無かったものの、もし他の区域ならきっと、死傷者が出ていた。被害を想像して、奥歯を噛む。
「いい加減にしろ!」
声を張り上げた先でまた、砕けた岩盤を持ち上げるのが見えた。少し前に投げてきたものより、大きい。お陰で掘り出すのに少し苦労しているようだ。
ふと後ろを見る。怯えた表情の観客何人かと目が合った。逃げろ、という思いを込めて顎を引くが、立ち上がる者は少ない。現実を認識しきれていないのか。足がすくんでいるのか。何にしても、危機的状況には変わりない。
腹をくくった。
観客とバドレスの間を塞ぐように、仁王立ちになる。バドレスはちょうど岩を掘り起こし、掲げ上げたところで、煤けた顔の中、狂気に染まる瞳がこちらを向いていた。もうあまり、時間がない。
「『全てを閉ざす氷よ』」
きんと張り詰める気配に、空気が凍った。耳鳴りを無視して、術式を編み上げる。
「『礫となりて敵を討て!』フリーズ!」
指向した先にいるのは、今にも岩石を投げつけようとしているバドレス。その巨体が、ところどころ白く染まっていく。凍り付いているのだと、遠目にもわかる。驚愕に目を見開いたバドレスの動きが、徐々に鈍くなっていく。
空気中の水分子を凍らせることによって足止めの効果を発揮する氷結魔法、フリーズ。だが今、その効果は、足止めだけで終わらない。
巨石が、奴の手の中から抜け落ちた。腹の底を叩くような地響きを響かせて、破壊しつくされた舞台上に更なる亀裂を走らせる。続いて、いくつもの破片が落ちてきた。石の欠片のようではあるが、周囲に転がる石とは種類が違う。もっと薄くて、繊細で、無機物なのに生命の息吹を感じさせる、不思議な躍動感をまとっている。
「熱疲労って、知ってるか」
ゆっくりと近づきながら、語り掛ける。バドレスの顔は、苦痛と恐怖に歪んでいる。彼の瞳が映すのは俺ではなく、もろく崩れていこうとしている己の体、その破片だ。
「高温に熱した固体を、急速に冷やすと、どうなるか」
目の前に立って、巨体を見上げる。バドレスが動けないのは、フリーズの効果で凍り付いているから、ではなかった。むしろ壊れかけた今の彼の体を支えているのが、フリーズだ。
「膨張率の差が働いて、割れるんだよ。今こうして、ボロボロに崩れていってるように。変に力を加えれば、粉々に砕けてもおかしくない状況だ」
俺の思い浮かべている科学的な理論が正しいなら、表面よりも内面のダメージのほうが大きいはずだった。だからこそバドレスは、無理に氷の戒めを砕こうとせず、恐怖にひきつった顔をしているのだろう。
トランスした獣人の内臓組織がどうなっているのかは、分からない。岩石を元にしているらしいバドレスは、尚更だ。だが仮に、一般的な動物と違ったとしても、現状はまさに致命的だった。内部からの完全なる破壊。それはそのまま、死に直結している。
「トランスを解け。負けを認めろ。さもなければ、本当に、死ぬぞ」
俺の声が届いたのが先か、バドレスが意識を失ったのが先か。
奴が目を閉じるのと同時にトランスが解け、目の前の巨体が、急に傾いだ。ゆっくりと、縮みながら、崩れ落ちてくる。
渾身の力で、受け止めた。フリーズの効果はまだ効いている。痛みを伴う冷気が、掌を侵す。痺れさえ感じながら、それでも解いていいものかどうか迷う。
壊れかけたバドレスの体は、フリーズの効果が外骨格の代わりをして、ようやく保たれていた。トランス前の状態に戻ったならきっと、粉々に破壊されるまでには至らないはずだが、自信が無い。
「勝者、椎名隼人!」
ことの成り行きをリングの端で見守っていた司会者が高々と宣言すると、 一拍遅れて試合終了を告げるゴングが鳴り響いた。そして、観客の大きな歓声が波のように襲ってくる。例の『応援団』の黄色い声も聞こえた。試合開始前とは比べ物にならない熱気を含んでいるようだ。
当の俺は、勝利にひたる余裕なんて無かった。とにかく救護班にバドレスを引き渡さなければ、魔法の効果さえ満足に解けない。間もなく舞台上に担架が運び込まれるまで、彼の体を支えたままでいた。
お陰で、命には別条ないという判断が下り、バドレスを救護班に託すと、どっと疲れが出た。
やっぱり、自分の力を試すための試合なんて向いてない。自分の失態とは言い切れない内容で怒られて、罵倒を投げつけられて、訳の分からない注目をされて、挙句に殺すつもりでかかってくる相手の身まで心配して。オーブが手に入らなければ、良いことなんて一つも無いじゃないか。
湧いた泣き言を心の中に納め、粉々に砕けた足場を気にしながら、控え室に戻る。
やっとの思いで帰り着くと、周囲の様子が以前とは違っていた。女性陣からは変態扱い、男性陣からは馬鹿にするような視線が跳んできていたのが、一転、好奇と敬意に近いそれに変わっている。
「容赦ないなー、お前」
そんな緊迫に近い雰囲気をぶち壊しにする、能天気な声がした。犯人は勿論ガルムだ。
「そういや最初、凄ぇ怒ってたろ。何言われたんだよ」
忘れかけていた罵倒を引き合いに出して、肘で脇腹をつついてくる。
「さあ、何だったかな」
不自然に肩をすくめて、 もはや特等席になりつつある舞台脇の壁にもたれかかった。視界の端に、バドレスが投げつけてきた岩が見えた。
ガルムはふうん、と軽く受けながら、俺の視線の先にある岩を愉快気に見つめていた。
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