それぞれの放課後
「まず謎の経験値倍増システムについて。正式名称はイベントっていって、恋愛シミュレーションゲームの基礎要素の一つとなっています。イベントはフラグを立てることで発生させることができます。おそらくシニガミヒロインでは、イベントを発生させると経験値に補正がかかる仕組みのようです」
赤城恵一の部屋で行われた恋愛シミュレーションゲーム講座初級編は、序盤から理解できない物だった。赤城と矢倉は桐谷が何を言っているのかさえ分からない。
「桐谷君。もう少し分かりやすく説明してくれ」
赤城に促され桐谷は2人の顔を見る。2人はチンプンカンプンといった表情になっている。凛太朗は少し専門用語を多用し過ぎたと反省し、説明を仕切り直す。
「例えばメインヒロインに何かしらのプレゼントを贈る。怖い何かからヒロインを守る。こんな些細なことでもイベントを発生させることが可能です。この恋愛シミュレーションデスゲームのプレイヤーの行動は自由だから、自分自身の行動によってイベントを発生させることができます。つまり恋愛シミュレーションゲームは、多くのイベントを発生させハッピーエンドに導く頭脳戦なんです。ここまでは分かりますか?」
その桐谷からの問いかけに2人は首を縦に振る。それを受け、桐谷は説明を続けた。
「恋愛シミュレーションゲームには、メインヒロインの情報に詳しい情報通なキャラがいるのですが、残念ながらシニガミヒロインには、そんな奴がいません。これは1週間調べ尽くしたことで分かったことです。その代りあの役割は各モブキャラが担当しているようです。序盤はモブキャラにも積極的に会話した方が良いでしょう。そうすればメインヒロインアンサーの正答率を上げることも可能です」
「何かメインヒロインアンサーの必勝法はないのか?」
赤城が疑問を口にすると、桐谷はハッキリと答えた。
「とりあえずモブキャラからの情報収集。それと空気の読み合い。これが必勝法です。それを実践するために、本選のルール説明の時に貰ったノートにメインヒロインのプロフィールを纏めました。ゲームの攻略本がないのなら、作ればいいって発想ですね」
「なるほど。ところで、桐谷君はイベントゲームのクラスランキングで1位を取ったな。それによって得たアイテムが何なのかが気になる」
「ああ、面白い物ですよ」
赤城たちが首を傾げると、桐谷は自分のスマートフォンを2人に見せる。
『ラブコール。3枚』
このような文字が桐谷のスマートフォンに表示されていた。これが何なのか。桐谷凛太朗は人差し指を立てる。
「イベントゲーム終了直後にラブからメールが届きました。その文面にシリアルコードが書いてあって、それをシニガミヒロインを起ち上げて打ち込むと、このアイテムが配布されていましたよ。このアイテムを3枚集めたら、ラブと電話で交渉できるらしい。因みに配布されたのは1枚だけで、残りの2枚は村上君と千春君から受け取りました。アイテムは譲渡可能のようです」
ラブと交渉できると聞き、赤城は机から身を乗り出す。
「桐谷君。それを俺に渡してくれないか。それがあったら、このデスゲームを終わらせることができるんだ!」
しかし、桐谷は赤城の熱意ある顔に反し、苦笑いする。
「イヤですね。ゲームを最後までプレイせずに投げ出すのは、リア充よりも嫌いなんですよ。それが例えクソゲーだとしても、僕は最後までゲームをプレイします。それに君に渡した所で折角のアイテムが無駄になりそうですし」
「何だと!」
恵一は桐谷の言動に怒りを覚え、机を思い切り叩く。熱くなった赤城に対して、桐谷は冷静な視線で赤城と顔を合わせる。
「考えてください。ラブはある目的を達成するためにデスゲームを開催してきたんです。その目的が達成されるまで、ラブは何人でも男子高校生たちを殺していくことでしょう。プレイヤーがどんなにデスゲーム中止を呼びかけても、ラブは聞く耳を立てません。その意味が分かりますか?」
赤城は悔しそうな表情を浮かべ、床に座り込む。それから40分間、桐谷凛太朗による理解不能な恋愛シミュレーションゲーム講座が続く。彼は午後5時になると赤城の自宅から出て行った。メモを取りながら桐谷の話を聞いていた2人は、基本さえ知っていたらデスゲームを攻略できるのではないかと思えて来た。
しかし現実は甘くない。
「ただいま♪」
ラブが元気よく監視ルームに戻ってきた。監視ルームには相変わらず黒服の男が目を皿のようにしてプレイヤーたちの動向を観察している。
「おかえりなさい。ラブ様」
「藤井さん。約束通りの時間に帰ってきたよ。それでプレイヤーの状況は?」
藤井と呼ばれた男は椅子から立ち上がり、ラブと顔を合わせる。
「カセイデミル終了から2日が経過していますが、プレイヤー数は変わっていません。現状生き残っているのは30名です」
部下が分かりやすく状況を説明するとラブは静かに藤井に近づいた。
「そう。それでプレイヤーYは何か仕掛けてきたのかな」
「特に何も起きていませんよ。それよりも面白くなりそうです。赤城恵一様はダークホースですよ。最終日だけで1480経験値も稼いだので。好感度経験値の上昇という観点から見ると、1番の伸び率です。彼にもアイテムを配布しませんか?」
藤井が興奮したようにラブへ説明する。だがラブは部下の背中弱い力で殴った。
「ダメですよ」
