FATED CREATURES

樹以 空人(じゅい からと)

足掻く彼等のための前奏曲

そして、世界は   。

 

は、笑っていた。

口角を上げて、声をたてて。


ここまであからさまに喜びを表現するのは、いつ以来だろう。

彼自身も覚えていない。

 

周囲に誰かがいれば、確実に驚くはずだった。声を上げて、駆け寄る可能性すらあった。

しかし実際は誰もおらず、だからこそ彼は遠慮を知らず、満面の笑みを浮かべている。



ずっと、この日を待っていた。

長い、ながい、気の遠くなるほどの時を数えた。


幾百の夜は、この瞬間のためにあった。

もしくは、これから始まる物語のためにあった。

ある意味では、彼自身の人生さえ、描いた計画のうちだった。


必要な人材を揃え、舞台環境を整えて、重厚かつ繊細な脚本をつづった。

時には聖者をきどり、時には容赦なく牙をむいて、理想のままに組み上げた。


あとは、そう。

静かに、上演を待てばいい。



思いのままに動くのか、あるいは何かに遮られるのか。

最後まで演じきれるのか、途中で打ち切りの憂き目にあうか。

まだ、わからない。まだ、見えない。

カウントダウンの音色だけが、彼の中で響いている。


何が起こるのか。何が失われるのか。

誰が生きて、誰が死ぬのか。

最後に残るのは、希望か絶望か。

全てを呑み込み咀嚼そしゃくして、浮かんだ幾つもの想像をもてあそんでいた。


楽しみで仕方がなかった。

最高に恐ろしくて、最高に愉快だった。

だから。

口角を上げて、声をたてて。



彼は、わらっていた。



*  *  *



Agnus Dei,


qui tollis peccata mundi,


miserer enobis.


世の罪を除きたもう主よ、 われらをあわれみたまえ.


――AGNUS DEI(ミサ通常文)より――

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る