初日の終わり

 そのスマートフォンの画面の中で島田夏海が映る。


『あっ、島田夏海が佇んでいる』


『A。やあ』


『B。島田さん』


『C。スラマッパギ』


『D。とりあえずチョップだ!』


「何だよ。これ。予選の問題とは違う」

 画面構成は予選の敗者決定戦と同じだが、問題の意図が見えてこない。それでも画面の上部に表示された制限時間を示すタイマーは、一刻と減っていく。

「直感だ」

 赤城は自分の直感を信じBをタッチした。

『赤城君?』

 島田夏海は、背後を振り返り、にっこりと微笑む。突然画面から島田夏海の声が流れた、赤城恵一は驚く。画面の中の島田夏海は、彼の驚愕に気が付くそぶりもみせず、少年に尋ねる。


『赤城君こそ何をやっているのですか?』


『A。島田さんを探していたんだ』


『B。考え事をしていたんだ』


『C。勉強で分からないことがあるから中川先生に教えてもらおうかと』


『D。歴史の本を図書室へ返そうと思ったんだ』


 タイムリミットが迫る。この難問に恵一は悩んだ。予選敗者決定戦の2問目と同様に、どれがS評価の答えでもおかしくない。

「ノーヒントかよ!」

 赤城恵一は頭を掻き、一生懸命思い出す。これまでの島田夏海との交流に何かヒントが隠されていないのかを。だがヒントらしき事柄は何一つない。

 タイムリミットまで残り5秒。焦った赤城は咄嗟にDをタッチする。

 時間ギリギリで解答を済ませると、画面上の島田夏海は、乾いた笑顔を見せた。


『歴史の本ね。そういえば私が好きな戦国武将は武田信玄だけど、武田四天王のなかで1番好きな武将は誰だと思う?』


『A。板垣信方』


『B。小山田虎満』


『C。榊原康政』


『D。甘利虎泰』


「武田四天王だと!」と少年は思わず大きな声を出した。この問題もノーヒント。4つの選択肢の中から直感で答えを選ぶしかない。

 赤城恵一は選択肢に表示された戦国武将が何をしたのかというマニアックな知識を持ち合わせていない。

 彼は仕方なくCという選択肢を選んだ。


 それに対し、画面上の少女はむっつりとした顔付きになる。


『榊原康政は徳川四天王だよ。もう少し日本史の勉強をした方がいいかも。話変わるけど、私の誕生日がいつか知っていますか?』


『A。7月18日』


『B。7月19日』


『C。7月20日』


『D。7月21日』


 これが1日目最後の問題になるだろう。赤城恵一は島田夏海の誕生日を知らない。

 悩んでいても正解が導き出されるとは思えない。考えている時間もタイムリミットが近づいているのだから。

 やはり自分自身の直感を信じ、Aをタッチした。するとメインヒロインは、微妙な表情を見せる。

『少し間違っているかな。じゃあまた明後日学校で会おうね』


 スマートフォンの画面から島田夏海が消え、画面が切り替わる。

『結果発表。S評価1回。A評価0回。B評価2回。不正解1回。合計200好感度経験値と死亡フラグケージ25%を獲得しました。


 スマートフォンに表示されたのは、答え合わせではない。事務的に公表された結果に恵一は目を通す。

「これなら谷口の考えた情報共有作戦なんて無意味かもな」

 30秒ほどで画面がステータスに切り替わった。


赤城恵一


レベル4

知識:10

体力:10

魅力:0

感性:0


死亡フラグケージ:55%


累計EXP:320

Next Level Exp :80


「後2回メインヒロインアンサーで不正解を選ぶか、島田夏海を不機嫌にするような行動をとったらあの世行きか。初日から先が思いやられるな」

 恵一の瞳にステータスが映り、彼は深いため息を吐いた。それから彼はレベルアップによって獲得したボーナスポイントを、魅力と感性というステータスに入力する。

 ステータスはバランス良くという信条が正しいとすれば、この行動は正当化されるだろう。

 ステータス調整を終わらせると、突然スマートフォンの画面が切り替わった。



『2年A組。好感度経験値累計獲得ランキング』


『第1位。桐谷凛太朗。1000経験値』


『第2位。村上隆司。  800経験値』


『第3位。千春光彦。  790経験値』



 表示されたランキング結果に、彼は絶句した。メインヒロインアンサーを全問S評価の答えを選択したら、400経験値を獲得できる。それを引いたとしても桐谷は1日で600経験値を稼いだことになる。


