新たなデスゲーム

 その日の午後8時。赤城恵一は自分の部屋の中で、スマートフォンの画面を凝視した。しかし、何も起こらず彼は深い溜息を吐いてから端末を机の上に置く。

 それと同じタイミングでドアの向こうからノックする音が聞こえ、少年の部屋のドアが開いた。ドアの隙間から白井美緒が覗き込み、不安そうな顔付きの幼馴染に声をかけた。

「そんなに島田さんのことが心配なの?」

 少年に問いながら美緒はドアを閉めた。すると恵一は素直に不安を口にする。

「岩田君にメールで相談したらおかしいと言われたからな。デートもしていないのに、ヒロインが一緒に帰宅しないかと誘ってくるのはおかしい。それに、聞く話だと島田さんは一番好感度の高い滝田君の誘いを断って、俺と登校しようとしたらしい。おかしなことがラブの言う不具合が原因だとしたら、次に島田さんが目覚めた時、俺は窮地に立たされるな」

「大丈夫だよ。どれだけ滝田君と差が開いているのかは分からないけど、恵一には私がいるから。何度も言うけど、私は恵一を助けるために来たんだから」

 幼馴染の少女の笑顔を見た瞬間、恵一の中から不安が消し飛んだ。

 それから美緒は恵一に笑顔で尋ねる。

「恵一。島田さんは2日くらい目を覚まさないんだよね? だったら明日も恵一と一緒に学校に行っていいよね?」

「明後日まで攻略はお休みだ。現実世界と同じように、美緒と登下校するのも悪くないかもなぁ」

「本当? 嬉しいよ」

 互いに喜びを確かめ合った時、恵一のスマートフォンが振動を始める。嫌な予感を覚えながら、恵一は端末を手にする。そして、彼は画面を見て、顔を青くした。一方の美緒は、何が起きているのか分からず、彼のスマートフォンを覗き込む。


『ドキドキ生放送。開始されました』

 少年が恐る恐るアプリをタッチすると、真っ白な背景をバックに、ラブが画面越しに手を振っている様子が映し出された。

『皆様。お待ちかねの第3回イベントゲームが始まるよ。とは言っても、本番は5月23日。土曜日。本番までにプレイヤーの皆様には、準備してもらわないといけないから、早めにアナウンスさせていただきました。ということで、次のゲームはカセイデミル改』

 本番は1日のみ。行われるのは第1回イベントゲームで行われたあのゲーム。嫌な予感が恵一の頭を過り、彼は冷や汗を床に落とした。

 その間もラブは楽しそうにルール説明を続ける。

『第1回イベントゲームといて行った、カセイデミルがパワーアップして帰ってきました。ルールは基本的に同じだけど、今回溜めていただくのは好感度経験値ではなくポイントです。尚今回のゲームにはリア充と非リア充という2つのグループが存在します。グループによってポイントの稼ぎ方が異なりますので、よく覚えておいてくださいね。ということで、最初にグループ発表を行います。こちらですね』

 ラブはそう言いながら、しゃがんだ状態で床に置かれた紙を拾う。そしてゲームマスターは正面のカメラに手を伸ばし、紙で画面を覆った。

『見えてるかな? このフリップに書いてある人がリア充。それ以外が非リア充ってことですね』


 ラブの説明をバックに、画面にはワープロの文字で7人の名前が映し出された。

『桐谷凛太朗。千春光彦。岩田波留。達家玲央。内田紅。高坂洋平。北原瀬那』

 そこには赤城恵一の名前は記されていなかった。自分は非リア充というグループに属していると恵一は自分に言い聞かせ、ラブの説明を聞いていた。

『この7名は同じヒロインを攻略しようとしているライバルがいません。そんな運が良い彼らは事前準備として、今週の土曜日、悠久ランドに行かないかと誘ってください。お察しのように、悠久ランドは遊園地です。つまりリア充はメインヒロインと遊園地デートを行っていただくのです。もしも前日までにメインヒロインがデートの誘いを承諾しなければ、ゲームに参加する資格なしと判断して、ゲームオーバーです。運だけでリア充になった達家様。気を付けてくださいね』

 ラブは画面を覆うフリップを外しながら、覆面の下で爆笑した。

『リア充の皆様のゲームクリア条件は、遊園地の観覧車に2人きりで乗って、花火を見ながら、メインヒロインとキスすること。その条件を満たしつつ、4000ポイントを稼いでいただきます。リア充のポイントは、ヒロインが楽しいと感じたら上がり、つまらないと感じたら下がる仕組みになっています』


