第10話 期待
「一体、誰が何のために、インパクト地点の情報を送ってきたんだ。何か分かったことはないのか」
天文船の坂井星也は、通信船で野田和明と会っていた。2隻は津波を避けるため、他の数隻とともに全速力で南に向かっている。
「発信源が少しだけ詳しく分かった程度だ。でも、大勢に影響はない。相手が誰なのか、通信の意図は何なのか、さっぱりだ」
野田は腕を組んだ。星也が言った。
「でも、悪意のある攻撃には、俺には思えないんだよなあ」
野田は大きく頷いた。
「そう思う。攻撃なら不意打ちが当たり前だ。前もってお知らせする攻撃なんて聞いたこともない。だがな…」
野田が口ごもる。星也がすかさず続けた。
「そう、結局は地球全体に危機的状況をもたらしている。やっぱり攻撃なのか、そういう気持ちも拭えない」
「みんな同じ疑問を持っていると思うけど、俺は少し違う」
野田の言葉は星也にとって少し意外だった。星也は改めて野田に視線を向けた。
「津波は確かに地球全体を危機に巻き込む。日本と同じ船団国家はもちろんだけど、残されたわずかな陸地も危ない。だけど、津波が収まったあとのことを考えると、必ずしも危機とは言えないんじゃないか、とも思えるんだ」
「どういうことだ」
「そもそも地球のスノーボール化は、温暖化で両極付近の大量の氷が融けて、海に流れ込んだ真水が海流の大きな循環を止めてしまったことに端を発する」
「海流がストップしたことで、あっという間に極地の寒冷化が加速したのが、スノーボール化の始まりだったな」
星也の指摘に、野田は小さく頷いた。
「もちろん太陽放射の一時的な低下もあった。それが初期の加速の要因のひとつでもあった。だけど、大きな理由はやっぱり海流の停止。それで赤道と極とのエネルギー交換が止まってしまった。極に熱が運ばれなくなってスノーボール化が暴走したという考え方に間違いはないと思う」
「それと、今回の小惑星がどうつながるんだ」
「極の氷が融けて海流が止まり、スノーボール化が始まった。そして、今度は日本列島の上にある大量の水が海に流れ込んで津波を引き起こす。何年もの間、嵐すら起こらないほど静かで穏やかだった地球中の海が津波で引っ搔き回されるんだ。津波のあとに何かが起こると期待してもおかしくないんじゃないか」
「海流が復活するとでも…」
「そこまでは言い切れない。現状で地球表面の半分は氷に覆われてしまった。海流が復活したとしても、スノーボール化を食い止めてくれるのかどうかは分からない。不確定要素が多過ぎるけど、何もない今よりは期待が持てる」
「それにしても…」
星也が言った。
「こんなことを引き起こす小惑星の飛来が偶然じゃないとしたら…」
「そうさ。恐るべき科学力と洞察力。もし攻撃だとしたら、とても地球人類がかなう相手じゃない」
そう言うと、野田は押し黙った。
空母「呉」はインパクト以来、落下地点近くに止まり、艦載のヘリや固定翼機で旧日本列島付近の偵察飛行を繰り返していたが、第2弾の来襲と津波発生予測のせいで避難を余儀なくされた。
「やっと戻ってきたよ」
「呉」艦載ヘリのパイロット川口健太が星也のもとを訪ねた。「呉」はしばらくの間、星也の天文船など数隻の集団と行動をともにすることになっている。
「久しぶりだなあ、あっちには何カ月行っていたんだ」
「3カ月とちょっと。なかなかハードな出動だった」
「現地はどんな感じなんだ。映像はたくさん見たけど、正直、よく分からない」
健太は笑いながら言った。
「その感想が的を得ているよ。飛んでいた俺たちだって、実際はよく分からない。そのくらい現地の天候はひどい。厚さ100メートルの氷が融けて、一気に蒸発した。それが雨となって降り注いでいるんだ。見たこともない悪天候だよ」
「火山もひどそうだな、阿蘇山」
「ああ」
健太は眉を曇らせた。
「もの凄い勢いの噴火だった。火山灰の量が半端じゃない。1万メートル以上に噴き上がったから、そのぶん遠くに飛んだ。今は東北地方の氷の上にまで薄っすらと積もってる。今もまだ数十カ所ある噴火口から相当な量の火山灰を噴き上げ続けてる」
「天然の融雪剤って、誰かが言ってたよな」
「実際、融け始めてる。全部が融けるとは思えないけど、灰の厚さがそこそこある関西地方は目に見えて氷雪量が減っている。それは上空から見てもよく分かったよ」
「融けてるってことは、溜まっている水の量が増えているってことだよな」
健太が頷いた。「ああ、どんどん増えてる」
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