刑事の尋問

 現実世界。午前6時36分。シニガミヒロインのサブコンピュータが設置された地下室から1階へ戻った椎名真紀は、早朝にも関わらず、インターフォンの音を聞いた。

 こんな時間に何だろうと思いながら、真紀は玄関へ駆け付ける。そうしてドアを開けると、そこに2人組の黒いスーツを着た男達が立っていた。毛の薄い低身長の男と茶髪の若い男。その内、低身長の男は真紀に警察手帳を見せ、名乗った。

「警視庁の西野だ」

 西野と名乗る刑事に続き、若い男も続けて身分を明かす。

「同じく警視庁の安藤です。君は椎名真紀さんですね」

「はい。そうですが、警察がこんな朝早くに何の用でしょう?」

 真紀は敬語を用い刑事に尋ねた。すると西野は1枚の写真を真紀に見せる。無精ひげを生やした若い男。歳は二十代半ばくらいだろう。その男の顔を、椎名真紀は覚えていた。

「岩田克明さんが何をしたのですか?」

「よくご存じで。立ち話も何ですから、中でお話しを伺います」

 安藤がそう言うと、真紀は首を縦に振り、2人の刑事を自宅のリビングに招き入れた。

 リビングの椅子に座った2人の刑事と対面するように、真紀は椅子に座る。その後で西野は、早速真紀に話しかけた。

「椎名真紀さん。あなたのことを調べさせてもらったよ。福井県出身。10年前の震災をきっかけに東京へ引っ越した。父親と母親の3人家族で、現在両親は海外の研究所で、社会心理学の研究をしているため不在。一人娘の真紀さんは、この家で一人暮らしをしている」

 ペラペラと真紀の経歴を話していく西野の言動に、椎名真紀は舌を巻いた。

「結構調べましたね」

「一晩もあればこれくらいの情報。すぐに調べられるからな。ところで、真紀さんと岩田克明の関係は何だ?」

 その刑事からの質問を聞き、真紀はクスっと笑った。

「調べたら分かることですよね。岩田克明さんは、7年前からこの家を出入りしている家庭教師でした。それ以上の関係はありません」

「岩田克明さんの銀行口座に、毎月10万円振り込まれているのですが、それに心当たりは?」

「知りませんよ」

「だったら、頻繁に電話していたのは、勉強で分からなかったことを聞いていたとでも言いたいのか」

「その通りです。まあ、電話の内容なんて当事者にしか分からないことですから」

 真紀は堂々とした態度で、刑事たちの顔を見る。その言動は、自分たちの尋問を華麗に避けているように、刑事たちは感じていた。

「確かにそうだな。だが、俺には分からないんだ。なぜあなたは、岩田克明について刑事が聞いてくることを不審に思わないのか」

「刑事ドラマで勉強済みですよ。そうやって被害者との人間関係を聞き出して、容疑者を絞りこもうとしているっていう、警察組織のやり方」

「まだ被害者とは一言も言っていないが」

 西野は椎名真紀の顔を睨み付けた。隣に座っている安藤は、直感する。西野は本気を見せたと。この西野の表情を見た多くの被疑者は、90%の確率で自供する。


 しかし、真紀は残りの10%側の人間だった。なぜなら、彼女は刑事に聞き返したのだから。

「確かに、被疑者の可能性もあり得ますね。でもおかしいですよね。毎月10万円が振り込まれている件や、私と彼の関係。こんなことは本人に聞けば済むはず。岩田さんが逃走中だったら、どこか立ち寄りそうな場所を聞き出すはず。だから分かったんです。私が岩田克明さんを殺害した容疑者の1人だって」

「容疑者だって認めるのですか?」

「もちろん。でも、私には彼を殺す動機がない」

 不敵な笑みを浮かべる真紀を他所に、西野は反論を示した。

「違うな。お前には動機があるだろう。被害者のスマートフォンから、お前の写真が見つかった。これを学校に提出したら、間違いなく退学するほどの奴だ。つまり、真紀さんと岩田克明は……」

「調べませんでした? 死んだ人のことを悪くいいたくないけれど、岩田さんは平気で生徒に猥褻な行為をするような人だって。でも、その被害者だったら星の数いる。別に私が犯人だっていう根拠にはなりませんよね。何か私が事件に関与していることを示す証拠はありませんか?」

 真紀は頬杖を付き、刑事に尋ねる。

「まだ見つかっていないが、他にも真紀さんが事件に関わっているのではないかと疑う根拠はある。これはマスコミに伏せている情報だが、3人の男子高校生を解放するっていう犯行声明。あれには続きがあるんだよ」

「続き?」

「警察の皆様へ。始まりは福井県。10年前の失われた思い出。これが私達の目的のヒントです」

 西野の隣で安藤は真紀の顔を鋭い瞳で睨み付け、言葉を続けた。

「あの文言はあなたの経歴に似ているんですよ。あなたは10年前福井県の小さな村の小学校に通っていたようですね。だけどあの夏の震災で小学校の同級生達は全員亡くなって、小学校は廃校になった。それで今は東京に住んでいる。犯行声明の文言と無関係とは思えないです!」

 刑事がハッキリと答えると、真紀は笑顔を見せた。

「確かに疑う余地はあるけれど、状況証拠しかありませんよね? 物的証拠を見せてください」

 普通の女子高生らしからぬ態度に、刑事たちは違和感を覚えた。刑事は疑いの眼差しで、真紀の顔を見る。

 だが、椎名真紀は顔色を変えず、堂々とした態度で、警察官からの質問に答えていた。

 30分後、刑事たちの尋問が終わり、彼らはすぐさま、椎名家を後にした。


 真紀は刑事たちを玄関先で見送り、玄関のドアを閉めると、すぐにリビングに戻り、深いため息を吐いた。


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