五月十七日~五月十八日
白井美緒の決意
現実世界。プレイヤーYによる犯行声明文が発表されてから3時間が経過した頃、椎名真紀は、リビングのテレビの前で携帯電話を操作しながら、掲示板を閲覧していた。
現在彼女が閲覧しているのは、『速報。プレイヤーY。再び動画投稿』というスレッドで、そこには、このようなコメントが書き込まれていた。
398:*** 名無しさんがお送りします
『おかしくね? この映像だと武藤幸樹は射殺されたようだけど、犯行声明文には生かした状態で人質解放するって書かれてた。矛盾してるよね』
399:*** 名無しさんがお送りします
>>498
『バカ。あの映像、特撮かもしれんだろう。最近の映像技術はスゴイから』
400:*** 名無しさんがお送りします
>>398
『実は俺、あの映像で殺された武藤幸樹君の友達なんだよね。だから気が付いたことなんだけど、あの覆面男はスマートフォンを投げられて痛かったから、武藤君を殺したんだよね。でも武藤君はスマホを持っていないんだ。アイツはガラケー派なんだよ』
「ガラケーね。その情報は知らなかったけど、ネットの皆は良い感じに矛盾点を見抜いている。もう一押しで真実が暴かれそう」
真実が公になるのも時間の問題。そう考えつつ真紀は携帯電話から顔を上げた。すると付けっぱなしになっていたテレビが騒がしくなっていた。
テレビには警察官の制服を着た警視庁の刑事部長が映っていて、早朝にも関わらず記者会見が始まろうとしている。
『本日はお集まりいただきありがとうございます。警視庁刑事部長の千間です。男子高校生集団失踪事件の件ですが、現在東都港周辺で、3人の人質を倉庫の中に放置した不審な人物を追っています』
刑事部長が原稿を読み上げると、新聞記者たちがヤジを飛ばした。
『解放された3人の男子高校生の、容体を教えろよ』
『早く犯人捕まえろ!』
『現場に犯人特定に繋がる遺留品は残されていなかったのか?』
その声を聞き刑事部長は咳払いする。
『静粛に。解放された3人の人質は、命の別状はありませんが、意識不明の重体です。現在彼らは我々警察の監視下に置かれ、意識が戻り次第聴取いたします。また倉庫内や東都港周辺には、犯人特定に繋がる遺留品は残されておりませんが、現場周辺の防犯カメラに不審な黒いワンボックスカーが1台映り込んでいます。現在映像を解析し、3人の男子高校生を放置した不審人物特定に努める所存です』
『プレイヤーYが投稿した動画で、今回解放された武藤君は覆面の男に、射殺されていましたよね。それでも意識不明の重体と言えますか?』
女性アナウンサーからの問いに、刑事部長は眉をひそめた。
『あの映像はフェイクです。意識不明の重体が真実ですよ。騙されないでください』
『意識不明とはいえ、なぜ犯人は生かした状態で人質を3名だけ解放したのでしょう? この謎に関する見解を教えてくださいませんか?』
『解放された人質の体内から、何か監禁場所特定に繋がる証拠は出ませんでしたか?』
次から次へと記者からの質問が飛び出し、刑事部長は不機嫌な顔をカメラに向けた。
『これ以上捜査情報を漏らすわけにはいかない。記者会見は以上』
刑事部長が記者会見を強制的に打ち切り、会見場から立ち去った。その様子をテレビ画面越しに見ていた椎名真紀は、深いため息を吐き、テレビのスイッチを切った。
午前9時。白井美緒は武藤たちが搬送された警察病院の近くまで来ていた。美緒と武藤たちは面識がない。だが、美緒は彼らが意識不明の重体で発見されたとニュースで聞き、居ても立っても居られなくなった。幼馴染の赤城恵一と同時期に拉致された彼らなら、何かを知っているのではないかと思いつつ、足を進めると、警察病院の玄関前に多くの人々が集まっていた。
「意識が戻るまで待っていたら、空君が死んじゃう。無理にでも起こして、犯人捕まえてよ」
美緒が人ごみに近づくと、婦人の怒鳴り声が聞こえてくる。その婦人の声に賛同するように、周囲の人々も不満を口にした。
「早く新之助見つけてよ」
「刑事さん。絶対死刑にしてよ。そうしないと殺された明人が浮かばれないわ」
四方八方から聞こえてくる怒りの声。どうやらこの場に集まっているのは、あの日恵一と同じように何者かに拉致された家族たちなのだろうと、美緒は思った。
