シニガミヒロイン

山本正純

第一章 崩壊する平穏

終わりの朝

 校庭にある大きなソメイヨシノの樹の前で学ランを着たスポーツ刈りの高校生が、立っていた。

 ソメイヨシノの花は4部咲き。もうすぐ春なのだが、今年の開花は遅いのだろうかと、男子高校生は大木を眺めながら思う。その後で彼は、スボンのポケットから手鏡と櫛を取り出し、身だしなみの最終チェックを行う。


 上空を灰色の雲が流れる中で、1人の女子高生が彼の前に姿を現したのは、それから1分後のことだった。

 後ろ髪が腰まで届きそうなほど長いストレートヘアに、右頬に小さな黒子がある少女は、男子高校生と同い年くらいに見える。


「話って何なの?」


 女子高生が首を傾げながら尋ねると、彼は目の前に現れた少女の手を取った。

「夏海。お前と知り合ってから、もうすぐ1年になるな。だからこの際ハッキリ言う。お前のことが好きだ。だから、俺と付き合ってくれ!」

 その少女、島田夏海しまだなつうみは突然の告白に赤面する。


 しばらく沈黙の時間が流れていく。青空を白い雲が包み込み、少女は今にも雨が降りそうな雲を見上げる。

 それから1粒の雨が、彼女の頬に落ち、同い年の少年の方向へ視線を移す。

「ごめんなさい」

 男子高校生はあっさりと振られた。その事実を知らせるように、学ランの中に仕舞われたスマートフォンが振動する。


 彼は恐る恐る、ポケットからスマートフォンを取り出し、画面を見る。

『ゲームオーバー』

 スマートフォンの画面に、このような文字が表示され、告白した少年の顔が次第に青ざめていく。その瞬間、少年の世界は暗転した。


「嘘……だ。あんなに好感度を上げたのに、失敗するはずがない!」

 男子は校庭の樹の下で叫ぶが、現実は変わらない。


 心臓の鼓動が速くなり、体が小刻みに震える。その苦しさから胸を強く掴む。

 振られた者は、少女の頬から落ちるそれが、涙ではないかと錯覚した。


「そ……涙……物……」


 もはや、言葉を紡ぐことすらできない。呼吸も荒くなり、彼の視界は歪んでいく。無意識に顔は上を向き、大量の酸素を求める口は、顎が外れそうなほど大きく開いた。


「さようなら」


 島田夏海が最期の言葉を少年に告げた。


「あああああああああああああああああああああああああああああっ」


 少年が悲鳴と共に大量の血液を吐き出す。それは噴水のようだった。


 ソメイヨシノの記念樹に大量の血痕が飛び散る。しかし、噴き出した大量のソレは彼女の体には届かない。

 やがて、血液が足りなくなり、少年の体は青白く染まった。


 島田夏海は目の前で同級生が死んでいくにも関わらず、気にも留めない。何事もなかったように、その場から去っていく。そうしてその男子高校生、郷田亮ごうだりょうは亡くなった。


「今回も全滅かぁ。全クリできると思ったのに……」


 数十台のモニターが設置された一室で誰かが呟く。覆面レスラーが付けていそうな白い覆面で顔を覆ったその人物は、足を組み、覆面の額にあるピンクのハートマークを撫でてみせた。


 椅子に座り告白を見守った覆面の人物は、キャスター式の椅子を滑らせ、木製の机まで進み、そこに置かれていた机からリモコンを手にする。


「さあ、リセット、リセット♪」


 突然ドアを叩く音が聞こえ、黒ずくめの大男が入室した。


「失礼します。ラブ様。告白に失敗した負け犬の遺体をダンボール箱に詰めました。今から発送します」

 ラブと呼ばれた覆面の人物はリモコンを握りながら、大男の顔に告げる。

「そうですね。早速次のプレイヤーを探しておいてよ。次は東京都千代田区で開催しようかな♪」

「承知しました」

 大男が頭を下げ、部屋のドアを閉める。


 その後でラブは13番のモニターに映し出された、ソメイヨシノの樹の前で佇む島田夏海の顔を見つめる。


「リセット、リセット。もう一度はじめから♪」


 ラブはリモコンのスイッチを押す。すると画面が突然白く変わった。その画面に、島田夏海の姿はない。





『4月6日。朝のニュースです。男子高校生集団失踪事件について。速報が入ってきました。埼玉県警の発表によりますと、先日失踪中の高校2年生、郷田亮さんの遺体が、段ボール箱に敷き詰められた状態で発見されたとのことです。警察は遺体を遺棄した不審者を追っています』


 テレビで伝えられた衝撃的なニュースを、黒色ベリーショットの少年が食パンを齧りながら見ていた。


『同様の事件は、去年の4月から日本各地で発生しています。ある日突然、特定の市内で男子高校生たち48人が拉致されます。そして、1か月以内に彼らの遺体がダンボール箱に敷き詰められた状態で被害者の自宅に送られてきました』