 恋愛シミュレーションゲーム初心者の彼は、1日で120経験値を稼ぐだけで精一杯だった。それは彼と同じく島田夏海を攻略しようとしている多野たちも同じだろう。

 しかし桐谷凛太朗が攻略しようとしているメインヒロインは、難易度Aの倉永詩織。

 難易度Aは恋愛シミュレーションゲーム上級者向けだから、ここまで容易く経験値を稼げるはずがない。

「桐谷凛太朗。一体奴はどうやったんだ?」



 桐谷凛太朗は自室の椅子に座り、満面の笑みを浮かべながらスマートフォンを机の上に置いた。その画面にはランキング結果が表示されている。

「当然の結果ですね。この調子なら4日以内にクリア基準満たすのも夢ではないでしょう」



 桐谷の笑い声が彼の部屋を響かせる。その様子をカメラのモニター越しにラブが見ていた。

 ラブはキャスター付きの椅子に座り、足を組み直す。丁度その時、ノック音が聞こえ、ラブがいる個室のドアが開いた。

「失礼します」

 ドアを閉め、全身黒ずくめの大男、山持が頭を下げる。

「ラブ様。そろそろ交代の時間です」

「えっ、これから面白くなるのに……」

 ラブは山持と視線を合わせず不満を口にして、手足をバタバタと揺らした。

「そろそろ交代しないと、支障が生じます。ここは一度ログアウトしてください。これからは自称自宅警備員の俺の時間です」


 大男が威張るように腰に両手を置く。その直後、ラブは椅子から立ち上がった。

「今回のプレイヤーは優秀ですよ。ギリギリの奴もいるけど、今朝死んだ3人を除く40名は全員生存しているからね。目的達成できるかもしれません」

「その台詞を毎回聞いているのですが、今度は間違いありませんか?」

「どうでしょうか?」

「相変わらずですな。ラブ様は」

「確証がありませんからね。これまでみたいに全滅するかもしれませんよ。それと話を変えるけど、遺体の処理は終わっているよね?」


 ラブが覆面の下から冷徹な視線を大男に向ける。

「これまでに脱落したプレイヤーの遺体は全て発送しました。明日には家族の元に届くことでしょう」

までにどれだけの男子高校生たちが亡くなるのか。楽しみですね。そろそろログアウトするけど確認ね。主な仕事は男子高校生たちの行動の監視。独断でルール変更しちゃダメよ。後はマニュアル通りでよろしくね」

「何回もやっていることを一々説明しないでくださいよ。ところでプレイヤーXは動き始めましたか?」

 大男からの唐突な質問を聞き、ラブは首を横に振る。


「まだですよ。だってあいつがゲームを支配していたら、今頃生存者10人になっちゃうからね。そのフラグを桐谷様が折ってくれたので、全滅を免れました。でもね、フラグを折ったせいで初心者勢救済イベントが発生しなくなったんですよ。あのイベントあったら初心者さん、多少楽できたんだけど。プレイヤーXによって生じる損失なんて後でいくらでも取り返せるんだし、たまにはいいでしょう」

 ラブの説明に大男が首を縦に振り納得した。


「そうですか。大虐殺祭はまだ開催されていませんか? 楽しみになりました。ところで、第1回イベントゲームのルール説明動画を拝見して、気になったことがあります」

「ん? 何?」

「協力プレイを促すような発言がありました。予め用意した原稿には、そんなこと書いてなかったはずです」

「ああ、あれは特に気にする必要ないわ。マンネリ防止ってヤツ。ホラ、12回も同じことやると、どんどんつまらなくなるじゃん。兎に角、これから面白くなりますよ。ちゃんと留守は守ってね」

「留守はしっかりと守りますよ。自宅警備員の名にかけて!」


 大男の自信満々な発言にラブは覆面の額に手を置き、苦笑いする。

「自宅でオンラインゲームをやっているだけの人が、よく自信を持てますね。最後に一言。適度に仲間と交代してください。この仕事は結構神経を費やすからね。疲労が原因で不正を見逃したらアンフェアでしょう?」

「しかし、システム上は不正行為を感知したらアラームが鳴るようになっているから、それはあり得ないのではありませんか」

「確かにそうだけど、死刑台のスイッチを押すのは人間だから。操作ミスで関係ないプレイヤーまで巻き込まれてしまっては、意味がないでしょうよ」

「分かりました。契約通りこっちの世界で1日経過ごとに交代ということですね?」


「そうですよ。それと試験運用を開始したシステムのテストプレイが終了しました。ログインはできないけど、メッセージくらいなら送受信可能です。もう一つの方は、このゲームでは実用性が低いから、高値で売りたいな♪」

「ラブ様。次はいつ頃ログインできますか?」

 大男が尋ねるとラブは大男の顔付きを冷徹な視線で見つめ直す。

「現実世界の午後4時くらいにログインできると思うから。あっ、それだったら最初のイベントゲーム終わってるね。昼休みの時間帯にログインできたらいいのに」

「ラブ様。休まないでくださいよ。サボるなんて言語道断です。おやすみなさい」

「それではおやすみなさい」

 ラブは机の上に置かれたスマートフォンを右手で持ち、電源ボタンを強く押す。


『ログアウトします』

 ラブのスマートフォンにメッセージが表示される。ラブは鼻歌交じりに左手の人差し指でメッセージをスワイプさせた。その次の瞬間、ラブの体が白い光に包まれ部屋から消失した。

 


黒色のコンピュータが壁に埋め込まれた小部屋の中心で1人の少女が静かに瞳を開けた。

 腰の高さまで伸びたストレートの後ろ髪に、可愛らしい二重瞼が特徴的な彼女の右手には黒色のスマートフォンが握られている。

「そろそろ眠ろうかな? おやすみ、赤城君♪」

 その少女、椎名真紀しいなまきはコンピュータの前で微笑み、個室の出入り口である鋼鉄の扉の前まで歩く。

 彼女は欠伸をしながら、鉄製の扉の取っ手を持ち、小部屋から去った。

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