第2回イベントゲームの終焉

 仮想空間。5月14日。赤城恵一はいつもと同じように、教科書やノートを鞄に詰め、悠久高校へ向かう。

 下校イベント争奪戦。残る席は1つだけ。全ての条件が整い、残りの4人でラブへ反逆する時が遂にやってきたのだ。

 あとは白井美緒との修羅場イベント対策のみ。謎の差出人のメールには、白井美緒が死んだと嘘を吐けと書いてあったが、それが正しいのか?

 寝る間も惜しんで悩んだ赤城恵一は、覚悟を決めた。


 今の彼には迷いがない。考えが揺るがない内に、玄関のドアを開けると、そこには岩田波留が立っていた。

「おはよう。早速聞くけど、どうしますか?」

「もちろん、あのメールの指示に従う」

 ハッキリと答えた恵一に対し、岩田は驚くあまり、手で口を覆う。

「本当に信じるんですか?」

「あれから考えたんだ。メールの差出人は美緒の周りにいるんじゃないかって。その根拠は音声メッセージ。多分あっちの世界で、美緒が発した言葉を誰かが録音して、メールと共に送ってきたんだと思う」

「でも、差出人と白井さんが協力して、赤城君を助けようとしているって考えたら、別の景色が見えてきませんか? だとしたら、大変なことになるかもしれませんよ?」

「そうかもしれないな。だから、俺はコイツに賭ける。俺を助けようとするヤツのためにも、生きて真実を確かめないといけないんだ」

「いつ白井美緒が死んだって島田さんに告白するつもりなんですか? 下校イベントの制限時間の中で、告白したら、タイミングが掴みにくくなる。かと言ってその前に告白すると、流れでルール違反をしかねない。下校の予約は禁止って奴」

「大丈夫。最初に仕掛けて、放課後手筈通りに作戦を実行するから」

 恵一の顔から自信が溢れ、2人はそのまま高校へ向かった。放課後には決着が付くと信じて。


 その日の朝礼終了後の休憩時間。赤城恵一は、自分の席に座り英語の教科書とノートを置いた島田夏海に近づき、彼女に声を掛けてみた。

「島田さん。少し2人きりで話しがしたいから、一緒にベランダへ行かないか」

 夏海は少し考え込み、首を小さく傾げる仕草を恵一に見せる。

「赤城君。ここで話しを聞くことはできないかな? 流石にベランダで2人きりで話すのは抵抗があって……」

 赤城は少し肩を落とし、軽く深呼吸する。そして彼は島田夏海に伝える。

「白井美緒についての話だ。隠していたつもりはなかったけれど、彼女は2か月前に死んでいるんだよ」

「えっ」

 恵一の口から語られる言葉に、夏海は驚き声を失う。それから続けて恵一は語り始める。

「あれは悲惨な交通事故だった。部活帰りにトラックに轢かれて即死。大切な幼馴染を失って俺は絶望したよ。でも、島田さんの笑顔に救われたんだ。だから俺は、美緒の所へ行くことができない」

 嘘でも美緒が死んだなんて言いたくなかった。だけど、こうするしか方法がなかった。恵一の頭は罪悪感で一杯になり、瞳を閉じる。辛そうな彼の顔を見た夏海は一瞬頬が緩み、意外な言葉を口にした。

「そういうことだったら、早く教えて欲しかったな。2か月前に美緒さんが死んだんだったら、まだ未練があるよね? それでも好きっていう感情は変わらないから。だから私は赤城君の力になりたい」

「それはどういうことだ?」

「美緒さんのことは無理に忘れなくてもいいから、私が寄り添うってこと。その代り、私が節子を失った時は力になって。それが友達でしょう?」

 何とか島田夏海を騙すことに成功した赤城恵一は心の隅で喜んだ。これで下校イベント争奪戦攻略の兆しが見えて来た。このまま放課後になれば、全員で生き残る方法が実行できる。


 それから1時間目終了後の休憩時間。恵一は机の引き出しの部分に、スマートフォンを隠し、予め入手しておいたカードのQRコードを読み込んだ。間もなくして『1番』とい順番が表示され、彼は立ち上がり隣のクラスへ向かう。

 作戦に参加する、長尾紫園と武藤幸樹と西山一輝の3人に確認した所、運よく全員1番という順番を引き当てたらしいことが発覚。これで全ての準備が整った。


 そして迎えた放課後。昇降口の下駄箱の前には、島田夏海と三橋悦子。金髪碧眼に高身長で、無頓着と言わんばかりに後頭部の寝ぐせが目立っている少女、木賀アリア。そして黒髪のマッシュルームカットがトレードマークな女子高生、日置麻衣。以上4名のヒロインたちが、下駄箱の前に佇んでいた。

 そこに赤城たち4人が現れる。残り時間は1分程。1分で、彼らの運命が決まる。そのように考えると、緊張感に襲われる。だが、ここで勇気を振り絞らなければ、死ぬかもしれない。

 赤城達は緊張感の中で、深く深呼吸して一歩ずつヒロイン達の元へ歩み寄った。その間も悠久高校の高校生たちが、下駄箱から靴を取り出し、下校していく。

 赤城恵一と島田夏海。長尾紫園と木賀アリア。武藤幸樹と日置麻衣。西山一輝と三橋悦子。それぞれ攻略するべきヒロインたちの前に立つと、恵一は仲間に合図を送る。

「せーの。今日は俺と一緒に帰ってくれないか!」

 4人の男子高校生は、同時に同じセリフを口にした。タイミングも一致。これで残るはヒロインの答えだけ。

「いいよ。その代り、白井さんのことについて教えて」

 ほぼ同じタイミングで、ヒロインたちも同じ答えを口にする。これで4人全員が同じタイミングで下校イベントを発生させることができた。これで赤城たちは恐怖から解放される。

