プロトタイプアンサー 後編

 ラブは仮面の下で頬を緩める。その直後、ドアの前で待機していた黒ずくめの大男の内の2人が、ステージに向かい歩き始めた。

 そして2人がステージ上に現れた直後、新田健一のスマートフォンが震えた。

 一人の黒ずくめの大男が、ラブの膝元で泣きつく新田健一を羽追い責めにして、もう一人の男が、彼が手にするスマートフォンにイヤホンを差し、彼のスマートフォンをタッチする。


「何をする!」

 新田健一は、首を強く横に振り、イヤホンを外した。だが、その直後、彼の体に異変が起きた。体が小刻みに震え、心臓が破裂しそうなほど鼓動が速くなる。

 そして彼の顔が次第に青くなり、口から血液の噴水を吐き出した。


「1か月と1週間ぶりに生で観させてもらったけど、強烈ですね。そうそう、言い忘れていました。実は、皆様は殺人ウイルスに感染しているんですよ」

 

 ラブの衝撃的な一言を聞き、赤城恵一は空気中にウイルスが漂っているのではないかと思った。大勢の男子高校生達も同じことを考え、ウイルスを吸い込まないように口と鼻を塞ぐ。その反応を見て、ラブは失笑する。


「ウイルスが空気中に漂っていると考えるなんて、どこの高校生も同じですね。残念ながら、その行為は無駄です。なぜなら空気中にウイルスは存在しないのだから。皆様を襲った時、スタンガンのような物を首筋に当てられたでしょう? あれは圧迫式の注射器だったんですよ。あれを使って皆様の体に直接、特殊なウイルスを打ち込んだってことです」


 この場にいる男子高校生は拉致された時、ウイルスを注射された。その事実を知り、驚愕する恵一の脳裏に白井美緒の笑顔が浮かんだ。あの時、拉致された現場には、幼馴染の白井美緒がいた。その彼女もウイルスに感染しているとしたら。

 赤城は嫌な予感を覚え、怒鳴った。

「まさか美緒にも注射したのか?」


「正解です。邪魔な目撃者は、老若男女問わず、ウイルスを注射しました。とは言っても、現実世界にいる限りは無害だから大丈夫。さっき特殊なウイルスだって言ったけど、仮想空間に体を送り込まなければ発症しないんです。皆様の体は少しずつウイルスに蝕まれ、最終的に死にます。メインヒロインが『ごめんなさい』って言ったら、首輪に埋め込まれた薬が注射され、体内に蓄積したウイルスが物凄いスピードで増殖して、死に至る。彼にはメインヒロインになるはずだった島田夏海の声で『ごめんなさい』というセリフを聞かせたんですよ。だってイヤホン刺さないと、島田夏海を選択したプレイヤー全滅するから」


 この殺害方法は、山口や小林よりもグロイ無残な死に方。新田の遺体から目を反らしているにも関わらず、吐き気を催す。恵一は顔を青くして、ラブを睨み付ける。

「関係ない奴にもウイルスを注射した? ふざけるな!」

 怒り心頭な恵一に対しラブは覆面の下でクスっと笑う。


「仕方ないことですよ。ウイルスを打ったら、潜伏期間の2日くらいは昏睡状態になるから、都合がいい。2日間は目撃者が目を覚ますことはないから、安心して皆様を仮想空間に送り込む準備ができるから。それと、現実世界にいる目撃者達は、自分がウイルスに感染していることを知らずに普段通りの生活を送ることでしょう。さっきも言ったけど、仮想空間に行かなかったら、ウイルスなんて無害だし、体内に溶け込んだウイルスを見つけることは不可能に近い。そんなに心配なら、ゲームを全クリして友達の元へ駆け付けたらいいじゃないですか?」


 赤城は悔しそうに唇を噛む。その間、体育館の床が嘔吐物塗れになっていき、嘔吐物が放つ臭い匂いと、3人の遺体が放つ匂いが合わさる。強烈な臭い匂いを感じた男子高校生たちは鼻を塞ぐ。

 だがラブは何事もなかったかのように、淡々と結果発表を続けた。


「長話でしたね。それでは気を取り直して結果発表です。Bの答えを選択したら、どんなリアクションをするのか。気になる方もいるでしょう。それでは、B評価のリアクションはこちらです」

