「デビュー前夜」Vol.2  『漆黒の慕情』芦花公園インタビュー

作家デビュー前夜のお話を伺うカクヨム文芸部公式インタビュー第二弾は、芦花公園さん。カクヨム上で発表した民俗学系怪談『ほねがらみ』がTwitter上でバズり、書籍化デビュー。つづいて刊行した『異端の祝祭』も順調に版を重ね、一躍、ホラー作家としての地歩を固めています。このたびホラー文庫より刊行された『漆黒の慕情』は、前作『異端の祝祭』に続く、心霊案件専門の佐々木事務所シリーズ第二弾。鮮烈デビューまでの道のりや、創作秘話を伺いました。



――そもそも、最初にカクヨムで小説を書いてみようと思われたきっかけは何だったのでしょう?

芦花公園(以下、芦花);Twitter上でつながっていた仲間が、カクヨムで小説を書いて楽しんでいるのをみて、自分も書いてみようかな、と思ったのがきっかけです。2018年の6月頃かな。それまでは、映画鑑賞くらいしか趣味といえるような趣味もなく、ましてや小説を書いたことは一度もありませんでした。でもホラー映画やホラー小説にはよく触れていたので、見よう見まねで書き始めたんです。

――カクヨムを使ってみて、いかがでしたか?

芦花;カクヨムは、エディタのUIもほんとに優秀で、小説投稿画面に下書きなしで直書きしてたくらいです。すごく使い勝手のいいWeb小説サイトだったので、カクヨム以外は一切使ってないですね。
まだ小説を書き始めてひと月も経たない頃、「本物川小説大賞」という企画に誘われて参加したところ、すごくあたたかい講評で励ましていただけて奮起しました。小説家の大澤めぐみさんが主宰していて、どの作品にも大澤さんと、あと二人プロの小説家の講評がつくんです。素晴らしい企画ですよね。実際、私のあとにも「本物川小説大賞」をきっかけに小説を書いた人が何人もいて、どんな人でも何作か書いているうちにどんどん上達して巧くなっている。小説って面白いものだな、と思って。

――その後、芦花さんは『ほねがらみ―某所怪談レポート』がTwitterで話題になってデビューされましたが、どんな経緯でバズったのでしょう。

芦花;Dr. RawheaDさんという海外在住の考古学者? 翻訳家?さんが、「すごく面白かった」とコメントつきでフォロワーさんに紹介してくださったのを機に、あっという間に拡散されたんですよね。その方と私はまったくなんの面識もなかったんですが、たまたま相互フォローしている共通の知り合いがいたみたいで、おススメされた私の作品を読んでくださったらしく。ほんとに口コミの力は侮れない。そのお二人が住む土地には、今も足を向けて寝られないです(笑)。

――バッと火がついたときはどんなお気持ちでしたか?

芦花;それはもう、ドキドキしますよね……なんかよくわからないけど、みんなが私の小説のことについて書いてくれてる!って。Twitter経由で読みに来てくれるゲストユーザーが多かったので、PVほどの伸びではなかったですが、それでも画面を見るたびに★の数が増えていくのはWEB小説ならではの面白さというか、単純に楽しいですよね。それまでは読者を意識せず、自分の書きたいものを書きたいようにただ書いていくだけだったのが、今では、読者の反応が気になって、エゴサもしょっちゅうしています。自分では分かりやすく書いているつもりでも読者にはうまく伝わらない場合もあるということを知ったので、物語の展開を誤解させないように、なるべく丁寧に書こうと意識するようになりました。

――前回の「デビュー前夜」Vol.1のインタビューで、逢坂冬馬さんはアガサ・クリスティー賞の公募に何年も挑戦を続けたとおっしゃっていたのですが、芦花さんは、版元の新人賞に応募してみようといういうお気持ちはなかったんでしょうか?

芦花;賞を獲ってデビューできたら、作家としての箔もつくんでしょうけど、自分の書くものはそんなレベルじゃないという自覚があったので、公募に出したことは一度もないんです。カクヨムでも、ホラーは日のあたらないジャンルだからまず無理だよね、とはなから諦めていて、カクヨムコンに参加したことすらなくて。でも、今年はカクヨムコンにホラー部門ができていたり、横溝正史ミステリ&ホラー大賞もカクヨムから応募ができるようになったと知って、もしこれが数年前にあれば応募していたかもしれません(笑)。

――芦花公園さんの活躍があったからこそ、続く才能をWebから発掘したいという機運が高まっているのを感じます。SNSで人気になって作家デビューし、活躍の場を広げていくというスタイルも、ひと昔前にはありえなかったけれど、すごく今っぽい。スターが一人でると、そのジャンルの景色がガラッと変わったりします。カクヨムでも、特定の人気ジャンル以外も盛り立てていきたいと思っていますし、そもそもホラーというジャンルとネットの相性は、すごくいいはず、と。