 テレビ画面に日本地図が映り、キャスターが視聴者に対して説明を続けた。


『これまで同様の事件が発生したのは、北海道札幌市、宮城県仙台市、埼玉県入間市、群馬県川崎市、新潟県新潟市、愛知県名古屋市、大阪府大阪市、兵庫県神戸市、広島県広島市、香川県高松市、福岡県福岡市、鹿児島県鹿児島市の12か所で、これまで一連の事件で亡くなった被害者数は、576名に及んでいます。殺害された少年たちはいずれも高校2年生ですが、何の接点もないうえ、犯人特定に繋がる遺留品も発見されておらず、警察の捜査は難航しています。では、今回亡くなった郷田亮さんは、どんな人だったのでしょうか? 親しかったという同級生に話を……』


 その男子高校生、赤城恵一あかぎけいいちは食パンを飲み込み、両手を合わせた。手元にあったテレビのリモコンを押し、食器を流し場に持って行ったあとは、洗面台へと移動する。

 するとその時、インターフォンが鳴った。すぐに、玄関まで行き、ドアを開けると、そこには黒色のショートボブに低身長の少女が立っていた。黒色のセーラー服を着ているその少女は、寝間着姿の彼を見てイライラした顔になる。


「早く制服に着替えて、歯を磨け。高校2年生初日に遅刻するなんて許さないから!」

「美緒。その前に挨拶をしたらどうだ?」

「うるさい」

 その少女、白井美緒しらいみおは頬を膨らませる。

「分かったから、着替えてくる。5分待ってくれ」


 赤城恵一は玄関のドアを閉めようと、ドアノブに手を伸ばす。だが、それよりも早く、白井美緒は彼の手を掴んだ。

「そういえば、駐車場に自動車が停まっていなかったけど?」

「ああ、父さんと母さんは京都に出張中だ。今朝から出かけて帰ってくるのは、1週間後だって言っていたな」

「だったら、今日から恵一の弁当と夕食を作るからね。幼馴染として食生活が心配だから」

「好きにしろ」


 玄関のドアを閉め自宅に戻った少年は、軽く深呼吸する。彼の顔は赤く染まりつつあった。いつものことだけど、好きな幼馴染がこの1週間の食事の世話をすると言う事実は、彼の気分を高揚させる。

 彼は靴を脱ぎ、スキップをしながら洗面台に向かい、ウキウキ気分で歯を磨いた。


 それからすぐに、今度は自分の部屋に行き、白いワイシャツと学ランに袖を通す。高校指定のカバンを手にしたら、駆け足で玄関に向かい、足を進める。

「美緒、待たせたな」

 玄関のドアを開けた少年は、その先で待つ幼馴染に頭を下げた。すると、白井美緒は支度を整えた少年の元へ静かに歩み寄る。


「えっ」

 驚いたような声を出した恵一の心臓の鼓動が徐々に大きくなる。そして、2人の距離が僅か3センチ程となった所で、彼女は彼の首に手を伸ばす。

「ほら、学ランのホック。止まってないよ」

 そう言いながら、白井美緒は彼が着ている学生服に触った。その行動に照れた赤城恵一は、頬を赤く染めながら、慌てて学生服のホックを止める。

「学ランのホックくらい自分で止められるし、そんなところを誰かに見られたら、面倒なことになるだろう」


 少年が近くにいる彼女に言い聞かせると、白井美緒はジド目で彼の顔を見た。

「変な事想像したでしょ。朝の挨拶としてキスをするとか?」

「そんな想像するわけがないだろうが!」

 赤城は自宅の玄関のドアを施錠するために背を向けた。

 また素直に言えなかったと赤城恵一は後悔した。その顔は、白井美緒には見えない。

 ドアノブを2回程引いてみて、しっかりと施錠されていることを確認すると、2人は、通学路を歩き始めた。


 4月6日。月曜日。高校2年生となった2人は、始業式に参加するため学校に向かう。いつもと同じ平穏な高校生活が始まると思いながら、赤城恵一は白井美緒の右隣りを歩く。


 その平穏は、たったの数分で崩壊してしまうとは知らずに。



「今日って午後休みだったよね? だったら、遊びに行こうよ」

 幼馴染の少年の隣を歩く少女は、彼の顔を見上げながら尋ねた。

「ああ、家帰ってもやることないし……」

 頬を赤く染めた恵一はチラリと美緒の横顔を見つめる。美緒は特に動揺することなく、表情を明るくする。

「ホント! 良かった。ついでに恵一の家の冷蔵庫の中を確認して、お肉とかも買っちゃおっか」


 丁度その時、車が走る音が聞こえ、少年は背後を振り向く。いつもの通学路を歩く2人を、黒塗りのトラックがゆっくりと追い越そうとしているのを知り、恵一は美緒との距離を詰める。

