オリエンテーション 前編

 白い光に包まれた空間を通り抜けた先には、男子高校生たちにとって見慣れた部屋があった。

 木製の床の上に、縦8列横6列に並べられた木製の机と椅子。そして机の前には黒板と教卓が設置されている。


 机の上には、1冊のノートと1本のシャープペンシルが置かれている。


 窓や出入口、時計や掲示物もない教室にいるのは、43人の男子高校生たちのみ。

 通い慣れた教室に閉じ込められた少年たちは不安と恐怖に襲われる。


「はいはい、ご注目♪」

 いつの間にかゲームマスターが教卓の前に立っていた。ラブは黒板の前に設置された教卓の前で前かがみになり、生き残った男子高校生たちの顔を見る。

「皆様。本選進出おめでとうございます。早速ですが、適当に座ってください。自由席ですよ。これからオリエンテーションを始めるからね。椅子取りゲームじゃないから、人数分席は用意されているよ。48人分席が確保されているから、席には余裕があるよね?」

 ラブが笑ってみせると、プレイヤーたちは慌てて適当に選んだ席に座る。


 ラブは全員席に座ったことを確認すると、手を叩いた。


「皆様。大変よくできました。それでは、今からオリエンテーションを始めます。まずは机の上に、スマートフォンを置いてください」

 プレイヤーたちは全員ラブの指示に従い、机の上にスマートフォンを置く。

 それに合わせるように、ラブもスマートフォンとケースを教卓の上に置く。その後でラブはケースを開け、白いチョークを43人に見せた。


「それでは、オリエンテーションという名の講義を始めますよ。これから話す内容で、重要だと思った所は、机の上に置いたノートにメモしていいからね。強制じゃないけど。まずは、これまで皆様にお伝えしたことをおさらいしてみましょう」

 ラブは背中を男子高校生たちに見せ、黒板に大きな文字を記す。


『シニガミヒロイン』

 一番後ろの席に座った赤城恵一は、他の男子高校生たちの行動を観察してみた。 彼らは、これもデスゲームの一部ではないかと疑い、机の上にノートを広げ、文字を書いている。

 それに合わせるように、赤城もノートの1ページ目に『シニガミヒロイン』と記した。

 ラブは必至にメモを取るプレイヤーたちを待たず、話を続ける。

「これが皆様にプレイしていただく恋愛シミュレーションゲームの名称です。ゲームオーバーは現実世界の死というお約束がある。それとゲーム内容には、好感度を上げるクイズゲームも含まれている。これくらいだったかな? 予選で話したゲーム内容は……」


 ラブが黒板を2回叩く。これはよく先生が使う、『重要な所だから注目するように』というサインではないかと思った恵一は、シャープペンシルを握り直した。


「ここからは、ゲームに関する情報を詳細にお伝えします。まずは気になるゲームのクリア条件。どうやったら全クリできるのかという話ですね。それは、メインヒロインに告白して、交際することになったらゲームクリアです。ただし、告白に失敗したら。分かりやすい言い方をすると、フラれたらゲームオーバー。予選で死んだ金持ち野郎と同じ死に方で死にます。それに付け加えて、定期的に開催されるゲームを攻略すること。1ヶ月に1回のペースで行われるイベントゲームの攻略に失敗しても、死ぬからね」


 ラブの発言と共に赤城恵一の脳が、予選で亡くなった新田が死ぬ瞬間をフラッシュバックさせた。ゲームオーバーは、彼と同じように死ぬということ。その事実に恵一は思わず息を飲む。

 緊迫する男子高校生たちの気持ちを察するように、ラブが教卓の前で頬杖を付く。


「ゲームを全クリできたら、現実世界に生きた状態で帰してあげます。ゲームオーバーになったら、遺体となって現実世界に強制送還。単純明快でしょう?」


 ゲームのクリア条件は、定期的に開催されるゲームを攻略して、最終的にメインヒロインに告白して成功すること。これは普通の恋愛シミュレーションゲームと同じクリア条件。

 その条件に恋愛未経験者たちは途惑う。その中で赤城恵一は左手で頭を掻き、小声で呟いた。

「最初の告白がゲームかよ」


 だが、ルール説明はこれで終わりではない。それから間もなくして、ラブが鬼畜なルールをプレイヤーたちに伝えた。

「最初にラブバトルロワイヤルを開催しますって言いましたよね? 次は、その真意について説明しましょうかな。メインヒロインに告白して成功したら、ゲームクリアとは言いましたが、このルールには続きがあるんですね。じゃあ、問題です。13名。これは何の人数でしょうか?」

