初めての登校

 白井美緒は、校門前で幼馴染の少年と共に立ち止まり、灰色の壁に覆われた3階建ての校舎を見上げた。

「ここが恵一の通っている悠久高校?」

「そうだ。2年の教室は2階にある」

 恵一から説明を受けた美緒は、彼に笑顔を見せ、一歩を踏み出した。

「道案内ありがとうね。明日からは一人で行くから」

 予想外な言葉に恵一は途惑う。

「どういうことだ」

「そのままの意味。私が恵一の隣にいたらいけないみたいだから」

「本当にそれでいいのか?」

「仕方ないよ。こうでもしないと恵一や真紀を助けるなんてできない。私は少しの時間でも恵一と一緒にいられるだけで十分。だから学校で恵一と会うのは我慢するよ。邪魔だけはしたくないから」

 その少女、白井美緒の瞳は潤んでいた。彼女の言葉は本心ではない。無理をしているのではないかと恵一は思った。

 彼の目の前にいるのは、今にも泣きそうな顔の幼馴染の少女。その姿を見た恵一は、優しく少女の右肩に触れた。

「お前の気持ちは分かった。だから一つだけ約束してくれ。我慢するな。俺に会いたくなったら、いつでも来い」

「うん」

 白井美緒は小さく頷く。そうして2人は共に昇降口に向かった。

 2階へと続く階段で恵一と別れた美緒は、そのままB組の教室に入った。今日から彼女は、この教室で授業を受けることになる。初対面の同級生達が集まる空間の中で、美緒は居心地が悪いと思った。

 その理由は、既に出来上がっているグループから自分が孤立しているからだけではない。教室に足を踏み入れた瞬間から、多くの男子生徒は彼女の顔を睨み付けたのだ。鋭い視線から少女は敵意を感じ取る。

 その内、お河童頭の垂れ目な少年が、席から立ち上がり、怒りに満ちた瞳を少女に見せる。

「お前、あんなことをやって学校に来たのですか? お前のわがままのせいで……」

 初対面の男子に因縁を付けられた美緒は、弁解することができず、黙り込む。嫌な空気の理由。彼がどうして自分に敵意を向けているのか?

 その理由は簡単だと美緒は思った。自分のせいで、この教室に通うはずだった男子が死んだのだ。それは自分が彼を殺したのと同じ。突然クラスメイトが殺されたら、誰でも同じように怒るだろう。悪いのは理不尽なデスゲームを開催したラブだと自分に言い聞かせても、事実は変わらない。

 悪いのは自分だ。自分のせいで救えたかもしれない命が失われた。そういう事実を突きつけられ、美緒の瞳から大粒の涙が溢れる。

「達家君。そこまでです」

 気が付いたら、少女の目の前に一人の少年が立っていた。居場所がない少女を庇う七三分けに赤色の淵の丸眼鏡の青少年に、達家が抗議する。

「岩田君。なんでこんな奴を庇う。こいつと赤城恵一のせいで、僕は一人になったんですよ。あんな偽善者のせいで」

「赤城君に助けられて、感謝していたあなたのセリフとは思えません。それに忘れたのですか? 三橋悦子に嫌われたくなかったら、イジメはやめなさい」

 岩田波留が言い切ると、達家玲央は黙り込んだ。自分を庇うように立つ少年は、一瞬で敵意を消し去った。スゴイと美緒が感じていると、少年は少女に顔を向ける。

 どこにでもいる好青年といった雰囲気の彼は、美緒の耳元で囁く。

「白井さん。体育倉庫前で話がしたいです。もちろん二人きりで」

 予想外な展開に、少女は赤面する。体育倉庫前。二人きりでの話。この二つの言葉だけで、美緒は少女漫画の告白シーンを連想した。

「私には好きな人が……」

 狼狽えながら岩田と名乗る少年の誘いを美緒は断ろうとする。だが、波留は少女の反応を見て、クスっと笑い、再び少女の耳元で話す。

「色々と勘違いしているみたいですが、僕は白井さんに告白をするつもりはありません。ただ、このクラスのことを知ってもらおうと思っただけです。学級委員として。体育倉庫前は人気がないから、色々と使えるんですよ」

