ステータス

 正午を過ぎた頃、多野明人の自宅に赤城達が集まった。同じ島田夏海を攻略しようとしている4人を自宅へと招いた多野は、彼らを自分の部屋へと案内する。

 その部屋へと足を踏み入れた瞬間、赤城は周囲を見渡した。多野の部屋の間取りは、赤城恵一の部屋と同じ。


 4人が適当に床へ腰を落とし、多野が紙コップと炭酸ジュースが入ったペットボトル、ハンバーガーを机の上に置く。すると赤城恵一は、この場に集まるライバルに自分の考えを言い聞かせた。


「この場にいる5人は、島田夏海を攻略しようとしている敵だ。生き残るためには、敵を蹴落とさなければならない。だが、俺はそれが許せない。だから、どうすればいいのかを考えた。そうしたら絶対に誰も死なずにゲームをクリアする簡単な方法に気が付いたんだよ」

「何ですか?」

 谷口が尋ねると恵一は自信満々に方法を説明してみせる。


「全員で手を取り合うことだ。この恋愛シミュレーションデスゲームで、敵対関係に陥るのは同じヒロインを攻略する人だけ。だから、同じヒロインを攻略する人同士が協力して、全員が平等に好感度を上げていく。それだけじゃなくて、別のヒロインを攻略しようとしている上級者も仲間にして、全員で助け合い、下らないゲームを終わらせる方法を探す。これが俺の攻略法だよ」


 あまりにも簡単な考えを聞き、多野は張り詰めた糸が緩み、クスっと笑った。

「その考えなら俺も賛成だ。俺も抜け駆けが嫌いなんだよ。同盟を結び互いに協力することで、ゲームクリアを目指す!」

 多野がジュースを紙コップに注ぎながら、唐突に説明を始める。


 その説明を聞き、赤城恵一は察した。多野も自分と同じく、誰かを見殺しにしないと生き残れないという現実に抗いたいのだと。

「同盟。正確には互いに危害を加えないという平和条約を結ぼうということですね」

 谷口が確認するように、多野とアイコンタクトを図る。

「谷口君。正解だ。一応これは実験という建前も隠されている。この発言がルールに違反しているとしたら、即刻俺は殺されるだろう。今のところ、それがないということは、同盟を結ぶことで平和的にデスゲームを攻略するという作戦は、ルールの範疇ということだな」


「随分と大胆な作戦ですね」

 恵一の左隣に座る矢倉永人が、自信満々な多野の顔を見つめる。

「矢倉君。これくらいのことをやらないと、全員で生き残るなんて不可能だ。ということで各自のステータスを把握したい。スマートフォンを出してくれ。俺の推測が正しかったら、休憩時間でのやりとりで経験値が入っているはず」

 多野に促され、赤城たちは制服のポケットからスマートフォンを取り出し、自身のステータスを確認した。



赤城恵一


レベル1

知識:0

体力:0

魅力:0

感性:0


死亡フラグケージ:0


累計EXP:20

Next Level Exp :80



「残り3980か。先が思いやられるな」

 赤城恵一はスマートフォンに表示されたステータスを閲覧し、ため息を吐く。

 その直後、矢倉が「なんだ、コレ!」と大声を上げた。

「どうした」

 鳩が豆鉄砲を食ったような顔付きになった矢倉に、多野が声を掛ける。

「これを見てください」

 矢倉は自分のスマートフォンを多野に渡した。その画面に映し出されたステータスを見て、多野は思わず言葉を零す。


「マジかよ!」

 それから多野は矢倉のスマートフォンが、他の男子高校生たちに見えるように、机の上へ置いた。


 

矢倉永人


レベル2

知識:0

体力:0

魅力:0

感性:0


死亡フラグケージ:0


累計EXP:120

Next Level Exp :80



 このステータスに赤城達は驚きを隠せない。それとは裏腹に、赤城恵一は矢倉のステータスに違和感を覚えた。

 その違和感を口にするより先に、滝田が右手を挙げる。

「おかしいですよ。もしかしたらバグかもしれません。だって能力値が一つも上がっていないじゃありませんか。普通のRPGだったらレベルが上がるごとに能力値が上がるはずなのに」