 スクリーン上に苦笑いする東郷深雪が映る。

『私って追試験を受けるような馬鹿には興味ないんだよね』


 その映像を見ていた桐谷凛太朗は、腹を抱えて笑った。

「これは傑作ですね。まさか1番選んではいけない選択肢を選んで自滅する馬鹿がいるとは」

 桐谷凛太朗の人を馬鹿にするような発言を聞き、2問目を解くこととなった11名のプレイヤーたちが一斉に彼を睨み付ける。

「負け犬にしか見えませんよ。ラブさん。早く2問目を出題してくださいよ。こっちは早く本選の恋愛シミュレーションゲームを楽しみたいんです。僕は負け犬たちを蹴落とすために、あえて敗者決定戦が発生しそうなA組に投票したんです」

 桐谷凛太朗からはラブとは一味違う狂気を感じられる。


 そんな彼に促され、ラブがマイクを右手から左手に持ちなおす。

「残りは10席。A評価とB評価のプレイヤー11名の中から最低1人が脱落します。それでは第2問です」

 ラブが再びスマートフォンをタッチする。そうして赤城たちのスマートフォンとスクリーンに次の問題が表示された。


 残るプレイヤーは11名。最低1人がゲームオーバーになる。この状況で表示されたクイズは鬼畜な内容だった。


『私の血液型って何型だと思う?』


『A。A型に決まっているだろうが』


『B。深雪ちゃんはB型だよね。マイペースな所がかわいいから』


『C。俺と同じ血液型のO型だよな』


『D。AB型ですよね。クールで美しいから』


 どれが答えでもおかしくないと赤城恵一は思った。この四つの選択肢の内、一つが不正解。

 その不正解を見抜いたとしても、百点満点の答えが分からなければ、ゲームオーバーになる可能性が高くなる。

 赤城恵一は難問の前で焦った。だが無情にも時間は刻一刻と迫っている。


「神様、仏様。助けてください」


「うぉぉぉぉぉ」


「これだあぁぁ」


「死ぬのは俺じゃない!」


 様々な場所から奇声が飛んでくる。この中から最低一人が脱落するのだから、無理もないだろう。

 残り時間30秒。彼の脳にある疑問が浮かぶ。なぜ第1問はAが不正解だったのか。Aにあってそれ以外の3つの選択肢にない物。


「東郷深雪。まさか。こいつ……」

 その答えに気が付いた赤城は、桐谷凛太朗の顔を指さした。

「桐谷凛太朗だったな。お前の他人を馬鹿にするような発言が許せない。だから俺はS評価の答えを導き出し、本選でお前を叩きつぶす」

 赤城は答えをタッチしてから、桐谷を挑発する。だが桐谷は、赤城の挑発を笑った。

「馬鹿ですか。恋愛シミュレーションゲーム初心者は負けるんですよ。この鬼畜な問題。初心者が解けるとしたら、マグレですよ」

「それはどうかな?」

 赤城恵一が桐谷凛太朗を挑発した。丁度その時ブザーが鳴り、解答が締め切られた。


「はい。そこまで。一問目と同様に、スクリーンをご覧ください。皆の絶望する顔が見たいから、S評価の答えから発表します」

 スクリーンに笑顔を見せた東郷深雪の姿が映り、メッセージが流れる。

『ありがとうね。マイペースってよく言われるけど、やっぱりあなたに言われたら一番嬉しいかも』

「S評価の答えは、お察しのようにBでした。そしてこの答えを選んだ方が1人います。その方の名前は、赤城恵一様です」

 桐谷は驚きを隠せず目を大きく見開く。

「そんな馬鹿な」

「だから言っただろう。俺はS評価を取るって」


 赤城恵一が桐谷凛太朗の肩を叩き、言葉を続けた。

「恋愛シミュレーションゲーム初心者の俺でも攻略できるなんて、随分楽なゲームだったな。桐谷凛太朗」

「面白いですね。初心者に何が分かるというんですか?」

 桐谷凛太朗が鼻で笑うと、赤城は自信満々に答えた。


「簡単なことだ。第一問の答えがなんでAが不正解だったのか? その答えは敬語を使ったからだろう。東郷深雪は敬語を使うキャラクターが苦手と仮定すれば、Dが不正解となる。次のB評価の答えはAじゃないのか? ヒロインに対して冷たいと言う理由で。A評価の答えはC。S評価の答えはB。Bが百点満点だと思ったのは、女は可愛いと言う言葉に弱いから。消去法でA評価の答えはCになる。これが答えだろう? ラブ」