その時、玄関の近くに1台の黒色のリムジンが停まり、そこから黒いスーツを着た黒縁眼鏡の男が出て来た。
スーツの胸ポケットには弁護士バッチが止められている。その男は玄関の前で待機している警察官に近づき声を掛けた。
「この病院に搬送された長尾紫園の父だが、早速息子に会わせてもらうよ」
一言告げ、自動ドアの方へ向かう長尾の父親。このまま家族は病院の中で意識不明の息子と会うことになるのだろうと、美緒は思っていた。だが、彼女は次の瞬間、自身の目を疑った。
自動ドアが動かない。おそらく自動ドアが故障しているのだろうと、人々は疑わなかった。
「何でこんな時に自動ドアが故障しているんだよ」
長尾の父が不満を口にした。それを宥めるように、警察官は頭を下げる。
「申し訳ございません。この警察病院は封鎖されています。例えご家族様だとしても、立ち入ることはできません。もちろん昨日までこの病院に入院していた患者さんは全員、別の警察病院に転院していますので、悪しからず」
ペラペラと話す警察官の隣で、別の警察官は咳払いする。
「飯田。喋り過ぎだ」
「しかしですね。事情を話さないと納得しないでしょう」
そのやり取りを見ていた美緒は、何かがおかしいと疑念を抱いた。
それと同時期、美緒の近くで、黒色の野球帽を深く被り水色のパーカーを着た男がSNSに書き込んだ。
『今男子高校生集団失踪事件の被害者が入院してる警察病院の前にいるんだけど、警察は病院を封鎖したらしいぞ。家族も面会お断りだってさ』
そのコメントは瞬く間に拡散されていき、ネットで波紋を呼ぶ。
『マジかよ。警察最低だな』
『おかしくね? なんで病院封鎖したん』
『この事件、裏がありますな』
『何か隠してるよ。警察』
次々と書き込まれていくコメントを、椎名真紀は自宅の自分の部屋のベッドの上で寛ぎながら、携帯電話で見ていた。
いつの間にか、赤城恵一黒幕説が沈静し、ネットの住人たちは警察を叩き始めている。思惑通りに動いていることを喜んだ真紀は頬を緩めた。
だが、その余裕は、突然の電話であっさりと壊されてしまう。携帯電話の画面は、白井美緒からの着信を示している。嫌な予感を抱きながら、彼女は携帯電話を右耳に当てた。
『もしもし。真紀? メールしようと思ってたけど、やっぱり真紀の声が聴きたくて電話にしたよ』
電話から聞こえて来た美緒の声は、どこか悲しそうだと真紀は思った。
「何の用?」
『恵一のことは警察に任せればいいって真紀は言っていたけど、やっぱり信用できないよ。今恵一と同時期に拉致された男子高校生が入院してる警察病院の前からかけているの。でも警察は病院ごと封鎖して、家族との面会を遮断している。多分警察は何かを隠しているんだと思う』
「それで、警察を信用しない美緒は何をするの?」
『決まっているでしょ。私の手で恵一を助ける』
突拍子もない美緒の決意を聞き、真紀は思わず目を点にした。
「ちょっと待って。手がかりもないのに、どうやって助けるつもり?」
『だから、それを相談するために電話したの。真紀だったら何か私が思いつかないような方法を考えると思ったから』
マズイと真紀は思った。
美緒を危険な目に遭わせたくないという赤城恵一の言い分に対し、白井美緒は彼を助け出すつもり満々。何とかしなければ約束を破ってしまう。
「……それが危険なことだって分かっていても?」
窮地に立たされた真紀は暗い顔になり、電話越しに疑問をぶつけた。これで美緒も諦めるだろうと真紀は思った。しかし、美緒は真紀の期待に反する答えを口にした。
『恵一は危険を冒して、自分と同じように拉致された人たちを助けようとしていると思うの。でも、目の前で守りたかった人たちを殺されたり、見殺しにするしかできなかったりして、心はボロボロになってる。だからこそ、私がちゃんと支えないといけない。どんなに危険でも、私は恵一を助けるから!』
その決意は揺るがないと真紀は思った。もはや彼女の意見を論破できないと思った真紀は、諦めるという選択肢を選び、決断する。
「分かった。今からその警察病院に向かうから、そこで会いましょう」
真紀は一方的に電話を切り、悲しそうな表情を携帯電話の画面に向けた。
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