嫌いな人

「やっぱり谷口君は死んだようだな」

 トイレの中で多野が絶望感から茫然としている赤城に声をかけた。

「多野君。悔しいよ。あの時、谷口君を追いかけていたら助けることができたかもしれないって思うと……」


 悔し涙を流し、トイレのドアを思い切り叩く。そんな彼に多野が優しい口調で尋ねた。

「その涙は演技じゃないよな。俺の考えと同じだっていうのは嘘じゃないよな」

「あの言葉は本心だ!」

「良かった。殆どの奴らは自分だけが助かればそれでいいって考えている。その中で俺と同じ考えを持つ奴がいて嬉しいよ。だから、俺は今から告白しようと思う」


 何を言っているのかと、恵一は理解できなかった。

「本気かよ。告白なんてリスクが高すぎる。失敗しても成功しても誰かが死ぬことになるんだ! 俺と一緒にみんなを助ける方法を考えてくれ」


 目の前の少年を説得することしか、彼にはできなかった。だが、多野は豪快に笑うだけだった。

「アッハッハッハ。勘違いだ。告白って言ってもゲームクリアが目的じゃない」

「だったら、何だ?」

「ここならこいつを見せても先生には見つからないだろう」


  そう言いながら、少年は制服のポケットからスマートフォンを取り出す。その画面にはステータスが表示されていた。


「見ての通り俺の命は残り僅か。これは俺からの遺言だ。お前は絶対に生き残って、俺の考えが間違っていなかったことを証明してほしい。困っている奴がいたら助けろ。それとメインヒロインアンサー。1番最初の問題の選択肢はチョップを選ぶな。あれを2回連続で選んだことも、こうなった原因の1つだからな」

「どうしてそんなに冷静でいられるんだよ。死ぬのが怖くないのか?」


 もうすぐ死ぬかもしれないのに、多野明人は動揺しない。そんな彼は、意外な言葉を口にする。

「死を受け入れたことがあるからな。覚えているか? 10年前の7月25日。福井県で大きな地震があっただろう。当時俺は被災者だったんだ」

「夏休み初日に起きた巨大地震だったな」

「あの地震で俺の家は倒壊したんだ。今まで住んでいた家に押しつぶされそうになって2日が経過した時は死ぬと思ったよ。家の柱が崩れて身動きが取れなくて、食事すら摂れず、暑い日差しで熱中症になりかけた。そんな時に救助隊の人が俺と家族を助けてくれたんだ。だけど、あの震災で俺の友達が殆ど亡くなった。その中には俺の幼馴染もいた。だから、赤城君の幼馴染には、俺と同じ体験をさせたくないんだよ。突然幼馴染が亡くなれば、悲しむに決まっているからな。これが最後の遺言だ」


 頭に白井美緒の笑顔が浮かび、恵一の顔は赤く染まった。美緒を悲しませたくない。そんな思いが彼にはある。


「言われなくても分かっている。絶対に美緒を悲しませない。それと遺言なんていうな。お人よし」

「それは赤城君も同じだろう」

 いつしか絶望感から硬直していた少年の表情が柔らかくなった。過酷な状況にも関わらず笑みがこぼれる。



 そして迎えた昼休み。赤城は机をくっつけて、矢倉と多野と共に弁当を食べた。

2年A組の教室は幾つかのグループに分かれて、昼食をとっている。その中の男子生徒たちは3つの集団に分かれていた。


 一番大きなグループは、桐谷を中心にした7人組。その7人の中には滝田の姿があった。桐谷のグループに入れなかった6人は2つに分かれた。島田夏海を攻略しようとしている赤城のグループと、堀井千尋を攻略しようとしている三好を中心にしたグループ。その他のメインヒロインたちは幾つかのモブキャラたちが作ったグループに所属している。


