節子の不安

 いつもの帰り道を歩く島田節子は異変に気が付いた。自宅周辺の壁をサイレンの光が照らしている。見慣れた光から嫌な予感を覚えた病弱な少女は、光の方へ走る。

 現場に駆けつけた少女の顔は青くなった。彼女が暮らす家の前には救急車が停まっている。周辺には野次馬、玄関前には救急隊員が集まっていた。

 まさかと思い節子は、野次馬を避けながら、自宅の玄関前に駆け付ける。それを見つけた救急隊員は、彼女の腕を捕まえた。

「ちょっと君。急病人の搬送の邪魔をしないでくれたまえ」

「何があったんですか? ここは私の自宅で……」

 少女の話を聞き、救急隊員は彼女の手を離し、頭を下げた。

「急病人のご家族の方でしたか。これは失礼しました。ご両親に連絡してください。そして、救急車に同乗してください」

「その前に教えてください。一体何があったんですか?」

 その時、焦る節子の横を、担架に乗せられた姉が通り過ぎた。その光景を見せられた彼女は、目を見開く。妹は手にしていた鞄と共に、地面に崩れ落ちる。瞳から涙を流しながら。

「なんでお姉ちゃんが?」

 泣き続ける少女に救急隊員は優しい口調で事情を説明した。

「10分くらい前に通報があったんです。突然友達が自宅の前で倒れたから助けてほしいって。通報者の声は女子高生みたいでした。そうして現場に駆け付けたら、君のお姉さんが倒れていたんです。なんで倒れたのかは、分からないよ。通報してきたお姉さんの友達が何かを知っていると思うけれど、現場に駆け付けた時には姿を消していてね」

 何となく状況を理解した少女は、強引に涙を止め、立ち上がる。その動きと同時に救急隊員は尋ねた。

「ところでマキという名前に聞き覚えはありますか? 我々が駆け付けた時にお姉さんがマキと呼んだので、もしかしたら消えた通報者の名前かもしれません」

 全く聞き覚えのない名前を聞かされ、節子は首を横に振った。

「知りません」

「分かりました。それでは救急車に乗り込んでください」

 少し残念な表情を見せた救急隊員と共に、節子はサイレンの鳴る車に乗り込んだ。

 

 赤城恵一は、突然の知らせを受け、悠久中央病院に駆け付けた。病院のフロントには、滝田湊や黒い髪を角刈りにした高身長の男子、矢倉永人の姿もある。島田夏海を攻略しようとしているライバルの他にも、頬に無数の雀斑がある少年、千春光彦もいた。

 恵一は千春がなぜここにいるのかということが気になり、彼に声を掛ける。

「千春君。なんでここにいるんだ?」

「節子ちゃんに呼び出されたんですよ。姉が病院に担ぎ込まれたって。そうしたら島田夏海と仲が良い君達もいたんで、ビックリしましたよ」

「そうか。それで何が起きたのかは聞いていないのか?」

「詳しいことは何も聞いていませんよ」

 千春意外の2人も同様に何も知らないとアピールするように首を横に振った。それから数秒後、フロントに島田節子が顔を出した。

「良かった」

 安堵した表情を見せる節子に対し、千春は首を傾げる。

「節子ちゃん。何があったのかを説明してください」

「家に帰ったら、救急車が停まっていて、お姉ちゃんが担架に乗せられていたんです。お母さんにも連絡したんだけど、不安だから千春先輩たちを呼んだんです」

 節子から事情を聞かされた4人は、何となく状況を理解することができた。

「島田さんの容体は?」

 この場に集まる4人が気になっているであろうことを恵一が尋ねる。すると節子は不安そうな顔を見せた。

「昏睡状態です。怪我はないみたいですが、目を覚ましません。お姉ちゃんがこのまま目を覚まさなかったら、どうしよう」

 島田節子は涙を床に落とした。少女の泣き顔を見た千春は慌てて、彼女を慰める。

「大丈夫ですよ。夏海さんは絶対に目を覚ますはずです。だから今は信じて待ちましょう」

 少年の言葉を聞き、節子は少しだけ落ち着きを取り戻した。その直後、病院に集まる4人の男子高校生のスマートフォンが振動を始めた。

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