 滝田の疑問に答えるかのように、矢倉永人のスマートフォンが机の上で震えた。

『レベルアップボーナスポイント。支給しました』

 矢倉のスマートフォンに、このような文字が表示され、赤城達は首を傾げる。

 彼は咄嗟に自分の端末の画面をタッチする。

『10ボーナスポイント所持しています。好きな能力値に数字を入力してください』

 別の文字が表示され、矢倉が適当に『魅力』という文字をタッチする。

 すると画面上にテンキーが表示された。何となく察した矢倉は『10』と入力して、決定ボタンを押す。

 そして再び画面をタッチすると、ステータスが更新された。



矢倉永人


レベル2

知識:0

体力:0

魅力:10

感性:0


死亡フラグケージ:0


累計EXP:120

Next Level Exp :80



「分かりました。レベルを上げるとボーナスポイントが支給されて、そいつを使って能力値を上げる仕様のようです。だからこれはバグではないということですよ」

 矢倉がスマートフォンを操作しながら、多野たちに説明する。その話を聞き、滝田が腕を組んだ。


「なるほど。レベルアップして得られたボーナスポイントを使い、プレイヤーを育成するゲームということですね。RPGとは勝手が違います」

 滝田と谷口が納得を示し、多野が一回咳払いした。


「いいか。毎晩行われるメインヒロインアンサーでS評価の答えを連続で選んだとしても、2800経験値しか得ることができない。この場合、残り1200経験値を1週間以内に何かしらの方法で稼がなければゲームオーバーだ。そもそも、俺たちは恋愛シミュレーションゲーム初心者の集まりだから、稼がなければならない経験値は1200経験値以上になるだろう。ということで、これからどうやって経験値を稼ぐのかを話し合おうと思う。ハンバーガーを食べながらでもいいので、意見を聞かせてほしい」


 多野は机を叩き、作戦会議を始めた。最初に谷口が大きく右手を挙げる。

「すみません。メインヒロインアンサーについてなのですが、問題の傾向と対策さえ分かればS評価連発も夢ではないと思います。だから問題に関する情報を共有できたら、必勝法が見えてきます」

「谷口君。採用だ。他に意見はないのか?」

 司会進行を務める多野が赤城達の顔を1人1人見る。


 どうやったらどれだけの経験値を獲得できるのか。その情報さえ分からない彼らは手探り状態。

 その情報さえ分かれば、何とかなりそうだと赤城恵一は思ったが、当然のようにデスゲームには攻略本が存在しない。

「他は、毎日のようにメインヒロインと接触して地道に経験値を稼ぐことくらいしか思いつきませんね」

 滝田が唸りながら、言葉を漏らす。その意見を聞き、多野が首を縦に振った。

「それで行こう。兎に角、明日もメインヒロインと接触して、地道に経験値を稼いで行こう」

 多野が意見を纏め、作戦会議はお開きとなった。



「どういうことだ?」

 同時刻、悠久高校野球部の部室内で、三好勇吾が叫んだ。彼に右手にはスマートフォンが握られている。

 三好の近くで市川陸と島崎海斗は、絶望感からその場に立ち尽くした。

「やっぱりお前らは馬鹿だったということだな」

 野球部のユニフォームに着替えた櫻井が、絶望の淵へ立たされた三人を見下す。


 それから櫻井の隣にいた村上が、絶望感から一歩も動けない三好に近づき、彼からスマートフォンを奪った。

「難易度Bなんて嘘ですよ。正確には難易度AよりのBといったところでしょうか。無様ですね。初心者は大人しく、島田夏海狙えばよかったのに……」

 村上は三好のスマートフォンに表示されたステータスを確認し、白い歯を見せた。



三好勇吾


レベル1

知識:0

体力:0

魅力:0

感性:0


死亡フラグケージ:50


累計EXP:0

Next Level Exp :100



「櫻井君。見てくださいよ」

 村上が笑いながら櫻井にスマートフォンを手渡す。

「ああ、市川と島崎も同じ結果だろう。これでお前らは終わったな」

 絶望によって静まり返った部室の空気を壊すように、村上と櫻井の笑い声が響く。


「笑うな!」

 その笑い声を、三好の怒号が止める。

「逆ギレか。どんなに怒ったとしても、結果は変わらないんだよ。お前らの負けは確定だ!」

 櫻井が冷酷な眼差しで三好の絶望しきった顔を見る。三好は悔しさから唇を強く噛んだ。


 その直後、島崎と市川が村上の近くへ駆け寄り、土下座した。

「頼む。俺たちを助けてくれ!」

 島崎と市川は涙を流しながら、村上の足元に跪く。だが、村上は2人に背を向ける。

「お断りします。堀井千尋と付き合えるのは1人だけという事実は変わりませんから。早い段階でライバルを減らす必要があるんですよ。自分が生き残るためならね」

「俺もお前らを助けない。お前らを助ける暇があったら、堀井千尋と仲良くするさ」

 村上に続き、櫻井も3人を見捨てた。

  

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