 赤城恵一が自信満々な表情になる。その後で、ラブは指を鳴らした。

「……正解です。初心者なのに凄い洞察力ですね。正攻法じゃないけど。この場で解説しちゃうと本選のゲーム展開に支障が出そうなので、詳しい解説はしませんが、赤城様は正しいですよ。でもね。これで一気につまらなくなりました。選択肢Dを選んだ人が死ぬって分かっちゃうから。もう少し精神的に追い詰めたかったのに」


 ラブはチラリと丸坊主の少年、石川太郎と後頭部が寝ぐせのように跳ねている川栄探の顔を見る。その2人の顔は絶望感によって顔が強張っていた。

「もう時間の無駄だから、映像は流しません。ということで、不正解の選択肢を選んだプレイヤー、6番の川栄探様、8番の石川太郎様、以上2名は脱落となります。残りの皆さん。良かったですね。恐怖の時間を味わう暇さえなく、本選進出が決定して」

「ちょっと待て。その2人にチャンスをやれよ。2人をB組かC組に所属させれば、丸く収まるはずだ」

 赤城恵一は声を荒げ、ラブに抗議する。だが、ラブはプレイヤーの言葉に耳を貸さない。


「それじゃあゲームにならないでしょ? 敗者決定戦を否定するようなこと言わないでください。結局、自業自得なんですよ。不正解を選んだあの2人が悪い」

「それは違う。お前が悪いんだよ。ラブ!」

 しまったと赤城恵一は思った。頭に血が上った彼は、ゲームマスターに歯向かってしまった。歯向かえば殺される。先程殺された男子高校生のように。

 死への恐怖が頭を支配し、恵一は体を小刻みに震わせた。だが、ラブは恵一の挑発を気にしない。

「……死にたいんですか? あなたたちはいつでも殺せるんですよ? 生き残りたかったら、口を謹んでください!」

 ラブは怒りを露わにする恵一を他所に、マイクを握る。

「それでは敗者決定戦、プロトタイプアンサーを終了します。敗者決定戦を勝ち抜いた15名のプレイヤーの皆様はA組に所属決定です。これで残り43名の皆様が、本選進出決定。コングラチュレーション♪」


 ラブのアナウンスと共に、ステージ上に現れた2人組の黒ずくめの大男が、ステージから降りた。その2人組は、体育館唯一の出入り口まで歩く。

 その間ラブは前方のドアを指さし、プレイヤーたちに説明した。

「予選を勝ち抜いた43名の皆様。後ろにある大きな扉をご覧ください。只今から出入り口を解放します。勝者の皆様は、そこから体育館を脱出してください。ゲームで負けた4名の皆様。あっ、今生きてるのは2人だぁ。あなたたちはここから出さないから。ここで最期の時間を過ごしてもらいます」

 ドアのパネルが赤色から緑色に変わり、2人組の黒ずくめの大男たちがドアをスライドさせた。


 ドアは今まで開かなかったのが嘘だったかのように、簡単に開く。

 それを待っていたかのように、敗者となった石川太郎と川栄探がラブから逃げるように、開いたドアに向かい走る。

 だがその行動は、ドアの前に立つ黒ずくめの大男によって静止させられた。

 敗者となった2人は成す術もなく拘束される。


「ダメですね。現実から逃げようとするのは。それでは予選を通過された43名の皆様。体育館ステージから教室ステージに移動しましょう。それと、2人を助けようとしたら、問答無用で殺すから」

 ラブがマイクを左手に持ち、右手の人差し指を立てた。その指先は前方を向いている。

 その扉の隙間から見えるのは白い光に包まれた空間。


 43名の勝者たちは、ラブの指示に従い、1人1人その空間へと足を踏み入れる。赤城恵一は、黒ずくめの男に拘束された2人の男子高校生の姿を見ながら唇を強く噛む。できることなら、あの2人を助けたかった。だが、今の彼にはそれができない。罪悪感を晴らすように、恵一の頭には、大切な幼馴染の白井美緒の笑顔が浮かんだ。


「美緒。絶対に現実世界に帰るからな」

 恵一の決意の声を、桐谷は近くで聞いていた。

 そして43名のプレイヤーたちが全員体育館から脱出すると、ドアは固く閉じられた。

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