 波留の説明で何とか趣旨を理解した美緒は首を縦に動かす。

「分かったわ。その代り二つだけ約束して」

「約束?」

「人気のない場所で私に変なことをしないこと。恵一が偽善者だっていう理由を説明すること」

「分かりました。約束します」

 時計で時間を確認した岩田波留は、白井美緒と共に体育倉庫前に移動する。

 5分程で倉庫の前に到着し、岩田波留は白井美緒に頭を下げた。

「改めまして、初めまして。B組の学級委員、岩田波留です。ここではデスゲームや現実世界っていう言葉を使っても大丈夫ですからね」

 そう説明を受け、白井美緒は安心する。それから波留は、一呼吸置き、話しを続けた。

「赤城君から色々と話しは聞いていますよ。赤城君と白井さんは幼馴染だっていうこと。赤城君は何としても白井さんの所に戻るんだって、慣れない恋愛シミュレーションゲームに奮闘していました。そんな彼に僕は、ゲームの基本を教えましたよ」

「あなたが恵一にゲームのことを教えたんだね。ありがとう。恵一のことを助けてくれて」

「それほどでもありません。それでは、時間もなさそうですので、早速説明します。まずは、白井さんが気になっている、赤城君が偽善者と呼ばれた理由から。期日までにメインヒロインと一緒に一度でも下校しないと死亡っていうゲームをやったんです。ゲームをクリアできる人数が決まっている状況で、赤城君は一生懸命考えました。誰一人犠牲を出さずにゲームをクリアする方法を」

「恵一なら考えそうなことね。それでどうなったの?」

 詳しい事を尋ねる少女に、岩田波留は衝撃的な事実を伝える。

「赤城君の考えた作戦は失敗。赤城君を含めた作戦の参加者4人で敗者復活戦をやらされたんです。そのゲームに赤城君は勝ち、残りの3人は死にました。そして白井さんは、中田君を犠牲にしてこの学校に通うことになりました。中田君と西山君。同じメインヒロインを攻略する仲間やライバルを失った達家君は、赤城君を恨むようになったんですね。アイツは偽善者だったって」

「西山君?」

 その名前に白井美緒は聞き覚えがあった。もう少しで思い出せそうな所で岩田波留は、彼女の反応が気になり、首を傾げる。

「もしかして知り合いですか?」

 そう疑問を投げかけられ、美緒は思い出す。

「もしかして西山一輝君?」

「そうですが?」

「やっぱり。真紀が助けたっていう高校生」

「全く意味が分かりません」

「どうやったのかは分からないけど、真紀はラブを裏切って、西山君を含んだ3人の高校生を助けたみたいなの。残りの2人は武藤幸樹君と長尾紫園君」

「間違いありません。敗者復活戦で負けた3人です」

 とんでもない事実に岩田波留は取り乱す。

「そうなんだ。それで私は、真紀に中田君も助けてもらおうと思ったんだけど、それができなかったの」

「つまり、運営側にいた椎名真紀はラブを裏切って、僕達を助けるために奮闘しているっていうことですか?」

「うん。それがラブにバレちゃって、真紀はラブに捕まったみたいだけど」

 興味深い話に岩田波留は食いつき、顎に手を置く。

「なるほど。椎名真紀はゲームを終わらせるキーパーソンの可能性が高いですね。会いたくなりました。ところで白井さんは、椎名さんから何か聞いていませんか? ゲームの目的とか」

 その質問に白井美緒は首を横に振る。

「何も聞いていないよ。詳しい事を聞こうとしたら、ラブに邪魔されたから」

「分かりました。また話しを聞くことになるかもしれませんが、その時はよろしくお願いします。次はB組の要注意人物について。僕が攻略しようとしている小倉明美は、ヤバイです。彼女は二重人格で、冷酷に何人もの高校生を殺してきました。自らの手は汚さず、メインヒロインに嫌われるように仕向けてね。結構危険ですが、約束してください。露骨に彼女を避けないでほしいって」

「どういうこと?」

「彼女を露骨に避けるようになれば、危険な方の人格が出やすくなるからです。もしあの人格が四六時中出るなんてことになったら、僕達は全滅するかもしれません。最悪なケースを想定して、普通に仲良く接してください」

「分かった」

 岩田波留は腕時計で時間を確認し、首を縦に振った。

「そろそろ教室に戻りましょうか」

 岩田に促された美緒は、彼と共に教室に戻った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る