最終章 ラストゲーム
五月十七日~五月十九日
島田夏海の違和感
島田夏海が違和感に気が付いたのは、先週の金曜日のことだった。その日、彼女は赤城恵一という同級生の幼馴染の少女は、死亡していると聞かされた。しかし、夏海自身はその事実に納得していない。なぜか彼が言っていることはウソではないかと彼女は疑っているのだ。
赤城恵一の幼馴染の少女、白井美緒は生きているという明確な根拠を、島田夏海は持ち合わせていない。
もしかしたら、彼が幼馴染にこだわっているのは、彼女との未練があるからではないかとも考えることができる。
即ちそれがウソであるというのは、夏海の思い過ごし。
それから夏海は、赤城恵一と下校した。いままでのように断るつもりだったのに、なぜか承諾してしまったのだ。
下校中の彼との会話の中には、白井美緒という名前が何度も登場していることを、夏海は覚えている。赤城恵一は白井美緒に未練があることは、誰にでも分かることだった。
赤城恵一の幼馴染の少女の死が事実だとしたら、他人事ではないと夏海は思った。
突然最愛の妹が病気で亡くなったら、自分も彼と同じようになるのだろうか?
そういう疑問を抱えたまま、彼女は恵一と別れた。その直後、彼女に異変が起きる。突然胸が苦しくなり、去っていく彼を呼び止めようと右腕を伸ばしたのだ。
しかし、声を出すことはできず、気が付いた頃には、今日一緒に下校した少年の姿が視界から消えていた。
一体何だったのか? 自宅へ戻りながら夏海は考えたが、その答えはサッパリ分からない。
その翌日の早朝、いつものように朝食を済ませた島田夏海は、自分の部屋に戻り、制服の袖を通した。それから彼女は、鞄に荷物を詰め、玄関に向かう。
すると、玄関で靴を履く夏海の背後から、パジャマ姿の痩せた体型の少女が声をかけた。
「お姉ちゃん。今日は早いですね? まだ7時30分なのに」
「えっ」
実の妹である節子の問いかけを聞き、夏海は驚いた。その時彼女は、いつもより20分も家を出る時間が早いことに気が付いたのだ。
一方、驚きという想定外な反応を示した姉のことを心配する妹は、首を傾げた。
「一体何に驚いているのですか?」
「何でもない」
夏海は上手く言葉にすることができず、適当に答えた。すると節子は、探求を辞めジト目で姉の顔を見つめる。
「分かった。滝田さんと一緒に登校しようって約束したんでしょう?」
「約束なんかしてないから……」
急に照れて、顔を赤くした夏海は一生懸命否定した。別に誰かと約束をしたというわけではない。島田夏海の言葉は事実だった。
それなのに、なぜいつもよりも早く登校しようとしたのだろうか? 訳も分からず彼女は、家を飛び出す。
いつもと同じ通学路を歩いていた夏海は考えた。昨日から違和感が続くが、その正体は夏海自身も分からない。一つだけ分かるのは、これは今まで感じたことがないということ。
そんな時、夏海は立ち止まった。昨日一緒に下校した少年が、少女の目の前を歩いているのだ。その後ろ姿を見た瞬間、夏海の胸は苦しくなった。それは昨日少年と別れた時と同じ感覚。加えて、胸がドキドキと高鳴り、顔が赤くなっているように彼女は感じた。
一体どうしたのだろうか?
夏海は何も分からず、目の前を歩く少年に声を掛けた。
「赤城君」
少女の声を聞き、恵一は足を止め、後ろを振り向いてみる。そこにはなぜか、島田夏海の姿があり、彼は驚いた。
「島田さん」
「偶然だね。もし良かったら、一緒に学校行こ?」
島田夏海は微笑みながら、再び違和感を覚えた。一体自分は何を言っているのだろうかと。夏海は、同級生の男子と一緒に登校しないかと誘った。しかし、その真意は自分自身でも分からない。
その間に恵一は首を縦に振り、彼の隣を少女は歩き始めた。もしかしたら、彼と一緒に登校するために、いつもより早く家を出たのではないかと、少女は一瞬だけ考える。しかし、夏海は彼と約束をしていない。おまけに彼がこの時間帯に通学路を歩いているということを、夏海は知らなかった。つまり、これはただの偶然だと彼女は解釈する。
1分程何も話さなかったため、気まずいと思った夏海は、真剣な顔付きの彼の顔を覗き込んだ。少年の顔を見た時、少女の胸の鼓動が高まる。
目の前の彼に心配をかけさせるわけにはいかないと思った夏海は、平静を装い、彼に尋ねた。
「もしかして、日本史の小テストについて考えてるの? 確か40点以下だったら居残りだったっけ」
「勉強してない」
本音を漏らす恵一に対し、夏海が微笑む。
「そんなことを言う人に限って、結構勉強しているんだよね」
「本当に勉強していないんだ。島田さん。良かったら勉強を教えてくれよ。日本史だったら得意だろう」
「いいよ」
彼との一連の会話もおかしいと夏海は思った。彼の申し出を断ることができなくなっている。一昨日までは断っていたはずなのに。
何かを思い詰めた顔付きの彼の横顔を見た夏海は、恵一に対し優しく声を掛けた。
「大丈夫。日本史の小テストくらい簡単だから。あの先生、記述式の問題は、小テストでは出さないから最悪勘が働けば、40点以下にはならないよ」
すると、彼は彼女に対し微笑み返す。
「ありがとうな。楽になった気がする」
「それは良かった」
夏海の顔が次第に明るくなり、2人は悠久高校の校門へ続く一本道を歩き始める。
「島田さんのメールアドレスが欲しい」
もうすぐ悠久高校へ辿り着くといった所で、彼は突然申し出た。それを聞いた彼女はケロッとした顔で、首を縦に振る。
「そういえば、まだアドレス交換をしていなかったね」
夏海は制服のスカートのポケットの中からスマートフォンを取り出した。嬉しいと感じながら彼女は、スマホにQRコードを表示させる。それを恵一が読み取る。彼はそのままアドレスを保存すると、すぐに彼女にメールを送った。
『ありがとう』
島田夏海のスマホにメールが送信される。それを呼んだ彼女は微かに頬を赤くした。
「俺からメールが届いただろう。ありがとうって」
赤城恵一が夏海のスマホを覗き込むようにして、彼女に話しかける。
「うん。じゃあ、そのアドレスを登録しとくね」
夏海は笑顔を見せ、再び歩き始めた。彼から初めてメールを貰い、彼女は心の底から喜んだ。しかし、その理由を彼女は理解できない。
彼女の抱える謎は解けることはない。それとは無関係に、いつもと同じ高校生活が始まるのだった。
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