集められた男子高校生達

「誰かいないのか!」

 誰かがドアを叩く音や大きな叫び声が響き、一人の少年の瞼がピクリと動いた。少しずつ開いていく瞳は、慌ただしく動くぼんやりとした影を映し出す。徐々にその景色は鮮明になり、近くで誰かが走り回っていることを赤城恵一は理解した。

「どこ……だ?」

 意識を完全に取り戻した彼は、そう呟き、起き上がりながら周囲を見渡す。


 木製の床に白色や赤色のテープが張られており、バスケットゴールまでもが設置されている。前方にあるステージの両脇には、大きな黒色のスピーカーが置かれていた。


 ステージの両端には、用具入れらしいドアもあって、そこにも恵一と同い年くらいの男子たちが多く集まっている。

 ステージは、赤色の幕によって閉まっている。そして天井には体育館には不釣合いな、大きいシャンデリアが垂れ下がっていた。

 シャンデリアの存在が不可解ではあるが、ここは紛れもなく体育館はないかと、多くの少年たちは思った。


 何がどうなっているのだろうかと不安に襲われた恵一は、呆然として立ちながら、記憶を手繰り寄せる。


 登校中に何者かに襲われ、気が付いたらここにいた。


 その記憶が意味しているのは、誰かが自分たちを拉致して、ここに監禁しているということ。

 でも、それ以上のことは何も分からない。


 全く心当たりがない恵一は、冷たい何かを肌で感じ取った。それは首元から伝わったくる。咄嗟に自分の首を触った彼は、異変に気が付いた。何か固い円状の物体が首を覆っている。他の男子たちも首に黒い輪が填められていた。

 それを外そうと思い、恵一は両手で異物を掴み強く引っ張った。だが、首輪は何かに引っかかり、少年の顔が苦痛が歪む。この痛みと共に、少女の笑顔が恵一の頭を過った。

 

「美緒」

 あの時、幼馴染で一緒に登校していた白井美緒は自分と一緒に襲われた。

 まさか、ここに幼馴染 がいるのではないかと一瞬思い、少年は再び周囲を見渡す。しかし、少女らしき姿は一人もなく、この場にいるのは恵一と同年代の少年たちしかいない。


「ダメだ。開かない。引いてもダメかよ」

 後方にある赤色の正方形のパネルが埋め込まれたドアを高橋空たかはしそらが思い切り叩く。天然パーマが特徴的な小太りの彼の周りには、多くの男子高校生たちが群がっている。