芦花;まとめ系の怖い話もいっぱいありますしね。そのあたりは自分でもひととおり通過しているので、よく分かります。ネット上には変なもの、イヤなもの、怖いものがむちゃくちゃ転がってる。なんでわざわざそんなこというの?というような理解しがたい考え方とかも。”インターネット悪趣味界隈”と自分では呼んでいるんですが(笑)、そういうのをウォッチするのが私は昔から好きで、もう、ネタの宝庫ですよ。人って、何をしてくるかわからない存在が怖いんだと思うんです。予測不可能、コントロール不能。そういう意味で、意地悪な人より無神経な人のほうが怖い。

――たしかに芦花さんの作品には、あまりまともな人が出てこない(笑)。作中で、片山敏彦が「ホラーやオカルトを好きなのも、面白いからだ。理解の及ばないことは、興味深くて、恐ろしくて、そこが面白い。」と独白しているシーンにもつながりますね。
また、伏字やリフレイン、擬音が多用されているのも芦花公園作品の特徴です。『異端の祝祭』のカクヨム上のキャッチコピーは、ケエコオ、ただその一語のみ。その潔さゆえに、かえって耳にこだまして、不穏さを増幅させています。意味が言葉からこぼれ落ちて、その響きや字面それ自体が、物語の効果として取り込まれている。これは発明だなあと思いました。

芦花;そのあたりは、大好きな三津田信三先生、澤村伊智先生、朱雀門出先生など、自分が読んできたホラー作品がおおいに影響していると思います。あまり前衛的になりすぎてもいけないし、そのあたりのバランスが難しいんですが。

――たしかに、まず気配だけがあって 来るぞ来るぞと迫ってくる感じは、澤村さんの作品の怖さにも通じるものがありますね。優れたホラーの鉄板ともいえるのかもしれません。

芦花;特に映画ではそういう表現が多いですよね。ジェームズ・ワン監督の『死霊館シリーズ』とか、あと韓国映画が大好きで。ここ2年間くらい『ディヴァイン・フューリー』というのにすごくハマっているんです。大好きな映画『エクソシスト』のオマージュ的な要素がふんだんに盛り込まれていて、神様が大嫌いなのに神様の力を使って悪魔と戦う主人公の話です。老牧師とのバディものという側面もあって。いつかこういう作品が書けたらいいなと秘かに思っています。

――牧師といえば、主人公のバディ役、青山くんの実家はプロテスタントの教会という設定ですし、『ほねがらみ』でも大事なキーになります。宗教という要素は芦花さんの作品に抜きがたくあるんですね。

芦花;はい、どういう形にせよ、これからも書いていく要素になるんだろうな、とは思います。ずっと昔から自分の身近にあったせいか、キリスト教の世界観でホラーを書くのが好きなんですよね。日本人にはなじまないという人もいますが、それも味付け次第じゃないかと。ただ、私がこういう作品を書いていることが教会にバレたら、ぜったい破門されちゃうので、ずっと内緒です(笑)。今回の新作は、敢えてその大好きなキリスト教的世界観を自分で封印して書きましたが。

――『漆黒の慕情』には、一冊のなかに、学校の怪談、七不思議、ストーカー、母子関係の歪みといったアイディアが惜しげなく詰め込まれていて、それぞれの怖さが空中分解することなく多層的に響きあっているところも見事でした。章タイトルの、
見られている
見える
見たくない
見ない
見る
見えなかった

この並びだけでも充分に怖いのですが、特に最終章、「見えなかった」の展開では思いもかけぬところから刃が容赦なく自分に突き刺さってくるようで、震えました。

芦花;多動的な性格なので、興味の惹かれるものを、ついつい盛り込みすぎてしまうクセがあって。”本当に怖いのは人間”と片付けてしまうのは私も好きではないんですが、身近に感じる恐怖の対象を考えたとき、やはり心霊現象ではなく対人関係の問題を挙げる人が多いと思います。

――確かに。今作では主人公佐々木るみの生い立ちにまつわるトラウマも明らかになっていきます。るみが「私の宮殿」と呼ぶところの押し入れの世界は、深い闇とも通じて衝撃的です。

芦花;頭の中に押し入れを作って、そこに怖いものを封じ込めるというのは、スティーヴン・キングの『シャイニング』のイメージです。ダニー坊やがボックスをつくって、いやなものは全部そこにいれろ、とハロランさんから告げられる、あれ。ネットの読者には『呪術廻戦』だとよく言われているみたいなんですけど。

――お祓いできる人があちこちにいて呪術と呪術がぶつかりあうところや、るみの押し入れと領域展開のイメージが重なりあって『呪術廻戦』の世界観を連想させるのかもしれませんね。ところで、シリーズのヒロイン佐々木るみや、助手の青山幸喜、今作の主要人物である”極端な美形”の片山敏彦は、書籍未収録のカクヨム短篇「海が滴る」や「星の瞬く」等にもはやくから登場しています。デビュー前からシリーズ化の構想をあたためていらしたのでしょうか?

