賭けの結果

 残りプレイヤー人数が32人という金曜日の状況を維持して、最終日の朝を迎えた。



 現在生存しているプレイヤーの内22人は昨日のメインヒロインアンサー終了時点でイベントゲームをクリアしている。現在イベントゲームをクリアしていない10人の中には、赤城恵一も含まれていた。もちろん2年A組の中でイベントゲームをクリアしていないのは赤城と矢倉と三好の3人のみ。残りの7人は他のクラスに所属しているのだろうと赤城は思いながら、自分のスマートフォンに表示されたステータスを確認した。


赤城恵一


レベル12

知識:30

体力:30

魅力:30

感性:30


死亡フラグケージ:55%


累計EXP:3200

Next Level Exp :800


 今日だけで残り800経験値を稼がなければゲームオーバー。そうなれば、白井美緒を悲しませることになるだろう。それだけは何とか阻止しなければならない。


 決意を固めていると、インターフォンの音が聞こえた。それを聞きつけ赤城恵一は自分の部屋から玄関へと向かう。


 恵一の予想通り、玄関には矢倉永人が大きな紙袋を手に持ち立っていた。

「赤城君。約束通り持ってきた」

 矢倉が笑顔を見せると赤城は彼を自分の部屋へと案内する。

 彼は赤城の部屋に入ると、すぐさま紙袋を床に置き、深呼吸する。


「もう1つの条件もクリアした。昨日のメインヒロインアンサーでギリギリレベル12に昇格だ。本当にクリアできるかは、賭けの結果次第。あの時学校をサボらなかったら、もう少し余裕があったと思うけど、何とかイベントゲーム最終日まで生き残ることができたよ。赤城君。本当にありがとう!」

 矢倉が唐突に感謝の意を示すと、赤城恵一は頭を掻いた。

「そんなこと言うな。照れるだろう」

「俺は本当に赤城君に感謝しているんだ。あの時、赤城君が助けてくれなかったら、俺は初日で死んでいたからな」

「分かったから、早く作業を始めよう。時間がない」

 赤城が矢倉を急かす。そうして赤城が思いついた最後の賭けの最終準備が始まる。


 まず矢倉は持ってきた紙袋の中身を机の上に出した。机の上には大量の折鶴の山が出来上がる。

「ノルマ500匹。ちゃんと折ってきた。ただ少し雑な奴も混ざっている」

 矢倉が自慢げに話すと、赤城は拍手してみせた。

「それでいい。少しくらい雑な奴が混ざっていた方が手作り感があっていいからな」


 そうして恵一はクローゼットを開け、大きな紙袋を取り出す。そして矢倉と同じように紙袋の中身を机の上へばら撒いた。


「いいか。最後の確認だ。これから白色の糸に折鶴を通していく。折鶴は全て同じ色にして1本辺り25匹通す。それを40セット作って最終的に糸を1本に纏める」

「単純計算で1人20セット作ればいいんだな。骨が折れる仕事だが、兎に角頑張ってみるよ」

 矢倉が首を縦に振り、針に糸を通す。これから折鶴に糸を通すという単純作業が延々と繰り返される。


 作業開始から2時間程経過した頃、再びインターフォンが鳴った。

「矢倉君。少し席を外す」

 赤城が頭を下げ自分の部屋から出て行く。その間も矢倉は集中して黙々と千羽鶴を作っていた。

 

 恵一が玄関に駆け付けると、そこには三好の姿があった。玄関先に佇む三好は赤城の姿を見つけるとガッツポーズをした。

「作戦成功だ!」


 三好の自信に満ちた顔を見て赤城は安堵する。それから彼は三好を自分の部屋へ連れていく。

 赤城恵一が自分の部屋のドアを閉め、三好に右手を差し出した。

「おめでとう。これでイベントゲームクリアじゃないか!」

 恵一は三好を祝福するつもりで彼を握手しようとした。しかし、三好はそれに反し、首を横に振る。


「確かにプレゼントを渡して好感度を一気に上げようって作戦は成功した。だけど経験値が200足りないんだ。だからイベントゲームクリアできるかどうかは、今晩のメインヒロインアンサーの結果次第。とりあえず、本屋で堀井千尋が好きそうな小説の単行本を買ってプレゼントしたんだが、800経験値しか稼げなかった」