 赤城恵一は成功を喜ぶ。今朝の告白で、修羅場イベントを終了に導くことに成功。この段階で勝機は見えていたはずだったが、まだ心のどこかで疑っていた。 しかし、下校イベント成功という結果を受け、本当に修羅場イベントを終わらせることができたと実感できたのだった。



 赤城恵一の隣には、島田夏海がいる。これから2人の下校イベントが始まるのだ。こうやって女の子の隣を歩くのは、久しぶりなこと。白井美緒とは当たり前のようにやっていたことなのに、島田夏海とでは新鮮に感じる。

 赤城は不思議な気持ちで、島田夏海の横顔を見つめた。

「白井美緒さんともこうやって、一緒に帰ったの?」

 唐突に夏海が疑問を口にする。それに対し赤城は微笑み答えてみせた。

「そうだったな。懐かしいよ。こうやって女の子と一緒に帰るのは、美緒以外だと島田さんが初めてだから」

「その時、何の話をしたのかな?」

「ただの世間話さ。授業がどうだったとか、テストが難しかったとか。そんな普通の話をして……」

 その瞬間、赤城恵一の瞳から涙が零れた。白井美緒と下校した時の思い出が蘇り、虚しい気分になる。もう白井美緒とは会えないかもしれない。そんな予感がした恵一は何とか涙を止めようとした。だがどうしても、白井美緒と一緒に下校する日常が頭に蘇り、涙を止めることができない。

 すると島田夏海が、優しく彼の右肩に触れた。

「男だから泣くななんてことは言わないよ。私が赤城君を支えるから」

 優しい言葉を掛けられ、赤城恵一は救われたような気がした。そしてこの瞬間、赤城恵一は島田夏海の観方が変わった。これまで彼は島田夏海をゲームのキャラクターとしか見ていなかった。だが今では、彼女を現実世界の女子高生のように感じている。白井美緒のことが好きなはずなのに、島田夏海を愛してしまう。赤城恵一は不思議な気持ちになり、彼女と会話を交わしながら、通学路を歩いた。

 何事もなく下校イベントを終わらせた、恵一は自分の家に戻る。全てが上手くいったと恵一は思っていた。だが、現実は甘くない。



「おかえりなさい」

 ボイスチェンジャーの不気味な声が聞こえる。恵一が玄関の方へ視線を向けると、そこにはラブが立っていた。

「ラブ、何の用だ!」

 赤城恵一が怒鳴ると、ラブは笑いながら赤城恵一の元へ歩み寄る。

「何だっけ? 同率24位狙いで、27人全員で生き残る。残念ですね。勝手にルールを変えないでくださいな。同率24位なんて認めないよ。24人じゃないとダメ。だから24人という人数制限を設けたのに」

「うるさい。あれしか全員で生き残る方法がないんだよ」

「まだ全員で生き残るなんて、馬鹿げたことを言ってるの? そんなの無理ですよ。ラブに歯向かうなんて行為は無意味。無駄話はこれで終わりにして、本題に移りましょうか」

 ラブはそう言いながら、スーツのポケットから拳銃を取り出す。それを見て、赤城の顔付きは凍り付く。

「お前、まさかそれで俺を殺す気か?」

「もちろん。24位のプレイヤーが4人もいたら、支障が生じるからね。今頃、あんな馬鹿げた作戦に参加した3人も、私の仲間の手によって殺されてるよ。こんな風にね♪」


 次の瞬間、赤城恵一の胸に小さな穴が開いた。銃口から白い煙が昇り、黒い学生服が真っ赤に染まる。

 そうして、倒れそうになった少年の体をそのまま、玄関のドアに、もたれかからせる。次の瞬間、ラブはスーツから端末を取り出し、今にも死にそうな少年にそれのレンズを向けた。

「うーん、ちょっと拡大して、こうっと。いいね。希望から絶望に変わった死に顔。この写真、明美が見たら、喜ぶだろうなぁ」

 シャッターボタンが押した後、ラブは悪戯な笑みを浮かべる。

「そうだ。動画にして、死ぬ瞬間、幼馴染さんに見てもらおっか。気まぐれ大サービス。殺される瞬間の動画なんて、今まで送ったことないんですよ。最期の瞬間が見られるなんて、幸せだろうな。意識朦朧してて、理解できてないかもだけど、遺言伝えた後、死ぬまで撃つからってことで、撮影開始♪」

 

 ラブは右手で端末を持ち、左手だけで拳銃を握る。

「美緒……ごめ……んな……」

 最期の力を振り絞った少年の言葉を聞いたラブは覆面の下で頬を緩める。そして、動けない標的の右腕に無慈悲な銃弾を放った。右腕の次は左腕、右足、左足と次々に鉛の弾を撃ち込んでいき、痛みと絶望で歪んだ少年の顔に狙いを定める。

 

 走馬灯のように幼馴染の少女との楽しい思い出が蘇り、恵一の視界は、そのまま暗転した。



 現実世界。4月11日。午前5時20分。


 自室のベッドの上で眠る椎名真紀は、体を起こし額に右手を置く。寝起きの彼女の頭に、赤城恵一が殺される瞬間が流れ込んできて、思わずベッドマットを掴んだ。


「ウソ。どうして?」

 心が悲しみでいっぱいになった彼女は、寝室を飛び出し、地下室に向かった。

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