「彼はスゴイ! ラブ様が絶望感を与えたのに、すぐに立ち直って賭けで1080もの経験値を稼いだのだから。それと仲間を見捨てなかったところも良かった。最終日の彼らの行動も良かったと聞いてます。彼女にプレゼントすることで得られる経験値は300。最初のプレゼントということで経験値は1.5倍。それとプレゼントが手作りだったらからさらに上乗せして1.5倍。合計3倍になったところで、経験値補正1.2倍になる。これで合計1080もの経験値を稼いだんですから」
部下が得意げにラブへ説明する。しかし、ラブはそれが気に入らないのか、貧弱な力で部下の背中を優しく殴った。
「これ以上赤城様を応援したら怒るから」
その後でラブはスマートフォンでカセイデミルををクリアした30名の男子高校生たちのリストを確認してみる。
『ナンバー01。病弱な後輩。島田節子。2名。10番。百谷次郎。17番。千春光彦』
『ナンバー02。底辺アイドル。倉永詩織。2名。3番。桐谷凛太朗。31番。松井博人』
『ナンバー03。歴女な一面のある文系女子高生。島田夏海。3名。13番。滝田湊。135番。矢倉永人。48番。赤城恵一』
『ナンバー04。マニュアル人間の理系女子高生。三橋悦子。3名。14番。達家玲央。18番。中田蒼汰。26番。西山一輝』
『ナンバー05。体育会系元気ガール。樋口翔子。2名。12番。高橋空。32番。宮脇陸翔』
『ナンバー06。内気な野球部のマネージャー。堀井千尋。3名。21番。三好勇吾。25番。村上隆司。40番。櫻井新之助』
『ナンバー07。演劇部のマドンナ。日置麻衣。3名。7番。小嶋陽葵。19番。中西優斗。33番。武藤幸樹』
『ナンバー08。中二病家庭教師。大竹里奈。3名。28番。古畑一颯。38番。石田咲。43番。鈴木大河』
『ナンバー09。ツンデレ転校生。石塚明日香。1名。39番。内田紅』
『ナンバー10。退学ギリギリお嬢様。平山麻友。2名。11番。杉浦薫。29番。高坂洋平』
『ナンバー11。アニオタガール。佐原萌。3名。26番。阿部蓮。36番。藤田春馬。37番。藤田冬馬』
『ナンバー12。二重人格者な学級委員長。小倉明美。1名。5番。岩田波留』
『ナンバー13。ヤンデレ外国人。木賀アリア。2名。41番。北原瀬那。45番。長尾紫園』
残り30名となった男子高校生の名前が記された名簿を読みながら、ラブが覆面の下で頬を緩める。
「そういえば、あと6人だったね? 」
「はい。そうですね」
「じゃあ、次のゲームは6人脱落ってことにしちゃおうかな? まあ、次のゲームではアイツが本格的に動き出すから、もっと死ぬと思うけどね」
ラブは不敵な笑みを浮かべて、モニターを見つめた。
『東京都千代田区で発生した男子高校生集団失踪事件について速報です。只今入ってきた情報によりますと、新たに8人の男子高校生の遺体が家族の元へ送られてきたとのことです。遺体が見つかったのは、飯田悠斗さん、石川太郎さん、川栄探さん、小林優馬さん、竹下達也さん、新田健一さん、中村晴樹さん、山口武さんの8人で、警察は拉致されたと思われる残りの40人の男子高校生の行方を追っています』
簡易的な速報ニュースを、白井美緒は病室に設置されたテレビで観ていた。テレビの右端には16時という文字が映る。速報ニュースによれば、赤城恵一の遺体は見つかっていないらしい。その事実に安堵すると病室のドアをノックした音が彼女の耳に届いた。
引き戸が開き、制服姿の椎名真紀が彼女の病室に入る。
「真紀……」
ベッドから起き上がるようにしてニュースを観ていた白井美緒が友達の名前を呼ぶ。
「体の調子はどう?」
「……大丈夫。明日の朝に退院して、そのまま学校に行けるみたい」
白井美緒は友達の顔を見て素直に答えた。
「そう。赤城君のことが心配だよね?」
その問いに白井美緒は小さく頷いた。
「うん。さっきニュースで恵一と同じように拉致された男子高校生の遺体が見つかったって言っていたよ。あのニュースで恵一の名前は出ていなかったから、今でもどこかで生きているってことだよね?」
白井美緒は安心したような語り口だったが、全身は小刻みに震え、瞳から涙が溢れていた。
「本当に大丈夫?」
椎名真紀が心配そうに彼女の顔を見つめると、美緒は肩を落とし身震いした。
「怖いよ。恵一が生きていることはニュースを観れば分かるけど、いつ遺体が見つかってもおかしくないから。今日なんて眠る度に恵一の遺体と対面する悪夢を見続けたよ。食事も喉に通らないし、瞳を閉じるといつも私の目の前で恵一が連れ去られる瞬間が浮かぶの」
「PTSDかもね。被害者遺族が陥りやすい精神疾患」
「うん。このことをお医者さんに話したら、PTSDかもしれないって言っていたよ。1か月くらい経過しても症状が治まらなかったら正式に診断するって。でも、PTSDを発症する可能性は高いと思うの。1か月もすれば拉致された男子高校生たち全員の遺体が見つかるから……」
白井美緒は不安げな症状を浮かべた。彼女と出会って1年程しか経過していない椎名真紀にとって、深刻な美緒の顔は見たことがなかった。
そんな彼女の右肩に、真紀が優しく触れる。
「私も同じ症状で苦しんだことがあったから、美緒の気持ち、よく分かるよ」
「えっ。そうなの?」と美緒が目を丸くして、視線を隣の少女に向けた。
「今でも時々あの日のことを思い出すけどね。あっ、私、そろそろ帰るから」
優しく微笑んだ椎名真紀が、病室から出て行く。
その帰り道、会社員たちがすれ違う歩道を歩きながら真紀が小さく呟いた。
「……間違っているよね」
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