カード収集
第2回イベントゲームのルール説明が行われてから数時間後、赤城恵一はいつものように悠久高校へと向かった。
ゴールデンウィーク明けで久しぶりに学校で島田夏海に会える。その期待よりも、イベントゲームを攻略できるのかという不安が彼の心を支配していく。
通学路を歩きながら、少年は自分に言い聞かせるように呟く。
「大丈夫だ。下校だったら毎日美緒とやってきたじゃないか」
下校イベント争奪戦。このゲームを攻略する自信が彼にはあった。現実世界での経験があれば、無事に第2回イベントゲームクリアも夢ではないと思っていた。
いつもより30分早く登校した彼は、下駄箱に靴を入れ、昇降口を見渡す。彼の周りでは数人の男子生徒たちが、下駄箱を1つずつ開けていた。
その内の1人。天然パーマが特徴的な男子高校生が大声を出す。
「見つかった!」
「ホントかよ。高橋」
その大声を聞き、下駄箱を物色していた宮脇陸翔が駆け寄る。
「ああ。でも、大竹里奈Cって書いてあるから、ハズレだな」
高橋は見せびらかすように宮脇にカードを見せた。そこには確かに『大竹里奈C』と書いてある。
「何だよ。同じクラスの石田にやるしかないな」
「石田君が樋口翔子のカードを持っていたらいいんだが……」
樋口翔子を攻略しようとしている2人の男子高校生たちは、笑いながら昇降口を去った。
それから赤城恵一は校舎内に隠されたカードを探し始めた。校舎内にいる同級生たちは、目を皿のようにして隠されたカードを探していた。
しばらく恵一が廊下を歩いていると、2年C組の教室の前で矢倉とすれ違った。矢倉は仲間の姿を視認し、右手を振る。
「赤城君。遅かったですね」
彼の手には3枚のカードが握られていた。しかし、QRコードがプリントされた面しか見えないため、誰のカードを矢倉が持っているのかは分からない。
「矢倉君。そのカードは?」
「堀井千尋B。島田夏海A。樋口翔子A。校舎を隅から隅まで探索して、やっと見つけた3枚です。堀井千尋のカードは三好に譲るとして、もう1枚島田夏海のカードが欲しいですね」
「樋口翔子」
赤城恵一は何かを思い出し、C組の教室へと視線を向ける。
「どうしました?」
「樋口翔子のカード。C組の宮脇君か高橋君に譲った方がいいんじゃないか? 俺たちがそのカードを持っていても無駄だ。そのカードは校舎内に2枚しかないんだったら、需要はある」
「そうですね」
矢倉からカードを受け取った赤城恵一は、2年C組の教室へと乗り込んだ。
2年C組の教室内には、既に昇降口で見かけた高橋と宮脇の姿がある。教室の隅で何かを話し込んでいる2人に恵一は近づきながら、声をかける。
「高橋君。宮脇君。このカードを君たちにやるよ」
樋口翔子のカードを2人に見せると、高橋は宮脇よりも早く、そのカードを手に取った。
「ありがとう。確か2年A組の赤城恵一君だったな? そうだ。島田夏海のカードは、石田君が持っているらしい。お礼に頼んでみるよ」
「マジかよ。こちらこそありがとうな」
恵一の顔に喜びが宿る。その笑顔を見た高橋は、少し離れた席に座る石田咲に視線を向ける。
茶髪のマッシュルームカットが特徴的な彼の頭を高橋はがっしりと掴む。
「石田君。確か島田夏海のカードを持ってるって言ったよな? だったら、それを赤城君に渡してほしい」
「……分かった」
不愛想に了承した石田は、カードを机の上に置く。それを手に取った高橋は、赤城恵一にそれを指し出す。
「お礼だ。受け取れ」
それを手にした恵一は、彼らに頭を下げる。
「ありがとう。高橋君、石田君。ホントに助かった」
教室から出ていくと、C組のドアの前に、矢倉永人が立っていた。彼はC組から出てきた恵一に尋ねる。
「どうでしたか?」
「ああ、カードなら手に入った。これで放課後、島田夏海を誘えるな」
