絶対に解除できない爆弾

「一体どうしたらいいんだ!」

 仮想空間の5月13日の放課後、イライラした表情の赤城恵一は、自分の部屋に招いた岩田波留に愚痴をぶつけた。黙って話を聞いている岩田は、どこか真剣な表情を浮かべていた。


 発端は今日の昼休み。いつものように島田夏海と話をしていた彼と矢倉永人に、滝田湊が近づき、こんなことを夏海に伝えたのだった。

「島田さん。知ってますか? 赤城恵一君は、毎日幼馴染の白井美緒さんと帰っているってこと」

 赤城恵一は、滝田の話題は無意味だと思った。仮想空間に白井美緒は存在しない。だが、その話に彼女は机から身を投げだしながら、食いつく。

「そうなんだ」

 興味津津な顔付きになる夏海を見て、彼女の右隣りに立っていた矢倉永人は、滝田の話を補足するように、口を開く。

「その話だったら、僕も聞いたことがありますよ。白井美緒さんのことが好きだから、早く会いに行きたいって言っていましたよ」

 矢倉の言葉を聞き、島田夏海は首を傾げてみせる。

「あれ? 昨日一緒に下校した時は、何も知らないようだったけど?」

「あれから思い出したんですよ」

「なるほどねぇ」

 夏海は一瞬考え、視線を赤城恵一に向ける。

「赤城君。そういえばゴールデンウイーク明けから、私と一緒に下校するよう誘ってくるけれど、もう誘わないで。私よりも白井美緒さんの方が大切なんでしょう。私を誘うために待っているみたいだけど、そんなの時間の無駄だよ。どこの高校に通っているのか知らないけど、白井美緒さんが待っているんでしょう。赤城君は早く白井美緒さんの所に行って」

 その時の島田夏海の悲しそうな顔を、赤城恵一は忘れない。この日は最初から島田夏海と一緒に下校しようとは考えていなかったが、この状況はマズイ。


 自分よりも白井美緒を大切にしてほしいという夏海の想いは、攻略の壁になり、恵一を追い詰めていく。なんとかしなければ、赤城恵一は島田夏海と一緒に下校できず死ぬ。しかも、全員で生き残るあの作戦は明日実行。ゆっくり考える暇はない。


 自分の問題よりも、恵一は滝田と矢倉の心境の変化が気になってしまう。滝田は赤城恵一を敵視しているが、相手を蹴落とすような発言は慎んでいた。矢倉は自分の仲間だから、あんな発言をするメリットがない。

 理由すら分からない少年の顔の焦りが宿る。そんな彼は、訳を確かめるため、矢倉の右腕を掴んだ。

「矢倉君。今から体育倉庫前で話さないか?」

 あの発言以降アタフタする矢倉永人は首を縦に振り、彼の後ろを歩いていく。


 5分程で体育倉庫前に2人が辿り着くと、矢倉永人はすぐに頭を下げた。

「ごめんなさい。赤城君を裏切るような発言をして」

「どうしてあんなことを言った!」

 困難な状況に追い込まれ苛立つ赤城恵一は、強い口調で矢倉に尋ねる。それに対し矢倉の瞳から涙が零れた。

「小倉明美さんに唆されたんです。島田さんは自分じゃなくて、赤城君だけを見ているようだから、今の状態だと絶対に死ぬ。だから、ここで赤城君を高性能爆弾で殺せって」

「まさか、冷酷な雰囲気の小倉明美か?」

「そうです。僕は嫉妬していたんですね。昨日彼女と下校した時の話題は常に赤城君のことでしたから。小倉さんが言うように、自分のことを見ていないというのは一理あると思って、あんなことを言ってしまいました。やっぱり僕は弱いですよね。僕のことを助けてくれた恵一君を裏切ろうとするなんて」