「こっちもダメだ」

 用具入れらしきドアの前で、市川陸いちかわりくが叫び、悔しそうに丸坊主の自身の頭を掻く。そんな彼の周りにも同じように男子高校生たちが集まっていた。


 赤城恵一は焦る気持ちで周囲を見渡す。

 見た所出入り口らしいドアは、前方にある用具入れのドアか、後方にある赤色のパネルが埋め込まれたドアしかない。

 残るのは、壁に設置された梯子だけ。


 すると、上空から別の少年の声が聞こえた。

「窓もダメですよ。全て填め殺しのようです!」

 壁に設置された梯子を昇った宮脇陸翔みやわきりくとが、人が一人だけ通ることができるほどの狭い床に立ち、叫ぶ。

「何か壊す物はないのか!」

 高橋空が窓の前に立つ背の低いスポーツ刈りの少年に尋ねる。だが、彼は首を横に振った。

「そんな都合良い物持っているはずがありませんよ。手荷物も奪われているみたいですし……」 

「バカ。制服のポケットにスマホが入っているはずだ。そいつで窓を壊せ!」

 そう言いながら、宮脇は黒色の端末を手にして、左右に振ってみせた。宮脇が慌てて制服の上着のポケットから、スマートフォンを取り出すのを見て、恵一はハッとした。



 パニック状態で忘れていたのだ。スマホで警察に通報すればいい。そう考えた少年は、制服に仕舞ったはずの、スマートフォンを取り出す。

 だが、取り出されたソレは、彼の物ではなかった。黒色のスマートフォンに、黒色の背景に大きく『48』という赤い文字がプリントされた待ち受け画面。

 これは明らかに赤城恵一の物ではない。ホームボタンをタッチすると、アップデート95%という赤色の文字が表示された。

 操作不能であることを知り、恵一は思わず苦笑いした。


 一方、宮脇陸翔は、自身の制服に入っていた謎のスマートフォンを思い切り窓に向かい、振り下ろした。

 だが、窓は壊れることなく、鈍い音だけが体育館に響き渡る。

 何回やっても、窓は壊れない。

「くそ、強化ガラスかよ」

 少年は舌打ちして、梯子から男子高校生たちが集まる、体育館の床へと降りた。


 出入り口が一切ない密室に、48人の男子高校生たちが監禁された。

 何のために。少年たちの脳裏に様々な疑問が浮かびあがる。

「一体誰なんだよ。俺たちをこんなところに閉じ込めやがったのはよぉ」

 頭に傷がある巨体の男子高校生、山口武やまぐちたけしが叫ぶ。すると、不協和音のブザーと共にステージ上の赤い幕が開いた。


「皆様。お目覚めでしょうか?」

 ステージの幕が完全に開き、ボイスチェンジャーの不気味な声がスピーカーから流れる。

 その声を聞き、集められた男子高校生たちは一斉にステージに注目した。

 ステージ上にいるのは、額にピンク色のハートマークが印刷された白色の覆面で顔を覆った白色のスーツを着た人物。その奇妙な風貌の人物はスーツの背中に、日本刀らしき物を背負っている。


 覆面の人物はマイクを握り、ステージ上から集められた男子高校生の顔を見下ろす。

「そうですね。全員起きているようです。それでは、第13回ラブバトルロワイヤルを開催します♪」

 

「何だよ!」

「ふざけるな!」

「とっとと俺たちを帰しやがれ!」

「ここがどこか。説明しろ!」


 男子高校生達が当然のようにヤジを飛ばす。その反応に慣れているように、覆面の人物はマイクを右手から左手に持ち替え、クスクスと笑った。

「やっぱりね。どこの男子高校生も同じ反応でした。さて、皆様はとあるデスゲームのプレイヤーに選ばれました。とは言っても、こっちが無作為に選んだだけだけどね♪」

「デスゲームだと!」

 赤城恵一は覆面の顔を睨み付けながら、叫ぶ。スーツの左ポケットからスマホを取り出した仮面の男は、嬉しそうに首を縦に動かした。


「ふむふむ。アップデート98%。まだ時間あるし、皆様をこの体育館に招待した私の仲間を紹介しましょう!」

 端末を手にした左手を真横に伸ばした後、ステージ上からぞろぞろと総勢12名の全身黒ずくめの男たちが姿を見せた。

 

 彼らと顔を合わせた恵一は、目を大きく見開く。他の少年たちも動揺した表情になっていた。

「あいつらだ」と口にした恵一は、視線を覆面の男の右隣に並んでいる二人組に向けた。その姿を赤城恵一はハッキリと覚えている。そこには、確かに自分と一緒にいた幼馴染の少女を襲った大男たちがいた。


「君たちを拉致した犯人たちです。私たちは世間を騒がせている男子高校生集団失踪事件の犯人でもあります。ご存じでしょう? ここ1年の間、ツキイチペースで起きてる謎の怪事件。私たちはある目的を達成するために、全国各地12か所で、デスゲームを開催してきました。しかし、ゲームを全クリできる男子高校生は1人も現れませんでした。つまり、1か月以内に家族の元に失踪した男子高校生の遺体が送られてくるというあの事件は、私たちが企てた物。あの事件の被害者たちは、私たちのデスゲームの敗者なのです♪」


 楽しそうに語る覆面の言葉を聞き、赤城恵一は朝のニュースを思い出す。去年の4月から始まった男子高校生集団失踪事件の犯人は、ステージ上に立っている13人の男たちなのか?


 先日発見された男子高校生たちを殺したのは、こいつらなのか?