「800経験値ってスゴイですよ!」

 矢倉が手を止め三好の自信に満ちた顔を見る。


「まあな。やっぱり、赤城君が言っていたことは間違っていなかった。何らかの条件を満たしたら経験値が倍に増えるって奴は嘘じゃなかった」

「それだけ分かれば、自信を持って最後の賭けに集中できる。ありがとう」

「それで何か手伝った方がいいのか?」

 三好が尋ねると赤城は首を横に振る。

「これは2人でやらないと意味がないんだ。だから三好君は自由に寛いで構わない」

 赤城は三好と真剣な顔を見せ、すぐに作業を再開した。


 作業開始から3時間が経過した頃、ようやく千羽鶴が完成する。それと共に赤城と矢倉は疲労感に襲われ、床に仰向けの状態で倒れた。

「疲れた。後はこいつを病院に持っていくだけ」

 赤城が呟くとその横で矢倉が首を縦に振ってみせた。2人は10分程体を休ませると、起き上がり悠久中央病院へと足を進める。


 昨日と同じように2人は島田節子の病室を訪れる。しかしそこに島田夏海の姿はなかった。そのことに動揺した矢倉は思わず紙袋を落とす。

 病室の中にいるのは島田節子のみ。この事実を把握した赤城は矢倉に耳打ちする。

「落ち着け。ここは俺に任せろ」


 矢倉は小さく頷き、矢倉が落とした紙袋を拾い挙げる。そして彼は静かに節子へ近づいた。

「島田節子さん。今日は節子さんのために千羽鶴を折ってきたんだ。これは俺と矢倉君の2人で折ってきた。とりあえずこれを病室の中に飾るけどいいか」

 島田節子は咳こみ、小さく頷いた。


「いいですよ」

 島田節子の承諾により赤城は病室の窓の傍に千羽鶴を飾る。それからしばらく島田節子と会話を楽しむと、2人は病室を後にした。

 その間島田夏海は病室を訪れていない。その帰り道矢倉は赤城の隣で呟く。


「文字通り最後の賭けになってしまいましたね」

「そうだな」


 赤城は短く答える。内心赤城恵一は焦っていた。いくらレベル11以降から解禁された経験値補正があったとしても、現状レベル12の赤城と矢倉には1.2倍にしかならない。プレゼント作戦で経験値が倍になったことは三好勇吾が証明した。だが、あのプレゼントでどのくらい経験値が倍増するのかは不明。島田夏海と会話することで少し経験値を水増しすれば、希望が見えるはずだった。


 しかし島田夏海が病室に姿を見せなかったため、それもできない。あの賭けの結果次第では、窮地に立たされる。

 赤城恵一は恐怖に脅えながら、自分の部屋に引きこもった。おそらく、自宅に戻った矢倉も同様に脅えているのだろうと彼は思う。


「落ち着け。大丈夫だ」

 念仏のように何度も少年は呟く。


 

 それから数時間が経過した頃、島田夏海は妹の病室を訪れた。ドアを開けると同時に先崎に彼女の視界に窓の傍に飾られた千羽鶴が映る。

「節子。あの千羽鶴は何?」

 夏海が首を傾げる。すると節子は窓辺に飾られた千羽鶴に視線を合わせ、彼女に説明する。

「2時間くらい前に赤城先輩と矢倉先輩が持ってきてくれました。何でも2人だけで折ったみたいです」

「あんなに沢山折るなんて……」

 夏海は千羽鶴を折った2人を想い、うっとりとしたような表情を妹に見せた。



 それと同じタイミングで、自分の部屋に籠っていた赤城恵一のスマートフォンが振動を始めた。

 赤城恵一は息を飲み込み、机の上に置かれたスマートフォンを手にする。

『イベントゲームクリアおめでとうございます』

 スマートフォンに表示された文字を読み、赤城恵一は思わず天井に届く程大きくジャンプする。

「やった!」

 赤城恵一は何とかイベントゲームをクリアできた。おそらく矢倉も同じ結果に歓喜している頃だろう。矢倉の喜ぶ顔を赤城が思い浮かべていると、階段の下から母親の大きな声がした。

「うるさいよ」

 その後で赤城は自分のステータスを確認してみる。

「マジかよ!」

 それが赤城恵一の第一声だった。付加された経験値は、赤城の予想を大きく裏切る。


赤城恵一


レベル13

知識:30

体力:30

魅力:30

感性:30


死亡フラグケージ:55%


累計EXP:4280

Next Level Exp :720


 気が付いたら1080もの好感度経験値が獲得されていた。その事実に赤城恵一は驚く。




 同じ頃、椎名真紀は椅子に座り、静かに瞳を閉じた。ここは現実世界の高校の2年1組の教室で、現在は昼休みの時間帯。多くのクラスメイトたちは友達同士の会話に花を咲かせている。

 どこかから美緒の幼馴染の少年の歓喜の声を聞いた彼女は少しずつ瞳を開け、小さく呟いた。

「良かった」


 この小さな声にクラスメイトたちは気が付かない。それから彼女は筆箱からシャープペンシルを取り出し、プリントの裏に数式を書き込んだ。


 300×(1.5+1.5)×1.2=1080

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