狼人-ワーウルフ-(3)
実は、着いたばかりで土地勘がないし、目的はあるけれど行く当ては無い。正直に相談すると、「じゃあうちに来ればいい」と快い提案が出て、ガルムの家に厄介になることになった。
本来獣人というのは、種族ごとに集落をつくって暮らすのが一般的らしい。異世界に迷い込んだあの日、何冊も読み漁った百科事典に、そう書いてあったと記憶している。
しかしガルムは昔居た村を出て、今は独りで暮らしているのだと、笑いながら話した。何か訳があるのだろうが、変わり者なんだよ、と茶化し、独りの方が気楽だからな、と空を仰ぐガルムに、あえて理由を聞く気にはなれなかった。
「そう言えばさ。お前がさっき使ったのって、魔法……だよな?」
砂ばかりが延々と続くかに思えていた景色に、赤土色を剥き出しにした岩がちらほらと見えるようになった頃。ガルムは、不思議そうに尋ねてきた。
「そう、だけど?」
反応が奇妙に思えて、首をかしげながら答える。するとガルムは、目を輝かせた。
「やっぱりそうか! 話には聞いてたけど、見るのは初めてだったんだ!」
「え?」
おかしい。師匠は、『人間は六種族の中で、最も潜在魔力の低い種族』だと言っていた。ということは、人間以外の種族はみんな魔法を使えるんだろうと考えていたが、違ったのか。
確かに先程の戦闘で、ガルムは魔法を使ってこなかった。それは彼個人に魔法を操る能力が無いせいだろうと勝手に解釈していたが、話し振りからすると、獣人全体にその能力が無いのかも知れない。
「獣人って、魔法使えなかったのか」
ガルムは俺の台詞の方にこそ驚いたという様子で、こちらを見つめたあと、口を尖らせた。
「んなもん使える訳ないだろ。あれは幻獣とか魔族とか竜族とか、そーいった奴等の専売特許みたいなもんだ。妖精だって、魔法みたいのを使えることは使えるらしいけど、名前も性質も違うって話だぜ? 確か……『自然力』とか言ったか。まあ、よくは知らねえけど」
少し興奮したようにまくし立て、肩をすくめる。
「それにしてもまさか、人間までもが使えるなんてな。便利そうだし、良いよなあ。 俺様にも使えたら面白いのに」
ガルムは心底羨ましそうに言って、声に出るほど大きなため息をついた。その大袈裟な反応に失笑して、首を振って応える。
「そんなに使い勝手の良いものでも無いんだけどな。自分の許容量を超える威力のものは唱えられないし、連発や併用は体に負担がかかる」
それに、契約時の尋常じゃない苦痛。あれはお勧めできたもんじゃない。頭に浮かんだ言葉とイメージは、伝えぬままに飲み込んだ。
「まあでも、ガルムには変身能力があるじゃないか」
「ああ。トランスのことか? 確かにそうだけどさ」
彼はまだ不服そうに、語尾を濁した。どうしても、魔法を使ってみたいらしい。しかし獣人全体が魔法を使えない種族だというなら、契約したらどうにかなる、という問題でもなさそうだ。多分、変身能力――トランスの方に魔力を使っているからなのだろう。
「あーあ。つまんねえな」
頭の後ろで両手を組み、ガルムがぼやく。両耳を伏せて眉間に皺を寄せる姿は、機嫌の悪い犬に似ていた。
笑いを堪えて見上げた空は底抜けに青く、清々しいまでに雲一つない昼下がりだった。
* * *
随分長いこと歩いてやっと着いたガルムの家は、オアシスのほとりにあった。道すがら見た赤茶けた岩達は姿を消し、再び一面に細かい砂が広がる、砂砂漠になっている。
湖の対岸には、背の高いアシのような草と、ヤシに似た高木が数本生えていた。水は砂でにごって透明度は高く無いが、よく見れば小さな魚も泳いでいた。
砂漠の中のオアシスというと、広大な砂に塗れて申し訳程度に存在する小さな水溜り、というイメージだったけれど、目の前にあるものは日本に存在する普通の湖にもひけをとらない位の面積があった。
湖面に煌々と照りつける日差しが反射して、目に眩しい。気温は変わらないはずなのに、水があるだけで不思議と周囲が涼しくなったように思える。湿気を含んだ爽やかな風が、一面に生えている草と湖面とを波立たせた。
「いつまでもそんなとこにいたら暑いだろ。狭い家だけど、まああがれよ」
振り向くと、赤レンガと木を組み合わせて造られた家がある。レンガで平らな土台を敷いた上に、建っているらしい。砂の上とはいえ、なかなか頑丈そうな造りだ。これもまたレンガでできている数段の階段を経て、ガルムに促されるまま中に入ると、予想以上に涼しく、快適だった。
左手にある洗面所を除けば、一間という作りだ。入ってすぐ右手に台所らしき設備があり、真ん中には四角い木製のテーブルと数個の椅子、それから正面左手奥の壁に接するようにしてベッドが一つと、あとはいくつかの収納棚が並んでいた。部屋が広く、大きな窓がベッド脇と台所にあるせいか、閉塞感はない。
ガルムは俺を椅子に座らせると自分は台所に立ち、 ガラス製のコップになみなみと注いだミルクを二つもってきた。 零さないように、両手で受け取る。冷たく心地良い感触が、手のひらから伝わった。
驚いたことに、冷蔵庫があるらしいと気付く。流石に電気は通ってなさそうだから、きっと氷で冷やしているのだろう。よく見れば、台所にはガスコンロまで備わっていた。地理上、人間界に近いせいか、ある程度文化が重なりあっているのかも知れない。
改めて美味しそうなミルクを目の前にすると、今まで意識していなかった喉の渇きが襲ってきた。顔を仰がせ一気に飲み干し、空になったコップをテーブルに置いて、息をつく。もう一杯のむか? と笑うガルムの言葉に甘えて、少し申し訳なさを感じつつ、薄く白んだコップを差し出した。
「俺、さ。探し物があって、ここに来たんだ」
台所でミルクを注いでいるガルムの背中に、呟くように語りかける。
「探し物?」
彼は振り返ることなく、声のみで応じた。見える訳はないのに反射的に頷いて、足元に置いていたバックパックを開ける。中からオーブを取り出して、テーブルの上に置いた。
「コレなんだけど」
白濁したコップを手に戻ってきたガルムが、歓声を上げる。
「へえ、綺麗なもんだな。何だよ、それ」
歩み寄り俺にコップを手渡して、立ったまま興味深そうな視線をオーブに向ける。次いで片手で持ち上げ、窓から射し込む日に透かすように掲げた。青く透き通った影がテーブルに反射し、水紋のように揺らめく。
「オーブっていうんだ。これは人間界のオーブ。 この世界にある六つの大陸に、それぞれ一つづつあるはずなんだ。俺はそれを集めてる」
「何の為に? 飾っとくのか? 綺麗だから」
「まさか! そんなことのために、世界中を駆けずり回る訳ないだろ」
何とも安穏としたガルムの問いに苦笑して、コップをテーブルに置く。差し出されたオーブを、受け取った。
ガルムは、じゃあなんでだよ、と言いたげな顔で、こちらを見ていた。
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