 ラブからの唐突な質問に、教室に集められた少年たちの顔が強張った。

 まさか問題の答えを間違えたら、即刻ゲームオーバーになるのではないか。そんな不安が彼らを支配する。

 そのリアクションを受け、ラブが1回咳払いした。


「それでは、48番の赤城様。さっき最初の告白がゲームかよって言いましたよね。講義の邪魔になるから、私語は慎むように。ということで、質問に答えてね。13名って何の人数だと思う?」

 突然の問いかけに、赤城は思わず席から立ち上がった。

「シニガミヒロインって言うゲームに登場するヒロインの人数だろう」

 恵一がハッキリとした口調で答える。その答えを聞き、ラブは1回手を叩いた。

「半分正解です。正解は、この恋愛シミュレーションデスゲームを全クリできる最高人数でした。分かりやすく言うと、生き残れるのは最高で13名ということですね」


 その事実を知り、教室中にいる男子高校生たちが驚愕を露わにする。

「どういうことだよ!」

 高橋空が、席を立ちあがり、ラブに尋ねる。


「高橋様。そして何のことなのかさっぱり分からないプレイヤーに皆様のために、例を交えて分かりやすく説明しますね。プロトタイプの東郷深雪をメインヒロインに選んだプレイヤーが、6名としましょう。東郷深雪は一人しかいません。そして、ゲームのクリア条件は、彼女に告白して、成功すること。たった1人のヒロインと結ばれるのはたった1人のプレイヤーのみ。お分かりいただけましたか? これがバトルロイヤルという言葉を使った真意です。即ち全クリできるプレイヤー人数は最高で13名のみ。だってそうでしょう? 6人ものプレイヤーが1人のヒロインと交際していたら、6又になっちゃうからね。そんな不純、認めないよ♪」


「じゃあ仮に6人の内一人が告白に成功したら、残りの5人はどうなるんだ?」

 再び高橋空が焦る口調で尋ねる。


「良い質問ですね。その時点で残りの5名もゲームオーバーとなります。メインヒロインとプレイヤーが結ばれたという事実は、フラれたという事実と同義ですからね。メインヒロインは変更できないから、この運命に抗うことはできませんよ。それと、プレイ時間8640時間が経過した時点で、生存しているプレイヤーにも死んでいただきます。もっと分かりやすく言うと、来年の4月1日午前0時時点で生存しているプレイヤーは強制的にゲームオーバー。その頃になったら、体内のウイルスが致死レベルまで増殖しているから、首輪に仕込んだ薬を打たなくても血を吐いて死んじゃいます! 因みにゲーム開始日は4月6日月曜日に設定済みで、カレンダーも現実世界と同じ」


 鬼畜過ぎるルールに43名の男子高校生たちは言葉を失う。ラブはプレイヤーたちのことを気にせず、手を叩き、容赦なきルールを淡々と説明した。


「何かややこしくなってきたので、ここでもう一度ゲームのクリア条件をおさらいしてみましょう。クリア条件は、1年以内に定期的に開催されるゲームを勝ち抜き、メインヒロインへ告白を行い、カップルとして結ばれること。失敗したらゲームオーバー。成功しても、同じメインヒロインを選択したプレイヤーがいたら、そいつら全員死亡。同じメインヒロインを選んだ、他のプレイヤーを蹴落とさなければ生き残れない。これがゲームの基本ルールです。告白のタイミングはご自由にどうぞ」


 ラブによる鬼畜なルール説明講座は、教室を暗く重たい空気が包み込んだにも関わらず、終わらない。

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