赤城恵一が手にするカードを目にして。矢倉は安堵する。
「面倒くさい」
2年A組の教室の中で滝田湊は、桐谷凛太朗の隣で呟く。なぜか教室には女子生徒の姿はなく、男子たちはカード探しに没頭しているのか、数人しか教室にいない。
「カード集めのことですか?」
「そうですよ。わざわざカードなんて集めなくても、条件さえクリアすればいいんでしょう。どうもやる気になれません」
「そうですね。条件をクリアする方法を考えないと、無駄になりますよね。特に難易度が高い奴は」
一部のプレイヤーたちは、カード探しに没頭しない。現に桐谷と滝田は全くカードを探そうとしていないのだ。
「気になっていることがあるんですよ。このままカードを探さなかったらどうなるのか?」
唐突に滝田が疑問を口にすると、桐谷は皆目見当が付かないといわんばかりに首を傾げた。
「分かりませんね。その答えによっては、強制的にカードを探さないといけないことになりますが」
「カード探しなんて、面倒くさいですよ。そうとも言えなくなる状況になるかもしれないけどね」
2人が会話を交わしていると、杉浦が教室に戻り、ガッツポーズを見せた。
「最初に交渉する権利をゲットしましたよ。これで高坂より先に攻略してやる」
「良かったですね。僕たちには関係ないことですが」
「桐谷君。それはどういうことです?」
桐谷の発言に疑問を感じた杉浦は思わず首を傾げた。
「僕たちはカード探しをボイコットしているということです。杉浦君だって明日になったらカード探しから解放されるはずですよ」
「言われてみたらそうですね」
桐谷の指摘に頷いた杉浦は笑みを零した。
赤城恵一と矢倉永人が2年A組の教室に戻ると、席に三好勇吾が座っていた。なぜかイライラしているような素振りで、貧乏ゆすりを続ける彼の机の前に、恵一たちは立ち止まる。
「三好君。これ差し上げます」
矢倉はそう言い、彼の机に堀井千尋のカードを置いた。それを見て、三好の顔は明るくなる。
「ありがとう。矢倉君が持っててくれて助かった。どんなに探しても見つからなかったから、カードを独占してるヤツが持っているのかと思っていたんだ」
「そんな奴がいるのかよ!」
「ああ。専用ページを見たら分かった。でも、名前が変なんだ」
三好は周囲に先生がいないかを警戒しながら、机の上に自分のスマートフォンを置いた。
「何だと!」
三好のスマートフォンに表示された文字を読み、赤城は思わず大声を出す。
『残りカード0枚。X。カード所持数。20枚』
意味が分からないと赤城恵一は思った。
校舎に隠された殆どのカードはXが独占している。ラブが言うにはカードを複数枚所持しているプレイヤーの名前が公表されるらしい。だが表示されているのはXという文字のみ。明らかにそれは名前ではない。
「誰だよ。Xって。名前が公表されるんじゃないのかよ!」
「分からないが、Xってヤツがゲームに参加しているのは明らかだな」
三好の指摘を受け、恵一の中で怒りが爆発する。
「ああ。そいつが誰で、なんでカードを独占しているのかは分からないけど、俺はX
ってヤツを許さない。こんなことされて困ってる人も多いはずなんだ」
怒りを込め、三好の机を赤城恵一は殴った。その少年の目は、怒りで満たされている。
「えげつないですね。ラブ様」
監視ルーム内でスマートフォンを操作していた山持は、画面を隣にいるラブに見せた。
そこに映し出されたカードの所有者リストを目にしたゲームマスターは、怪しく笑う。
「はい。本当の恐ろしさはこれからです。正義感は身を亡ぼすよ」
ラブは冷たい視線をモニターに向ける。その中で赤城恵一は怒り顔で廊下を歩いていた。
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