最低なヒロイン

 島田夏海が医務室に運ばれたことを知らない赤城恵一は、目の前に現れた椎名真紀の存在に戦慄する。

 このまま強制的な修羅場イベントが起きてしまえば、確実に自分は死ぬだろう。そうなれば一番死なせたくない幼馴染の少女も巻き添えで死んでしまう。

 絶体絶命の状況の中で、椎名真紀がクスっと笑った。

「そんな怖い顔をしなくてもね」

「真紀と接触したら、修羅場召喚っていう能力が発動するんじゃないのか? 確か自分でも能力は制御できないんだよな?」

 改めて疑問を口にした恵一に対して、真紀は首を縦に振る。

「うん。本当は能力の効果が無くなる時間帯がランダム周期で設定されていたんだけどね。ラブがリミッターを解除したみたいだから、私の力では能力を止めることができない。でも、今の島田夏海なら私の特殊能力に抗うことができるから、今は修羅場召喚が発動してない」

「なんでラブはそんなことをしたんだ?」

「裏切り者に対する嫌がらせかな。私のせいで全滅したって思わせたいんだと思う。四六時中能力が発動してるこの状況だったら、誰もゲームをクリアできなくなるから。因みに、デートを妨害する攻略法も危険だよ。この遊園地の中で非リア充のメインヒロインが徘徊しているからね。もしもメインヒロインに、デートを妨害しているところを目撃されたら、強制的にゲームオーバー。相当運が良くないとクリア出来ない」

 真紀は理由を告げた後で、空を見上げて言葉を続けた。

「私がこれまで何をやってきたのか。教えてあげる」

 周囲に人の気配がない異様な広場の中で、真紀は恵一が拉致された直後のことを語り始めた。


 現実世界。4月7日。セーラー服という高校の制服に身を包んだ椎名真紀は、1人で歩道を歩いていた。

 この近くの病院に、白井美緒が入院している病院があると真紀は思い出したが、彼女にはやるべきことがある。

 それは仮想空間へと繋がる電波を拾い、テストメールを打つこと。

 だが、真紀は電波を拾うアンテナのような物を所持していない。あからさまに電波を拾う行為は、世間から不審に思われてしまうからだ。あの同居人が現れてから得た特殊能力を使ってしまえば、そんな物は必要ない。

 そんな彼女が立ち止まったのは、ラブに指定されたエリアを数分間歩き回った時だった。

 彼女の頭の中で何かが光り、少女は、人通りの多い歩道の上で、制服のポケットから二つ折りのピンク色の携帯電話を取り出した。

「やっと見つけた」

 少女は嬉しそうに呟き、携帯電話を開きながら、夕暮れで赤く染まった空を見上げた。

『テストメール』

 自分がラブに利用されているのは、分かり切ったこと。それでも真紀は、心の隅で贖罪に襲われながらも、メールを打ち、多くのサラリーマンや主婦たちが通る道へと一歩を踏み出した。


 翌日の早朝。椎名真紀は、ラブに反撃するために行動を開始した。ピンク色のチャック柄のパジャマ姿の真紀は、気配を消し寝室のドアを開ける。その先にあるベッドでは、布団に包まったラブが眠っていた。室内を薄暗くする光が輝いた中で、真紀はノートパソコンの近くに置かれたスマートフォンに手を伸ばした。

 それから真紀は、シニガミヒロインのサブコンピュータが設置された地下室に移動。その部屋に到着した直後、真紀の携帯電話にメールが届いた。

『準備完了』

 たった一言のメールを読み、真紀は頬を緩め、サブコンピュータに触れ瞳を閉じた。

「相変わらずね」

 真紀が小声で呟くと、彼女の思考が何かを捉えた。意識を集中させた瞬間に聞こえて来たのは、誰かの怒りに満ちた声。

 その声を聞きながら熱を帯びたコンピュータに軽く触れていると、真紀が手にしているラブのスマートフォンにメールが届いた。

『赤城恵一。ラブに対する宣戦布告発言確認。処刑しますか?』

 ラブの部下から送られてきたメールを読んだ真紀は、目を大きく見開く。現状では赤城恵一を助ける手筈は整っていないのだ。ワクチンも盗み出していなければ、転送先を自宅の地下室に変更もしていない。


