罪滅ぼし

 一面真っ白な空間の中で、椎名真紀は500人以上の人影に囲まれていた。


 多数の顔が見えない影はデスゲーム運営に関わった少女に襲いかかる。


 四方八方から聞こえてくる嘆きと怒りの声。


 怒りと恨みといった負の感情で増幅された暴力を、真紀は受け続ける。


 逃げることはできない。


 おそらく逃げたとしても、彼らはどこまでも追いかけてくるだろう。


「ヤメテ」と叫んでも、彼らは少女を殴り続ける。


 全身が痛み、彼女は動くことができなくなった少女は、仰向けに倒れこんだ。


 それでも報復は終わらない。

 

 終わりの見えない暴力が続く。


 男の手により口と鼻が塞がれ、呼吸が奪われた。


 動けない少女に怒りの拳を打ち続ける人々。


 それは当然な報いだった。

 真紀を襲う影の正体は、あのゲームで命を落とした人々。

 彼らは、あのデスゲームに関わる少女のことを許せないのだ。


「今更、虫が良過ぎるよ。今まで彼らを見殺しにしてきたくせに……」

 真紀は、ラブの声を聞いた。しかし、どこから聞こえてくるのか分からない。

 ラブは多数の遺体が積み重なり出来上がった山の頂上で、真紀が痛みつけられる様子を見て、ニヤニヤと笑っている。


 全身無数の打撲痕と出血を伴う怪我を負った少女は痙攣を起こす。

 舌の上に血の味が広がっていく。

 椎名真紀は、多くの人々を永遠の別れという恐怖で怯えさせた。

 もう何をやったとしても、許されないのだ。

 これまでゲームに関わった人々を見殺しにしてきた罪は消えない。


「真紀ちゃん、あなたが望んだことでしょ?」

 またラブの声を聞いた真紀だが、全身が痛み声を出すことができない。

 ラブの言う通り、これは自分が望んだことの結果。

 自分の所為で、多くの人々の命が犠牲になった。

 このままゲームに巻き込まれて死んでいった人々に殺されたとしても、恨むことはできない。


 彼女には報復による暴力を受け入れることしか罪滅ぼしの手段が残されていない。

 警察に行って事情を話したら、ラブは仮想空間に囚われているゲーム参加者全員を虐殺するだろう。

 全ての拳を全身で受け止めて、自らの命と引き換えに罪を償う。

 もはや、これしか方法がないと考えていた真紀の視界が霞む。


 そんな時、一つの影が真紀の体に覆い被さった。目の前の少年は、真紀の首を絞めない。ただ、終わりの見えない暴力から瀕死寸前まで追い込まれた少女を守る少年の正体は、赤城恵一だった。

 少女を庇う少年の呼吸は弱まっていく。

「……どうして……私を……助けるの?」

 途切れ途切れに少女は少年に尋ねる。だが、少年は答えない。暴行を受け続けた少年の体は、真紀に覆い被さるような形で倒れた。

 冷たくなった彼の体温を肌に感じ、真紀の瞳から涙が零れ落ちた。


「ああ、赤城様、死んじゃったね。真紀ちゃんの所為で」

 ラブは、相変わらず遺体の山の上から真紀を見下ろし、淡々とした口調で呟いた。

 続けて、ゲームマスターは両手を叩く。

「さて、そろそろ成仏させちゃおうかな? はい、発火!」

 次の瞬間、無数の影は文字通り次々と発火し、一面は火の海と化した。

 バッサバッサと焼かれた遺体が倒れていく。真紀は立ち上がることすらできない。

 このまま死を受け入れることしかできない彼女の耳に、少女の優しい声が届いた。


「真紀」

 瞼を開けた真紀の顔を白井美緒が覗き込む。

 顔を覗かせた美緒は、優しく微笑み、右手を差し出していた。

 

 真紀の所為で、友達の好きな人を危険なゲームに巻き込んでしまった。

 

 真紀の所為で友達を永遠の別れという恐怖で脅えさせた。


 そのことを、白井美緒という少女は知らない。

 一年くらいの付き合いだけど、椎名真紀は知っている。彼女は誰にでも手を差し伸べる優しい少女だ。

 椎名真紀は、彼女のためにも、罪を償わないといけない。


 少なくとも、美緒の大切な幼馴染を生きた状態で現実世界に戻すまでは、死ぬわけにはいかない。

 無意味なデスゲームを終わらせて、友達の笑顔を取り戻すために。

 真紀は最後の力を振り絞って、美緒の手を掴むため、右腕を伸ばす。

「本当にそれでいいの?」


 悪夢から現実に引き戻された真紀の顔を、ラブが覗き込む。

 突然のことに真紀はベッドから跳ね起きた。

「寝起きを襲おうとしたの?」


 ジド目でラブと顔を合わせた真紀に対して、ラブは覆面の下でニヤニヤ笑う。

「そんなわけないでしょう。寝言で罪を償うとかなんとか言ってたけど、このタイミングで裏切るなんて、虫が良過ぎるよ」

「そうね。赤城君をゲームに巻き込んだことが原因で私が裏切るのではないかと思って釘を刺しにきたの?」


「それもだけど、報告です。成り行きで去年のゴールデンウィーク明けの出来事みたいなことが起きたけど、赤城様はノーリアクションでした。次のゲーム、下校イベント争奪戦で赤城様の敗退は確実なので、約束通り事を進めちゃいます。赤城様、もしかしたら序盤で死んじゃうかもね♪」

 淡々としたラブの報告を聞いた真紀は、顔を曇らせる。一方で、ラブは伝えるべきことを伝えると、るんるん気分で真紀の自室から出て行く。

 同居人がいなくなり、真紀は溜息を吐いた。


 暗い闇に囚われていた真紀を救ってくれた赤城恵一という少年は、次のゲームで負ける。

 それまでに彼を助ける準備を進めなければならない。


 幸いにも、彼らを裏切って戦おうとしていることは、バレてないようだと真紀は思った。


「それが私の罪滅ぼしだから」

 そう呟き決意を固めた真紀の頭には、自分の所為で危険なゲームに巻き込んでしまった赤城恵一という少年の姿が浮かんでいた。


 悪夢の中で彼は椎名真紀という少女を身を呈して守ってくれた。

 彼の優しい眼差しと、これ以上犠牲者を出したくないという強い気持ち。


 もしかしたら、美緒の幼馴染ならゲームを終わらせることができるかもしれない。そんな期待を抱く真紀は、次のゲームの彼の活躍を祈り瞳を閉じた。




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