芦花;るみに事件を解かせていけばシリーズとして展開もできるし、バディものは角川ホラー文庫でも人気のジャンルなので、るみを所長に、青山を助手にすればバランスもよさそうというアイディアは確かに当時から持っていました。書き慣れているし、使いやすいキャラクターだという理由ももちろんあるんですが、スターシステムでいろんな作品を同一世界観でつなげていく、というのは手塚治虫オマージュの面が強いですね。

――なるほど。るみと青山くんの関係性が、これからどう変化していくのか、というのも、シリーズの読者としてはたいへん気になるところです。

芦花;基本的には、ホームズとワトソンなんです。ちょっとホームズが映えない感じですけど(笑)、友情とも愛情とも違う関係。仲もよく、お互い惹かれあってはいるけれども、それぞれ相手に求めているものがくい違っていて、恋愛ともいえない。るみが読者のかたにどう受け止められているのか、というのは作者としてはちょっと気になりますね。嫌われないといいな、と願っています。

――コミックウォーカーで五十嵐文太さんによる『異端の祝祭』のコミカライズも始まったばかりで、こちらも楽しみですね! 今後の執筆予定などは、どんな感じでしょう?

芦花;お仕事のご依頼をいただいた版元から順にぜんぶ受けていたら、今年は『漆黒の慕情』を皮切りに6冊もあることに今更ながら気づいて……。頑張って書いていきたいと思います。

――なんと旺盛な!!よかったらぜひカクヨムでもまた小説を発表してくださいね。お待ちしてます。
実はカクヨムでは、ひとつのテーマでカクヨム上の4作品をピックアップする特集を毎週金曜日に出しているのですが、芦花さんにも一度、その特集レビューをお願いできますでしょうか…?

芦花;えっ、いいんですか!? 私でよければ喜んで。(※1)読め」という作品を、以前、“金のたまご”で公式レビュアーの柿崎憲さんに取り上げていただいたことがあったんです。そのときは本当に嬉しくて励みになったので、もし少しでもご恩返しができたら嬉しいです。

――「複数のホラー要素をいくつも掛け合わせることで、物語の怖さを何倍にも増幅させる、作者の構成が光る一作だ。」という当時のレビューは、芦花作品の本質をまさに言い当てていますね。 これからもカクヨムから、芦花さんに続く書き手を沢山送り出せれば…と願っています。今後のご活躍も応援しています!

(※1)芦花公園さんセレクトによる特集は、4月28日に掲載予定です。

取材・文 カクヨム編集部



芦花公園(ろかこうえん)
東京都生まれ。2018年、小説投稿サイト「カクヨム」にて小説の執筆を始める。2020年夏、ホラー長編『ほねがらみ』がツイッター上で大反響を呼ぶ。同作を改稿した単行本で、2021年春、作家デビュー。2021年5月には角川ホラー文庫より第2長編『異端の祝祭』を刊行。怪談実話を織り交ぜたドキュメントホラー小説として高い評価を得て、同作はコミックウォーカーで2022年2月にコミカライズ連載もスタート。ホラー界期待の新鋭として文芸界でも注目を集めている。

『漆黒の慕情』

<あらすじ>
塾講師の片山敏彦は、絶世の美青年。注目されることには慣れていたが、一際ねっとりした視線と長い黒髪の女性がつきまとい始める。彼を慕う生徒や同僚にも危害が及び、異様な現象に襲われた敏彦は、ついに心霊案件を扱う佐々木事務所を訪れる。時同じくして、小学生の間で囁かれる奇妙な噂「ハルコさん」に関する相談も事務所に持ち込まれ……。振り払っても、この呪いは剥がれない――日常を歪め蝕む、都市伝説カルトホラー!

2022年2月 角川ホラー文庫刊
定価(本体748円+税)
ISBN 978-4041119853

『異端の祝祭』

<あらすじ>
冴えない就職浪人生・島本笑美。失敗の原因は分かっている。彼女は生きている人間とそうでないものの区別がつかないのだ。ある日、笑美は何故か大手企業・モリヤ食品の青年社長に気に入られ内定を得る。だが研修で見たのは「ケエエコオオ」と奇声を上げ這い回る人々だったー。一方、笑美の様子を心配した兄は心霊案件を請け負う佐々木事務所を訪れ…。ページを開いた瞬間、貴方はもう「取り込まれて」いる。民俗学カルトホラー!

2021年5月 角川ホラー文庫刊
定価(本体748円+税)
ISBN 978-4041112304