 その日。島田夏海は滝田湊と一緒に下校した。こうして着々と明日の作戦の準備が整いそうになるけれど、赤城恵一は嬉しくなかった。

 気持ちの整理がしたくて、岩田波留を自宅に呼び出し、愚痴を聞いてもらうことしか、今の彼にはできない。

「なるほど。かなり厄介です。覚えていますか? 修羅場イベントの話」

 岩田波留は恵一から今日の出来事を聞き終わると、顎に手を置き唐突に彼に尋ねた。

「ああ、メインヒロインとサブヒロインが鉢合わせて、険悪なムードになることだったな?」

「そう。これでハッキリしたよ。シニガミヒロインの修羅場イベントは鬼畜仕様だって」

「どういうことだ?」

 赤城は岩田が言っていることの意味が分からず、首を傾げる。すると、岩田は鞄からシャープペンシルと白紙のルーズリーフを一枚取り出し、机の上に置いた。

 それから岩田はシャープペンシルを持ち、ルーズリーフに仮想空間と現実世界と書き込み、その文字を丸で囲む。仮想空間と書いてある円の下にAというアルファベット、現実世界にはBというアルファベットを記すと、岩田の説明が始まる。

「普通の恋愛シミュレーションゲームでは、ゲーム内のヒロインとの関係を修復すれば、修羅場イベントを終わらせることができます。即ち仮想空間内だけで問題は解決するんです。ところがシニガミヒロインでは、現実世界で仲良くしている女の子にも修羅場システムが適応されるようです」

「よく分からない」

「それなら、修羅場イベントが発生する条件について説明しようか?」

 岩田は先程書き込んだ図の真下に書かれたアルファベットの下の欄に数字を書き込む。Aには50、Bに500と書き込み終わると、再び説明が始まった。

「仮に仮想空間のヒロインの好感度を50と仮定して、現実世界のヒロインの好感度を500とする。仮想空間よりも現実世界で過ごしてきた時間の方が長いから、必ず現実世界のヒロインの好感度の方が高くなるはずです。出会ってから1年くらいだったら、二つの世界のヒロインの差は、そこまでないけど、幼馴染くらい長い時間一緒に過ごしてきた女の子だったら最低でも島田さんの10倍くらい赤城君のことが好きになっているはずなんです。こんな感じに、メインヒロインよりサブヒロインの好感度の方が極端に高い場合、修羅場イベントが発生します」

「どうしたらいいんだ? なんか対処法があるんだろ?」

「修羅場イベントの処理は、上級者でも難しいんです。手っ取り早い方法は、極端に好感度が高いヒロインの好感度を下げることだけど、やり方を間違えると、メインヒロインにも嫌われてしまいます。そうなったら元も子もありません。現実世界には全クリするまで戻れないから、現実世界の彼女を振ることもできない。だから打つ手がないです。残念だけど、赤城君は……」

「くそぉ!」

 辛そうに事実を語る岩田の声を、赤城の怒号が掻き消す。それから恵一は机をバンバンと何度も強く叩いた。

「なんでだよ! 俺は現実に戻って美緒に会いたいだけなのに。こんなところで死ぬしかないのかよ。現実世界と仮想空間は別じゃないか! どうして現実世界の人間関係を、ゲーム内に組み込むんだ!」

「赤城君の気持ちは分かります」

「気休めならやめろ。皮肉だな。俺は美緒を悲しませたくなかった。それなのに、アイツを傷つけないと自分は生きられないなんて。まあ、現実にいる美緒と連絡できない時点で、どうしようもないってことは分かってるけどな。連絡できたとしても、俺は美緒を嫌いになれない」


 赤城恵一の心は既に折れていた。弱気になり、少年は全てを受け入れようとする。



 現実世界。早朝午前3時30分頃、椎名真紀はベッドから跳ね起きた。真紀はベッドマットに手を置き、荒くなった呼吸を整える。

 今、赤城恵一は絶体絶命なピンチに陥っているのだ。白井美緒がいる限り、赤城恵一は生き残れないという理不尽な状況を感じ取り、少女の胸が苦しくなった。

 彼女は汗によって張り付いた前髪を掻き分けながら、ベッドの端に座り直す。 「私が何とかしないと……」

 小声に呟き、ベッドから起き上がる。

「やっぱり今できるのは、これだけだよね……」

 真紀は眠たそうな瞼を擦りながら、携帯電話を右手で掴み、自分の部屋のドアを開けた。

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