このままでは、自分が助ける前に彼は殺されてしまう。真紀は千載一遇のチャンスを見送り、暗躍を始める。それはラブに成りすませてメールすること。

『その様子って録画してあるよね?』

 数秒後、メールが返信される。

『はい。一応録画してあります』

 真紀は予め、デスゲームの様子がビデオとして保存されていることを知っていた。この質問で、何も知らない外部犯の仕業に見せかけるのも作戦。

 全てが作戦通りに上手くいっている。そう感じつつ、真紀は携帯電話のボタンを適当に押し、小声で呟く。

「繋がった」

『今回は見逃していいよ』

 最後に真紀がラブの部下に返信した後で、彼女は協力者に電話する。

「ちょっとだけ作戦変更。あなたが盗み出した動画をネットにアップしてほしいの。作戦前倒しで申し訳ないけど」


ある高層ビルの一角で黒いスーツ姿の男は、ノートパソコンを前に笑っていた。

 ビルに停まり込んで、この時を待っていた男は、目の前にあるキーボードを叩き、動画サイトに動画をアップした。

 ある組織に属している男は頬杖を付きながら、スマートフォンでメールを打つ。

『ミッションコンプリート』

 そのメールを携帯電話で受信した真紀は、再びラブが寝息を立てる寝室に侵入して、スマートフォンを元の位置に戻した。


 その日の放課後、友達の白井美緒のお見舞いに行った真紀は、夕日に照らされた帰り道を歩く。

 多くの会社員たちとすれ違いながら、真紀は美緒の深刻な表情を頭に浮かべる。白井美緒は、目の前で赤城恵一という幼馴染が拉致されて、心を傷つけている。

 そんな美緒を救うため、早朝から暗躍して、ラブの悪事を公にした。

 それでもPTSDを発症するのは時間の問題。このまま赤城恵一の遺体と白井美緒が対面してしまえば、彼女は抜け殻のように生きていくだろう。

「間違っているよね」

 不意に真紀の口から出た言葉は、彼女の本心だった。ラブは容赦なく、真紀の大切な友達を傷つけている。それが当然の犠牲だと言わんばかりに。

 そのやり方は間違っていると、真紀は思っていた。


 そして月日が流れ、4月10日の放課後。この瞬間仮想空間では、下校イベント争奪戦が開始されている。真紀は、それに合わせて園田陸道という同級生と一緒に下校した。もちろん1人で帰らせたら、何をしでかすか分からない白井美緒と共に。

 その道中、園田が急に立ち止まり、強張った表情でスマートフォンを落とす。何が起きたのかと心配しながら、真紀は園田のスマートフォンを拾おうとしゃがんだ。すると、彼のスマートフォンの画面に、思いがけない文字が映った。


 001:*** 名無しさんがお送りします

『プレイヤーY。及びラブの正体は赤城恵一……』

 その瞬間、椎名真紀は嫌な予感を覚えた。この書き込みがラブたちの仕業だとしたら。そんな考えが頭に浮かび、彼女は園田にスマートフォンを渡す。

 それから数分後、今度は真紀の携帯電話がスカートの中で振動を始めた。

 彼女は携帯電話を開き、相手を確認すると、すぐにそれを自分のスカートの中に仕舞う。その謎の行動に気が付いた園田は首を傾げ彼女に尋ねる。

「電話じゃないのか?」

「うん。間違い電話だったから」

 2人の前で電話に出るわけにはいかない。そう思った真紀は電話に出ることができなかった。


 自分が拉致されてからの経緯を真紀の口から聞かされた恵一は、首を傾げた。

「何なんだ? ある組織って」

「それだけは答えられないけど、悪い人達じゃないよ。赤城君。私の話を聞いて疑問に感じたのは、それだけ? どうして私があの人を裏切ったのかは気にならないの?」

「それは俺と同じだろう。美緒を悲しませたくないから」

「その答えは30点だよ」

 意外な言葉に恵一はショックを受けた。そして真紀は、そのまま裏切りの真実を告げた。

「私は最低なの。ラブが活動資金目当てで赤城君を拉致するって決めた時、私は本気で止めなかった。あの時、私の頭の中で悪魔が囁いたんだよ。私の手で赤城君を助けることができたら、私は彼の命の恩人になれる。そうなれば、私のことも美緒と同じように大切に思うんじゃないかってね。参加者リストからあなたの名前を削除するとか、危険なゲームが始まる前にできたこともあったけど、私はできなかった」

「でも、真紀は武藤君達を助けたじゃないか」

「あれは私に協力している組織への報酬。私は赤城君だけが助かればそれでいいって思っていたんだよ。だから、私は最低……」

「そんなことない!」

 真紀の元へ駆け付けた白井美緒が叫ぶ。驚いた真紀に向かって美緒は歩きながら、彼女に語り掛けた。

「恵一と離れ離れになって寂しい思いをしていた私を気にかけてくれたよね。あの時、真紀が助けてくれなかったら、私は笑うことすらできなくなっていたと思う。真紀が犯罪者になっても、私は真紀の友達を止めないから」

 白井美緒の笑顔を見た瞬間、椎名真紀は泣き崩れる。号泣する彼女に対して、赤城恵一は優しい口調で尋ねる。

「初めてあのゲームのサブコンピュータの前で会った時、真紀は俺と同じように、無意味なゲームを終わらせたいって言ったよな? あの言葉はウソじゃないって俺は思った。だから今度こそ教えてくれ。どうすればデスゲームを終わらせることができる?」

「今日の午後6時。悠久ランドの中央にある城の中にラブが現れるの。そこで真実を明らかにした後、説得する。ゲームに巻き込んでしまった高校生や被害者遺族には、真実を知る権利があるから、仲間に頼んで、説得の様子を現実世界のネットに流すつもり」

 ゲームを終わらせる方法が、ゲームマスターとの交渉だと知った恵一は拍子抜けする。

「あのラブがそんな交渉に乗るわけがない。メインコンピュータを停止させたらいいんじゃないのか?」

 恵一の意見を聞いた真紀は首を横に振る。

「簡単に言うけど、システムを停止させることができるのは、ラブだけなんだよ。ゲームマスターを何とかしないと、ゲームを終わらせることはできない。それにこっちには切り札があるから大丈夫。私が赤城君達を生きた状態で現実世界に戻すから」

「分かった。俺も行く。この目で真実を見届けたいからな」

 恵一が同行を申し出た後で、美緒も右手を挙げる。

「私も行くよ」

「そう。午後6時、現地集合でよろしく。私は時間になるまで誰とも会わないように雲隠れするから」

 2人の同行を受け入れた真紀は、ウインクした後、2人の元から姿を消した。

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