「何よ。この条件。昭和の恋愛映画に影響され過ぎだよね」

 恵一と同様にルール説明を聞いていた美緒は、思わず笑ってしまった。この条件を達成しなければ、死ぬという事実は笑えないが、それでもおかしいと感じてしまうのだ。

 美緒のリアクションを知らないラブは手を叩き、問題の非リア充の説明を始めた。


『次に非リア充の皆様は、リア充を妬みながらデートを妨害してください。妨害によって下がったリア充のポイントが、あなたの物になります。妨害を行い4000ポイント得ることができれば、ゲームクリアとなります。尚非リア充の皆様には、チームを組む権利がございます。チームメンバーは最大6名。チームを組んだら、ゲームクリアに必要なポイントが減るため、少しお得です。チーム全員で4000ポイント稼げばいいんですから。チームは前日までに組んでください。メンバーは、NPCでも構いません。それと、チームは1人1つしか加入できません。また、ゲーム開催中、チームに所属しているAさんが亡くなったとします。この場合、Aさんの稼いだポイントは無効になりますので、ご注意ください』


 次のゲームを簡単に説明するならば、リア充と非リア充の攻防。だが、恵一はデートを妨害できない。妨害しようとすれば、彼の心は傷ついてしまうだろう。何とかならないのかと彼が考えた瞬間、ラブは少年に光を与えた。

『妨害なんて心が痛むからできないっていう優しい非リア充の皆様。そんな人のために、別のクリア条件が用意してあります。それは悠久ランド内にいる隠しヒロイン、椎名真紀の好感度経験値を上げること。この方法で4000ポイント溜めることができたら、ゲームクリアとなります』


 最後にラブは、右手の人差し指を立てた。

『最後に、楽しいデートを妨害されたくないリア充の皆様に朗報ですよ。リア充の皆様は非リア充のチームを買収して、妨害を阻止することができます。ただしチームを買収したら、稼ぐべきポイントが1000増えます。その代り、買収されたチームの稼ぐべきポイントが1000減るのです。さらに非リア充チームは、1人のリア充にしか買収されてはいけません。例えばAさんとBさんが所属している非リア充チームを買収していた場合、CさんはBさんのチームを買収できません』


 ラブは胸の前で腕を交差してバツマークを作る。その後でゲームマスターは戦慄のルールをプレイヤーに伝えた。

『リア充が非リア充を買収して、妨害を阻止するという作戦ですが、もう一つデメリットがあります。それはリア充がクリア条件を満たせなかった場合、買収されたチームのメンバーも巻き添えでゲームオーバーになるということです。リア充の皆様。非リア充チームをいくらでも買収してもいいですが、やり過ぎちゃうと自分や仲間の首を絞めちゃうことになるので、注意してくださいね。さらに、チームリーダーが脱落しても、メンバーは巻き添えで死んでしまうので、ご注意を!』


 無茶苦茶なルール説明が終わった後で、ラブは指を鳴らす。

『言い忘れていましたが、制限時間は当日の午前10時から午後8時までの10時間。制限時間以降にポイントを稼いでも、無効になるから注意してくださいね。それでは、第3回イベントゲーム、カセイデミル改。事前準備も含めて楽しんでくださいね』

 こうして新たなデスゲームのルール説明が終わった。恵一と同様にルール説明を聞いていた美緒は、首を縦に動かすと、すぐに隣で考え込む恵一の右手を掴む。

「私は恵一のチームに入るよ。プレイヤーじゃない私がチームに入ってもいいんでしょう。それで一緒に真紀の好感度を上げよう」

「そう言うと思ったが嫌な予感がするんだ」

「どういうこと?」

 何も知らない幼馴染の少女が首を傾げる。すると恵一は優しく彼女に説明する。

「カセイデミルってゲームは1週間でメインヒロインの好感度経験値を4000稼ぐゲームだった。それが今回、10時間で4000稼ぐゲームになって帰ってきたんだ。それに逃げ道があるのが気になる。いつものラブだったら、あんな逃げ道のクリア条件なんて用意するはずがない。だから真紀を攻略するのは難しいんじゃないのかって思った」

「でも、真紀は私の友達だよ。それにこれは真紀を助けるチャンスだと思うの」

 少年の不安を打ち消す希望の瞳を持つ少女と顔を合わせた恵一は、仕方ないという思いで頭を掻く。

「分かった。チームに入れる」

 そう言いながら恵一はスマートフォンを白井美緒に向けた。メンバーになるには写真を撮られないといけない。チームに関するルールを思い出した美緒は、笑顔になり少年に写真を撮られた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る