現実世界の下校イベント 前編

「不謹慎かもしれないけど、おかしいと思う」

 4月10日の放課後。授業が終わり生徒たちは部活動や自宅へと帰るため教室を飛び出して行く。椎名真紀も同様に帰宅準備を整えていると、唐突に園田陸道は彼女の顔を覗き込みながら呟いた。

「それはどういうことですか?」

 真紀は何のことだか分からず、手を止め困惑する。そんな彼女に園田は疑問を口にした。

「千代田区には30校もの高校がある。これまで拉致されてきたのは男子高校生だけだから、女子高を除外すると大体24校くらい。拉致されたのは48人だから、単純計算で1校辺り2人が拉致されていてもおかしくない。でもこの学校で拉致されたのは赤城君だけ。何かおかしいと思わないか?」

 真紀は一瞬何かを考え、優しい視線を園田に向ける。

「……ねえ、一緒に帰っていいから、園田君の見解を聞かせて」

「えっ?」

 突然な新展開に園田陸道は赤面した。彼女で出会って一目惚れしてから1年後に、好きな女の子と一緒に通学路を歩く日が来るとは。

 これは夢ではないかと思い、園田は頬を抓ってみる。その仕草を見て、椎名真紀は微笑む。

「かわいい。夢じゃないから。確か園田君も私と同じ電車通学でしょう? 降りる駅は違うけど、同じ路線だから、座席でゆっくりお話しができるよね?」

「そうだな。まさか出会ってから1年も経っていないのに、好きな女の子と2人きりで下校できるなんて思っていなかった」

 園田は本音を零してしまった。あの発言は園田は椎名真紀のことが好きという事実を自白しているようなもの。それはクラス公認の周知の事実になりかけているが、椎名真紀自身は鈍感なのかその事実に気が付いていない。これが語るに落ちるという奴なのかと思っていると、いつの間にか彼女は、白井美緒の席の前に立っていた。

