椎名真紀と島田夏海

 赤城恵一が島田夏海の視界から消えた頃、彼女は自宅の玄関のドアに手を伸ばした。しかし、その手は勢いよく現れた何者かの手によって塞がれてしまう。

「誰?」

 夏海は尋ねながら、襲撃者の顔を見た。

 艶のある黒い髪を腰の高さまで伸ばしたストレートヘア。前髪を右の方向へと分けた可愛らしい二重瞼が特徴的な少女は、夏海と同い年くらいに見える。

「手荒い真似をしてしまって、ごめんなさい。でも、こうしないとあなたとゆっくり話しができないと思ったから」

 突然現れた少女の笑顔を見た瞬間、夏海の心は懐かしい思いで一杯になった。だが、その少女のことは、何も分からない。

「誰なの?」

「椎名真紀って聞いても覚えていませんよね? 信じてくれないと思うけど、あなたやこの世界の秘密を知る者です。私はあなたのことを待っていました。やっとこの日が来たってラブも喜んでいる頃でしょう」

「ラブ」

 椎名真紀と名乗る少女からその名前を聞いた夏海の顔が強張る。そして彼女は声を震わせながら叫んだ。

「あの人の仲間なら出て行って!」

「信じてくれないかもしれないけど、私はラブのことが許せなくなったの。だから私は裏切り者。あなたの味方だよ」

「味方?」

「そう。この世界の秘密を知れば、全ての疑問が解決されます。しかし、真実は残酷です。あなたの心を修復不可能な程傷つけてしまうかもしれません。秘密を知れば、あなたの周りにいる男子がラブの手によって殺されてしまうかもしれません」

 夏海は体を小刻みに震わせた。その彼女の脳裏には、赤城恵一が無残に殺される場面が浮かぶ。恐怖により言葉を失った夏海に、真紀は優しく語り掛けた。

「大丈夫。私の命を賭けて殺人を食い止めるから。問題はあなたが残酷な真実に耐えることができるのかということ。真実を知る覚悟があるのなら、私の話を聞いて。真実を知るのが怖いのなら逃げて」

 微笑む真紀に対して、夏海は首を縦に動かす。

「あなたのことは何となく信じられそう」

「ありがとう。そしてごめんなさい」

 椎名真紀はニコっと笑い、夏海の耳元で真実を囁いた。

「あなたは……」

 予想外な真実を聞かされた夏海の頭は真っ白に染まる。そして、雷に打たれたような衝撃を受けた少女は、自宅の玄関の前で倒れた。

「時間稼ぎ。ご苦労様」

 いつの間にか椎名真紀の背後には、ラブが立っていた。真紀はラブの方へ体を向けながら、ゲームマスターに尋ねた。

「ここは私だけで大丈夫なのに、どうして来たの?」

「裏切り者の監視ですよ。あなたが諦めていないような気がするから、心配になってね。でも、その様子だと心配無用だったようねぇ」

 そう言いながらラブは倒れている島田夏海の顔を見降ろした。そしてラブは首を捻りながら、椎名真紀の元に歩み寄る。

「それにしても、まさか真紀ちゃんがこんなことをするなんて思わなかったわ」

「そんなに私が良い子に見えていたということですか? だとしたら買いかぶりです」

「真紀ちゃんは友達思いの良い子だから、意外だと思っただけ。こういうことは小倉明美の専売特許。彼女に任せようって思ったのに、真紀ちゃんがやったから、ビックリしましたよ」

「他にも驚くことはあるでしょう。あなたの所にも情報が入っていると思うけど、島田夏海は、今週の日曜日、赤城君とデートするみたいだよ。もちろん誘ってきたのは島田夏海本人。どうする? 一週間眠らせる? それとも赤城君を今度こそ殺して、彼女から彼という存在を抹消する?」

「愚問ですね。この世界の神である私に不可能はありません。そろそろ島田節子が帰ってくる時間だから、撤退するわ。後始末よろしくね。真紀ちゃん」

 突然吹いてきた風と共に、ラブは真紀の前から姿を消す。その後で真紀は、虚ろな目をした夏海に優しく微笑み、携帯電話を取り出した。

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