五月二十三日 

第3回イベントゲームの始まり

 本番の日の早朝、赤城恵一は命を賭けたゲーム攻略に闘志を燃やす。それから数秒後、彼の部屋のドアが開き、幼馴染の白井美緒が姿を見せた。

 それと同時に、恵一のスマートフォンが振動を始める。画面にはドキドキ生放送の文字。いつものように少年が画面をタッチすると、ラブの姿が映し出された。

『おはようございます。今日は第3回イベントゲーム。カセイデミル改の本番です。モニター越しに見させてもらいましたが、やっぱり皆様は優秀ですね。リア充の皆様は、前日までに全員が、遊園地デートをヒロインに承諾してもらうという条件をクリアしています。その他の非リア充の皆様は、チームを組んでデート妨害を企んだり、椎名真紀攻略に闘志を燃やしたりと、見ていて面白かったです』


 ラブは画面の中で大笑いする。その後でゲームマスターは手を叩いた。

『では、本題に入ります。まずは簡単なアンケートです。非リア充の皆様は、2つのクリア条件の内1つを満たせたらゲームクリアとなりますが、どっちの条件をクリアするのか。気になったので、アンケートにご協力ください。リア充の皆様。アンケート対象者は非リア充限定だけど、このデータを参考にしたら、ゲームクリアのヒントになるかもしれません。では、デートを妨害するよっていう人は1番。平和的に椎名真紀を攻略するっていう人は2番。非リア充の皆様は番号をコメントしてください。文字は英数字か漢字。お好きな方をどうぞ。制限時間は30秒。じゃあスタート』


 ラブの掛け声と共に、恵一は2番とコメントを打ち込んだ。画面には2つの文字が流れ、30秒後、ラブは再び手を叩く。

『はい。結果が出ました。1番は7人。2番は9人のようですね。これにNPCも加わるかもしれないから、あくまで参考程度にした方がいいかもね。では、椎名真紀を攻略しようとしている9人の皆様のために、簡単なルールをお伝えします。ご存じかもしれませんが、悠久ランドは6つのエリアで構成されているんですね。そのエリアを椎名真紀は徘徊します。遊園地内にいる隠しヒロインを探し出して、好感度を上げるというゲームになります』

 ラブは体を1回転させた後で、右手の人差し指を立てた。

『ここでアドバイス。椎名真紀は3つの特殊能力を持っています。1つ目は仮想通信。現実世界にいながら仮想空間の様子を監視できる能力。残りの2つは、本日午後1時に公開します。公開前に、彼女の能力の被害に遭う人もいると思うけどね。今言えるのは、彼女の特殊能力を攻略しなければ、ゲームクリアなんて無理ということでしょうか。一筋縄ではいかぬヒロインですので、気を付けてください。それでは、第3回イベントゲーム開始までしばらくお待ちください』


 直前のルール説明が終わり、赤城恵一はガッツポーズを取る。

「予想通りだな。矢倉君のファインプレーだ」

 恵一は喜びながら、火曜日の放課後のことを思い出す。あの日、彼の部屋にはチームのメンバーになった4人と白井美緒が集まった。作戦会議という名の顔合わせ会で、矢倉永人は自分のスマートフォンを見せる。

「悠久ランドについて調べたら、面白いことが分かった。あの遊園地は6つのエリアで構成されているらしい。チームのメンバーは最大で6人。偶然の一致とは思えない」

「つまり、何か意味があるということか?」

 高橋が尋ねると、矢倉は首を縦に振る。

「多分そうだと思う。今回のゲームが、悠久ランド内を移動する椎名真紀を探して、好感度を上げるという内容になるのなら、1人が1つのエリアを担当した方が効率良いかもな」「担当エリア内で真紀を探し回る。それで真紀を見つけたら、積極的に話しかけて、最終的にプレゼントを渡す。これが今回のゲームの攻略法か。それで行こうと思う」

 チームリーダーの恵一は矢倉の意見を参考に、作戦をメンバーに伝える。その後で三好が右手を挙げた。

「プレゼントは何を送ればいいんだ?」

 少年の質問を受け、白井美緒の口が開いた。

「真紀は恋愛小説が好きだよ。だから、文庫本を送ったらいいかも」

「そういうことなら、俺に任せろ。俺が攻略しようとしている堀井千尋も本好きだから、カワイイデザインのしおりやブックカバーが貰える本屋を知っているんだ。その店で本を買えばいいんだろう」

 三好が美緒のアドバイスに食いついた後で、宮脇の口から意見が飛び出す。

「そのブックカバーに、メッセージを書いたら、喜ぶかもしれませんね。一手間加えた方が、効果が上がるはずですから」

「それで行こう。作品名が被らないように気を付けて、文庫本を送る。ブックカバーにメッセージを付け加えて。これで大方の作戦が固まったな」

 恵一が意見を纏め、一つの作戦が出来上がった。それから、プレゼントを買いに行ったり、担当するエリアを決めたりと、徐々に作戦実行の準備が進められ、今に至る。


 あの時に決めた作戦は、椎名真紀攻略に有効であることを知り、恵一は喜ぶ。しかし、それとは裏腹に、彼は深刻な顔になる。

 彼の表情の変化が気になった美緒は、彼の顔を覗き込んだ。

「どうしたの?」

「あの作戦が上手くいくことは分かったが、気になるんだよ。特殊能力って奴が」

「別に気にすることないよ。どんな特殊能力かは分からないけど、真紀は私達を追い詰めるようなことをしない。だって真紀は、ラブを裏切って、恵一達を助けようとしたんだよ」

「……そうだよな」

 恵一は美緒の話に納得できなかった。今回のゲームは腑に落ちないことが多過ぎると彼は思った。

 少年は疑問を払拭できないまま、少女と共のデスゲームの舞台である悠久ランドへ向かう準備を進めた。


 午前9時。島田家の玄関先で、島田節子は靴を履きながら、近くに立つ姉の顔を見た。

「お姉ちゃん。本当に千春先輩と一緒に悠久ランドに行っていいの?」

「何度も言わせないで。私のことは心配しないで。節子は楽しめばいいんだよ」

「じゃあ、お姉ちゃんの分まで楽しんでくる」

 そう言い残して、彼女の妹は自宅から目的地へと向かい歩き始めた。


 妹を見送ってから25分が経過した頃、島田夏海は家族に何も言わず、自宅から出て行く。

 説得に失敗したら、問答無用で自分は死んでしまうだろう。だが、成功しても失敗しても、結果は同じ。

 そう考えると、少女の心が寂しさで溢れた。いずれにしても、この街を歩くのはこれで最後になるのだ。

 泣きそうな気分になっても、彼女の意思は変わらない。少女は全てを終わらせるために、危険なゲームの会場へ向かった。

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