たまに信じられない気温になることがあれど、日の沈む時間もだいぶ早くなり季節はすっかり秋。というわけで今回の「カクヨム金のたまご」では、秋の夜長にぴったりな新作を4本紹介。大長編という作品はなく、どれも一晩で読み切れるような分量です。いつも楽しみにしている作品の更新分を読み終えてしまった……そんなぽっかり空いたすき間を埋めてくれる素敵な4作品をお楽しみください。

ピックアップ

ちょっぴり百合でがっつりディストピアな日常系女学校SF

  • ★★★ Excellent!!!

物語の舞台となるのは、今よりずっと退廃しているちょっと未来の日本。そこではさまざまなろくでもないビジネスが横行しており、本作に登場する「国選花嫁専門大学校」もその一つ。

表向きは若い女性に無償で最新鋭の技術と教育を与えて、上級国民との出会いを与えるというものだが、その実態は、生徒を最新技術の実験材料にして、さらに金持ちに半強制的に身請けさせるという酷いところ。生徒の一人である不破瑞樹に率直に言わせれば、娼婦養成学校であり、生徒たちは皆豚ということになる。本作はそんなろくでもない学校が舞台の学園生活を描くディストピアな日常系作品なのである。

別に将来の見通しが悪くたって、現在のうちからうつむいている必要はない。いつもぼんやりしているクラスメートをからかったり、時には女子同士の下ネタで盛り上がったりするし、瑞樹の語り口もサバサバしていてそこまで辛そうにも見えない。

しかし、一見穏やかに見える生活の中にも、実験の失敗で障害を負った少女や身請け先で酷い目にあって出戻りすることになった少女の悲壮なエピソードや、卒業までに迫るタイムリミットへの不安など不穏な空気が漂っており、おかげで大きな事件は起きないにも関わらずついつい先が気になって読み進めてしまう。ハッピーエンドなど見つかりそうもないこの数奇な学園生活を通して、彼女たちはどのような未来を掴みとるのか?

(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)

恐怖を生みだすのは人か、物語か?

  • ★★★ Excellent!!!

「私」はSNSで怪談漫画を発表しているアマチュアの漫画家。一時は本を一冊出すぐらいには話題になったものの、近頃はネタ切れ気味で調子が悪い。そんな中、同じ大学の卒業生が集まるオフ会で、常連の由美子さんという主婦からいくつかの怪談を紹介されるのだが……

中学生の体験談、戦前の田舎で起こった出来事、学生サークルのブログ、民俗学者の手記と紹介された話はいずれも不気味で、読んだ後に妙なもやもやを残すのだが、本作でそれ以上に不気味なのが由美子さんの存在なのである。

「私」が怪談を読み終わると見計らったように電話をかけてきて、次の話を読むようにやたらせっついて来る由美子さん。元からやや無神経で人の都合などおかまいなしという部分はあるのだが、話が進めば進むほどその勢いは増して常軌を逸していく……。

そうやって怪談のパートと由美子さんからの電話のパートが交互に重なって物語が展開されるわけだが、こうなってくると怪談が怖いのか、由美子さんが怖いのか、もうわからない。

そうして読者を恐怖と困惑に陥れた後に、最終的には思いも寄らぬ角度から衝撃を叩きこんでくる。複数のホラー要素をいくつも掛け合わせることで、物語の怖さを何倍にも増幅させる、作者の構成が光る一作だ。

(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)

キョンシーの少女は何の夢を見る?

  • ★★★ Excellent!!!

キョンシー! それは死者となった人間が、夜中に動きまわるという中国に伝わる妖怪の一種! 30年ぐらい前には映画にもなって、死後硬直の影響で、両腕をピンと伸ばして直立してピョンピョン跳ね回る姿が当時の少年少女に絶大なインパクトを与えた! 知らない人はお父さんお母さんに聞いてみよう! さて、本作はそんなキョンシーにサイバーパンクなSF要素を組み合わせた異色の一作である。

物語の始まりとなるのは九龍城のごとく荒れ果てた団地。すっかりスラムと化したこの場所を訪れるのは、黒い雨合羽を着た猫背の女と額にお札を張った棺を担いだ殭屍(キョンシー)の少女。この冒頭のビジュアルが凄くカッコよくて、作品全体の世界観を見事に表現しているのだ。

そうして一度物語に引き込まれてしまうと、その後は活劇あり、ハッキングあり、殭屍のメカニズムのSF的解説あり、謎の新興宗教あり、物語論あり、歪な師弟愛ありと、伊藤計劃風カタストロフィーありと数々のアイデアを怒涛の勢いで叩きつけてくる。しかもその気になれば十分長編にもできそうなのに、この内容をギュッと4話に凝縮しているからたまらない。

分量は短いのでさっと読めてしまうのだが、読み終わってしまうとこの世界の物語をもっと読んでみたくなること請け合いだ。

(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)

二人の縁を結ぶのは思い出の籠った道具の数々

  • ★★★ Excellent!!!

近頃のカクヨムではやたら強いジャンルであるところのラブコメ。いずれも面白くて、こうした人気作を読むたびに「クラスメートの女子からもっと絡まれたいだけの人生だった……」と思ったりするのですが、本作もそんな感じの一作です。

ただ本作で特徴的なのがヒロインである篠原水希の絡み方で、たとえば腕時計、たとえばスニーカーといった具合に彼女はやたらと主人公である高槻悠太の持ち物に目をつけて絡んでくるのです。

社長令嬢からすれば下々の民が身に着けるものなどさぞ珍しいのだろう……と思いきや、実際悠太の持ち物は最近の若者にしては少々古臭いセンスのものだったりします。それもそのはず、悠太が身に着けているのは父親から譲り受けたものだから。

この90年代に流行したノスタルジックなアイテムに秘められた父親とのエピソードが胸にグッと迫ると同時に、悠太がどういう人間なのかを表現することにも繋がってくるわけです。そしてそんな悠太の持ち物に難癖をつけつつも自分も同じものを欲しがる水希ちゃんが大変可愛い!

また二人の関係だけでなく、映画好きの引きこもりな妹のエピソードを挟むなど、ダダ甘なだけでなくちょっぴりビターな話を交えて、読者を飽きさせない緩急のついた内容になっているのもお見事です!

(新作紹介 カクヨム金のたまご/文=柿崎 憲)