「この時間帯はあんまり車が通らないからって、危ないだろう」

「あっ、ありがとう」

 幼馴染の少女は、頬を赤く染め、明るく笑った。彼女の笑顔を間近で見て、恵一の心臓は大きく跳ねる。その間に、ボディが黒く染まっている怪しげなトラックは2人を追い越した。


 すると、突然、黒いトラックが前方を塞ぐようにして、停車した。何かが変だと2人が思うよりも先に、運転席のドアが開き、2人組の大男が降りる。


 その男たちは黒色のスーツに黒色のワイシャツ、黒色のサングラスといった全身を黒色で統一したコーディネートの大きな男であった。

 誰が見ても怪しいと感じる2人組の男が目の前に現れ、恵一と美緒は後退り。

 誰が見ても不審者。殺気に満ちた雰囲気を漂わせる彼らに遭遇した2人の高校生は、その場から逃げ出そうと走り出す。


 しかし、黒い服を着た男達は、それを許さず、彼らを全速力で追いかける。不審な男から距離を取った恵一は、スマートフォンを取り出し、警察に通報しようとした。


 だが、黒服の男はすぐに追いつき、ボタンを押そうとする少年の右手を強く掴む。男は慣れた手つきで、逃がす暇さえ与えず、男子高校生を羽交い絞めにする。その瞬間、恵一が握り締めていたスマートフォンはアスファルトの上に落ちた。


「美緒。逃げろ!」

 恵一は両手足をジタバタと動かし、抵抗しながら大声で叫んだ。

「あっ……」

 白井美緒の体が小刻みに震えた。目の前にいる彼らは大切な幼馴染を奪おうとしている。分かっているはずなのに、少女の体は動かない。両目は大きく見開かれ、そこから大粒の涙が零れた。


 大男の履いている革靴を、強く踏みつけた恵一だったが、男はビクともしない。やがて、別の男が静かに近づき、一生懸命抵抗する男子高校生の首筋にスタンガンを当てた。

 強烈な電流と首筋に針が刺さったかのような痛みが彼を襲う。

「美……緒」

 少年は歪んで見えた少女の名を呼ぶ。直後、全身を貫くような痛みに悲鳴を挙げた彼は、意識を手放した。

 そんな少年を大男は抱きかかえ、開かれたトラックに荷台に向かって、歩き始める。



「いやぁぁぁぁぁぁ」

 目の前で幼馴染が連れ去られようとしているにも関わらず、美緒は悲鳴を出すことしかできなかった。

 恐怖で歪んだ彼女の顔を瞳に映した大男が白い歯を見せ笑う。


「誰……か……」

 少女の声は近隣住民に届かない。恐怖で身動きが取れない彼女をアスファルトの上に押し倒すことは簡単で、大男は少女の体に馬乗りになる。美緒は悪足掻くが、巨体の男の体はビクともしない。

「殺……さ……」

 声を封じるため、彼は目撃者の口を左手で塞ぐ。そして、右手で彼女の首筋にもスタンガンを当てた。痛みが全身を駆け回り、少女の瞼が落ちていく。


 襲った少女から視線をトラックに向けた男は、仲間がトラックの荷台に少年を押し込んでいるのを見て、白い歯を見せた。

 そして、トラックは何事もなかったように走り出す。少女を残して。


 この日の通学中の時間帯、東京都千代田区各地で同様な手口の拉致事件が多発した。白昼堂々に行われた事件の目撃者は数少ない。



 数時間後、黒塗りのトラックは山奥の中にある寂れた研究所の前で停車した。間もなくして、トラックに乗り込んでいた2人組の黒服の男が降り、到着を玄関の前で心待ちにしているラブに頭を下げる。

「ラブ様。3号車。只今到着しました!」

「そう。あなたたちが最後ですよ。他の皆は研究所の中で準備を進めています。それで、赤城様は?」


 グイグイ近づくラブに対し、部下の男は静かにトラックの荷台を開けた。

「もちろんトラックの中です。まだ眠っているはずですよ」

「そう。じゃあ早くやらないとねぇ」

 ラブは覆面の下で笑い、スーツのポケットからピンク色の長方形のケースを取り出す。そして、鼻歌混じりで歩きながら、トラックの荷台に乗り込んだ。

 

 トラックの荷台の中では、8人の男子高校生が横たわっている。その中から赤城恵一の姿を見つけたラブは、頬を緩め注射器の入ったピンク色のケースを開けた。ラブは注射器を手にしながら、覆面の下で不敵な笑みを浮かべ、恵一に近づく。

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