一番壊したいおもちゃ

 変な感じがすると白井美緒は思った。恵一が言うように、この学校では現実世界とおなじような授業が行われている。さらに休憩時間のクラスの様子も、現実世界と変わらない。

 トイレにも行きたくなれば、お腹も減る。

 美緒は自分が仮想空間にいるとは認識できない。それだけこのゲームの設定はリアルなのだと彼女は思った。

 授業終了後の休憩時間、白井美緒は女子トイレの洗面台の前で手を洗った。すると、後方のドアが開き、残忍な影が近づく。

 冷たい視線を感じた美緒は、鏡を見た。そこに映るのは、首筋に小さな黒子がある巨乳の同級生、小倉明美だった。

 美緒と明美が初めて会ったのは、ホームルームの時。その時美緒は、明美の笑顔から穏やかな雰囲気を感じ取った。

 しかし、今の明美は冷酷に人を殺しそうな感じに思える。これが岩田波留の言っていた、小倉明美のもう一つの顔なのだろうと美緒は思った。

 顔を引きつり恐怖する美緒に対し、小倉明美は鏡を前にして笑った。

「挨拶しようと思ってね。赤城君の幼馴染の白井美緒さん。現実世界の椎名真紀ちゃんとは友達だったようね。同じ女子同士仲良くしましょう」

「小倉さん。真紀のことを知っているの?」

 美緒に尋ねられ明美は苦笑いする。

「私は真紀ちゃんを呼び出すために、必要のない男子を処分してきたから。知らないと思うけど、優しい方の小倉明美は、この世界のことは知らないよ。私は現実世界のあなたたちのことやラブの目的を知っているけれど」

「必要のない男子を処分? もしかしてあなたが殺したの? 600人もの男子校高校生を」

 白井美緒が怒りで声を震わせながら聞く。すると彼女は突然に、しびれるような陶酔を味わった。

「その内の4割よ。私の壊したおもちゃ。全てラブのためにやったことだから、私は運営側だと思って構わない。それにしても、エクスタシーを感じるわ。目の前で彼らが死んでいく様子。誘惑や脅迫で男子を死への恐怖に導く。最高に楽しいゲーム。自分もゲームを盛り上げているんだって思うと、胸が躍るよ」

「酷い。あなたが恵一を殺そうとしているんだったら、絶対に許せない。私はあなたの魔の手から恵一を守る」

 学級委員に怒りをぶつける美緒に対し、明美は鼻で笑った。

「赤城君は一番壊したいおもちゃだけど、今はダメね。次のイベントゲームが始まるまでは、プレイヤーを壊したらダメってラブから命令されているから。でも、裏を返せばプレイヤーじゃなかったら、壊してもいいってこと。白井さん。あなたに絶望の味を教えちゃおうかな?」

 冷酷で鋭い視線が、美緒の心に刺さり、彼女は動けなくなる。その間、明美は行動不能の少女の右腕を強く掴み、体を引っ張る。

 美緒の体が回転し、2人の視線が合う。この場で殺される。そう思った美緒は強く瞳を閉じた。しかし、明美は不気味に笑うだけだった。

「赤城君の幼馴染の白井美緒さん。彼に抱き着いたことってある? 私は2回も彼に抱き着いたよ。アソコも立っていたから、彼も性的な興奮を感じたんじゃないかな? 一度は未遂に終わったけど、今度はキスしたいなぁ」

「キ……ス」

 明美の話を聞き、美緒は顔を赤くする。小倉明美は未遂とはいえ、恵一の唇を奪おうとした。美緒が知る限り、恵一はファーストキスを済ませていない。即ち変態学級委員は彼からファーストキスを奪おうとしたのだ。

 パニックに陥り、美緒は頭の中を真っ白にする。小倉明美は彼女の姿を見て、クスっと笑い、トイレの鏡の前で自分の前髪を掻き分ける。

「幼馴染だと言っても、ファーストキスは済ませていないのね。面白いわ。そういえば放課後になったら真紀ちゃんに会えるんだったねぇ。楽しみよ」

 冷酷な学級委員がそう言い、瞳を閉じる。それから数秒後、瞳を開けた明美は周囲を見渡しオドオドとした。

 その顔付きは先程の冷酷な雰囲気とは異なり優しい。そのギャップに美緒は途惑った。

「白井さん? もしかして、もう一人のワタシが迷惑をかけたの? だったらごめんなさい」

「謝らなくていいよ。何もやってないから」

 美緒は優しい明美に対し、両手を振った。真実を告げれば、彼女は不安になるのではないかと思ったからである。そうとは知らない明美が微笑む。

「そう。教室の席から立ち上がった所までの記憶しかないから、きっとワタシは白井さんと話しがしたかったんだね」

 急に嬉しくなった明美は、笑みを浮かべながら教室に戻る。それから少し遅れて、美緒も教室に戻った。小倉明美という脅威から、彼の唇を守ると決意を固めながら。

 しかし、彼女が守ろうとした彼の唇は簡単に奪われてしまうことを、今の彼女は知らなかった。

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