 桐谷たちのグループとモブキャラを含む女子たちのグループは何事もなかったように食事や友達同士の会話を楽しんでいる。それとは反対に残りはあまり食欲が湧かなかった。


 赤城達は結局弁当の大半を残してしまった。

「お前らも食欲がなかったみたいだな」

 不意に三好勇吾が赤城達が集まっている机に近づき声を掛ける。三好の両隣りには市川陸と島崎海斗が立っていた。

「三好君。一体何の用だ?」

 そう尋ねた恵一に三好は右腕を差しだす。

「俺たちを仲間に入れてくれ!」

 三好の唐突な言葉に赤城達は目を点にする。

「どういうことですか?」

 矢倉が尋ねると、三好は拳を握り親指を立てた。

「俺たちは櫻井と村上に裏切られたから、滝田に裏切られたお前らの気持ちは痛いほど分かる。だから俺たちを仲間にしてくれ。裏切られたままで悔しくないのか? 明日までに答えを考えてくれ」

 そうして三好たちは彼らに頭を下げその場から立ち去った。


 昼休みも残り15分というところで赤城は多野の隣を歩き、トイレへと向かう。2年A組の教室は2階にあるのだが、2階のトイレでは谷口が殺害された現場の可能性がある。

 どこにも殺人の痕跡はなかったが、あの場所で殺人が行われたとなると、いい気分にはなれない。そのため彼らは1階のトイレを利用することにした。

 2人が階段を降りた時、足音が聞こえた。2人は足音を気にせず階段を降る。すると、踊場で彼らの前に島田夏海が現れた。


「赤城君。どこに行くの?」

 踊場に立つ島田夏海が首を傾げてみせる。

「1階のトイレに行こうと思ったんだ」

「おかしいね。トイレだったら2階にもあるのに?」

「運動を兼ねて1階に降りてみようと思ったんだ」

 

 恵一は夏海と顔を合わせる。その間、彼の右隣に立つ多野は島田夏海の顔を見つめた。しかし多野と夏海の視線が合うことはない。

「そう。てっきり節子のところに行くのかと思った。私も節子のところに行ってきた帰りだけどね」


 島田夏海が笑顔を見せる。その瞬間、多野明人は気が付いた。彼女は赤城恵一しか見ていないと。どうやっても視線が合わない。完全に嫌われている。その思考は少年を追い詰めていく。次第に頬から冷や汗が流れるほどに。


 このままでは遅かれ早かれゲームオーバー。その事実を打破するため多野明人は静かに彼女へ近づいた。

「近づかないで! またチョップするつもりでしょう。今度やったら話しかけるなって言ったよね?」

 苦り切ったような表情を見せる夏海が呟く。その次の瞬間、多野の制服のポケットの中にあったスマートフォンが振動を始めた。


 多野明人は全てを悟った。完全に彼女に嫌われた。

 ゲームオーバーという文字が頭に浮かぶ。

 

 それと同時に彼のポケットの中から東郷深雪の声が聞こえた。


『ごめんなさい』


 悪魔の小声を聞いた多野明人の体は動かなくなる。

 そして、突然見えない誰かが、茫然と立ち尽くす敗北者の背中を強く押す。


「くそっ!」

 赤城恵一の目の前で、多野明人が落ちていく。唇を強く噛み、優しい少年は落ちていく仲間の手を掴もうとした。

 一方で、夏海は目の前でクラスメイトが階段から落ちそうになっているのに、驚いた表情を見せない。


 階段を駆け下り、手を伸ばす恵一。あと少しで仲間の右腕に届く。

 だが、その救いの手は厚く透明な壁が拒んだ。

 

 そして、階段の下を覗き込むと、そこには全身を強く打ち、頭から血を流して倒れている多野明人の遺体があった。


「くそっ! なんて助けられなかったんだ!」

 赤城恵一は悔しそうに階段の壁を強く叩いた。その行動に島田夏海は疑問を感じる。

「助けるってどういうこと?」

「島田さん。多野君が階段から転落死したんだ。階段の下に彼の遺体があるだろう。だから早く先生を呼んできてください」

「遺体って言っても……階段の下には何もないけど……」


 赤城恵一の目には血溜まりに浮かぶ多野の遺体が見える。

 島田夏海の目にはそれが映っていないのか?


 やがて、仲間の遺体は白い光に包まれ、消えた。残された血溜まりは、何事もなかったかのように綺麗な床へと修復されていく。


「こんにちは。赤城様♪」

 突然、少年に耳に、ボイスチェンジャーの不気味な声が届く。その直後、少年の目の前に、ラブが現れた。

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