 嫌な予感が男子高校生たちを襲う。それとは裏腹に、一部の男子高校生たちは密に期待してしまう。これは何かの撮影、または不謹慎なドッキリではないかと。  


 様々な思考が体育館を渦巻いた中で、覆面の人物はマイクを握り直す。いつの間にかポケットに端末を仕舞い、自由になった左手を額に置いた。


「苦労しましたよ。学校に登校する短い時間で、皆様を拉致するのは。千代田区を6つのエリアに分割して、それぞれのエリアを黒塗りのトラックで巡回してもらう。それで標的となった皆様を見つけたら、トラック停めて、皆様を気絶させて、トラックの荷台に押し込み、ここまで運ぶ。因みに通学路に関する情報は、学校のパソコンにハッキングして入手しました。防犯上の目的から、学校に通学路の地図を提出するでしょ? データベース化されたあの情報を盗んでもらって、利用したわけですよ」


 自慢げに自分の犯行をペラペラと話す謎の人物の思考を、少年たちは理解できない。だが、謎の覆面の人物は、それを気にせず、マイクを左から右へ持ち直した。


「そういえば、自己紹介がまだでしたね。私はゲームマスターのラブと申します。皆様が全クリできることを密に願っていますよ。これで少しは不安が減りましたかね。やっぱり相手の名前が分からないと、不安になりますもん♪」


「違う。お前らは何人もの男子高校生たちを殺してきた。お前らがやっていることは犯罪だろうが!」

 怒り顔になった恵一は自身の正義感を男達に振りかざす。だが、冷たい目をしたゲームマスターは、彼の声に聞く耳を持たない。


「これまでゲームオーバーになった576人は、負け犬だったと言うだけの話ですよ? 長話もあれなので、ゲームのルールを説明します。皆様はデスゲームと聞いて、どのような事を連想しますか? 異世界RPGの世界に閉じ込められて、プレイヤーを次々と殺していく。そんなゲームを連想して不安に襲われた、か弱い男子高校生の皆様。ご安心ください。皆様にプレイしていただくデスゲームは、拳銃や槍でプレイヤーを殺し合うと言う暴力的な内容ではありません。皆様には恋愛シミュレーションデスゲームをプレイしていただきます!」


 ラブの一言に男子高校生たちは驚愕を露わにする。それはデスゲームと聞き、RPGを予想していた男子高校生が大半であるためだからだ。恋愛シミュレーションデスゲームなんて聞いたことがない。

 そのゲーム内容に驚かない男子高校生たちはいないだろう。


 その時、山口武が、突然ステージに上がった。階段を上る巨体の不良少年に続き、他の男子たちもステージに向かって歩き始める。

 この様子をステージの上から見下ろしていた黒ずくめの男たちは、一歩を踏み出そうとした。だが、ラブはそれを許さず、両腕を横に広げる。

「ストップ。こういうバカたちは、身をもって教えないと分からないからさ。動かないでよ」


 堂々とした動きで、ゲームマスターは不良少年の前に姿を晒した。

「俺たちをとっとと帰せって言ってるんだ!」

 不良少年は走りながら、ラブとの距離を詰め、殴りかかろうとする。一方で、ラブはそっと自分のスマートフォンをスーツから取り出し、画面をタッチした。


『ごめんなさい』

 少女の声がスピーカーから流れた瞬間、恵一たちの心臓が一斉に強く震えた。 

「連帯責任だよ。愚か者の末路、覚えておいてね♪」

 ゲームマスターは鼻歌を歌いながら、背負った日本刀を抜く。

「ふふふーん、ららららっ」

 一歩も動こうとしない不良少年の首に鋭い刃を食い込ませる。そんな光景を見せられた恵一は「やめろ!」と叫ぼうとした。だが、声が出ない。

 視線を逸らそうとしても、体は動かず、強制的に殺害される瞬間を目撃させられてしまう。


「3、2、1、ゼロ!」とラブが呟いた直後、止まっていた時間が動き出す。



 体育館に悲鳴が響き、ステージの上の不良の首から、大量の血液が噴き出した。男の生首は空中を飛び、眼球がギロリと動く。それがステージ下の床に落ちると同時に、少年の体は膝を床につき、前へと倒れた。首の断面から、ドロドロとした血液が漏れ、階段を血の色で染めていく。


 不良少年の生首と、生々しく綺麗に切断された首の断面。


「うぉぉぉえええぇぇぇ」

 強烈な吐き気が恵一を襲い、思わず床に吐き出した。同じように嘔吐する男子たちも増えていく。


 返り血で白色のスーツや覆面を汚したラブは、そんなことを気にする素振りを見せず、手を叩き、説明を続ける。

「分かりましたか? ゲームマスターに歯向かったら死ぬんですよ? あなたたちはデスゲームに参加するしか選択肢がないのです♪」


 強制参加のデスゲーム。参加しなければ、殺される。この恐怖は次第に彼らを支配していった。

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