「美緒。一緒に帰っていい?」

 相変わらず情緒不安定な表情の白井美緒は首を縦に振る。

「……分かった」

 美緒は一言告げ、カバンを手に持ち椅子から立ち上がった。それから真紀は頭の上にクエスチョンマークを掲げた園田に対して微笑む。

「ごめんなさい。美緒を1人で帰したら、自動車が行き交う交差点を飛び出して自殺するんじゃないかって心配になったから……」

「そんなことしないよ!」

 言葉を遮り、美緒は怒り声を出す。

「美緒、説得力ないよ。赤城君のことが心配で、勉強に身が入らなかったのは誰だっけ?」

「それは……」

 黙り込んでしまった美緒の近くにいた園田に真紀は視線を送る。

「園田君、美緒を自宅に送ってからは2人きりだよ」

 途中までは2人きりじゃない。その事実は正しいが、これはスゴイことではないかと園田陸道は思ってしまう。そんな彼は、近くで別の男子のひそひそ話を聞いてしまった。

「園田が白井さんと椎名さんと一緒に帰るだと!」

「うらやましいぜ」


 白井美緒は椎名真紀と同じくらい可愛らしい容姿をしている。そんな彼女と一緒に登下校を繰り返す、赤城恵一が羨ましいと考える男子高校生たちも多いらしい。

 これは両手に花な状態で下校するという最高なシチュエーションではないか。ポジティブシンキングな少年は笑みを浮かべ、3人で高校の下駄箱に向かった。



 「恵一、もうすぐ桜、散っちゃうね」

 通学路の並木道の桜の木を見上げた白井美緒は、視線を右隣に向けた。だけど、そこには赤城恵一の姿はない。我に返った彼女は、隣を歩く真紀の顔を見て、ハッとする。

「ごめんなさい。恵一が近くにいるような気がして……」

「謝らなくてもいいよ」

 真紀は優しく微笑み、いない幼馴染が開けた隙間を埋めるように、美緒の隣を歩いた。その後ろを園田陸道が同行する。



 見通しが良い道が続く通学路を、不審者を警戒する小学生たちが通過していく。

 赤城恵一のことや男子高校生集団失踪事件のことに触れてはいけないという空気を感じ、園田は黙り込む。

 だがその心配を他所に白井美緒は正直な思いを口にする。

「本当は、この道を恵一と一緒に歩くはずだったのに。やっぱり恵一に危険なことをさせている人たちのことが許せない!」

「ラブのことが許せないんじゃないのかよ。ネット情報だとラブっていうのがデスゲームのゲームマスターで、1番悪い奴だって」

 白井美緒の後ろを歩く園田陸道がツッコミを入れると、美緒は体を後ろに向け、園田の顔をジッと見た。

「ラブって組織の名前かもしれないから。私と恵一を襲ったのは2人組だった。もしかしたら、あの人たちが恵一に危険なことをさせているんじゃないかって、私は思ってる」

「確信を突いていくな。って赤城君のことに触れずに楽しく下校しようと思っていたのに。なんで嫌なことを思い出そうとしているんだ」

「じゃあ、園田君は恵一のこと心配じゃないの?」

 白井美緒が立ち止まり真顔で尋ねてくる。

「俺も心配だ。不謹慎な発言で申し訳ないけど、本当は嫌な現実から目を反らしたいんじゃないのか」

「でも恵一のことを思い出すと、安心するから」

 彼女の明るい声から園田は察した。白井美緒は自分以上に赤城恵一の安否を心配していると。

 そんな中で、園田のスマートフォンが制服のポケットの中で震える。何事かと思いポケットから取り出し、画面を見ると、突然、顔が強張った。目を大きく見開き、スマートフォンをアスファルトの上に落とす。


 平静を装うことができない園田陸道のスマートフォンを椎名真紀が拾う。同じように画面を見た真紀の顔が曇っていく。2人に何が起きたのか? 白井美緒は全く分からず困惑する。

「どうしたの?」

「ああ。実は俺のスマートフォンは、男子高校生集団失踪事件に関する掲示板に新しいスレッドが立ち上がったら通知が表示されるよう設定されているんだ。口で説明するより、実際に見た方がいい。椎名さん。俺のスマートフォンを白井さんに見せてやれ」

「でも、これを見たら……」

 椎名真紀が心配そうに狼狽える。

「言っていただろう。ネットの情報で踊らされるのは嫌だって。白井さんなら大丈夫だから。頼む」

 頭を下げられた椎名真紀は観念したらしく、少女に園田のスマートフォンを見せる。


『プレイヤーYとラブの正体が分かった件』

 スレッドのタイトルが美緒の瞳に映り、画面をタッチする。

001:*** 名無しさんがお送りします

『プレイヤーY。及びラブの正体は赤城恵一だ。これまでの男子高校生集団失踪事件の被害者たちには、当たり前なミッシングリンクがある。それは最低2人は同じ高校に通っている同級生が拉致され続けて来たことだ。過去12回を統計的に調べると、今回は特殊。赤城恵一が通う高校のみ、彼しか拉致されていないのだから。それもそのはず。赤城恵一こそが黒幕で、近くで同い年の男子高校生が死んでいく様子を楽しんでいるのだろう』


002:*** 名無しさんがお送りします

>>001

『自作自演かよ。そういえばゲームマスターはプレイヤーの中に混ざっていたってケースは珍しくないもんな』


003:*** 名無しさんがお送りします

>>002

『そうだよ。自己顕示欲が強い奴はプレイヤーYが投稿したような動画をネットにアップして世間にアピールしたがるよな』


004:*** 名無しさんがお送りします

『あの動画。見方を変えたら犯行声明に聞こえね?』


005:*** 名無しさんがお送りします

『自分がゲームマスターだってバレたくないから、同じ高校に通う同級生を自分以外は拉致しなかったということですな』


 掲示板のコメントは物凄いスピードで書き込まれていく。このスレッドは炎上しているのは明白だった。

「信じない。恵一が悪者なんておかしいから」

 白井美緒は瞳を閉じ、スマートフォンを園田に突き出す。園田はそれを手に取り、ポケットに仕舞った。

「そうか。こういう奴は大半が嘘だから気にしない方がいい」

「だから、気にしないって言っているよね!」

 ネット上で幼馴染の少年が叩かれていることに対して、白井美緒は憤りを感じ、頬を膨らませた。そのやり取りを近くで聞いていた椎名真紀は、スカートの中で携帯電話が振動していることに気が付く。

 椎名真紀は携帯電話を開き、相手を確認すると、すぐにそれを自分のスカートの中に仕舞う。その謎の行動に気が付いた園田陸道は首を傾げ彼女に尋ねた。

「電話じゃないのか?」

「うん。間違い電話だったから」

 2人の前で電話に出るわけにはいかない。そう思った真紀は電話に出ることができなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る