第16話 相次ぐインパクト
船団国家・日本がかつての領土への再上陸を準備している最中、旧ニュージーランドのタウポ湖跡の近くに、事前の予測通り合計12個の小惑星が落下した。岩石型で直径も30~50メートル程度だったため、ほとんどは地表から1000メートルほど上空で爆発、消滅した。だが、放出したエネルギーは尋常な量ではなく、タウポ湖跡を中心とした半径200キロの氷雪域が消滅し、広大な陸地が姿を現した。だが、それは日本でのインパクト後と同じで、蒸発した大量の水が猛烈な雨となって降り注ぎ、地表をあっという間に覆い尽くしていった。
「タウポの水も海への排出は可能だというのか」
大澤武首相は隣でディスプレイを凝視している緑川哲補佐官に質問した。
「氷雪の消失域から海までの距離は平均で十数キロです。この程度の距離なら人工的な水路を築くのは工学的に可能です。量子コンピュータのシミュレーションでは、工期はおよそ2カ月」
「そんなに短いのか」
「はい。桜島インパクトの際の水の動きが加味されていますので、計算はより正確だと思われます」
「しかし…」
大澤首相はあごの辺りを触りながら、つぶやいた。
「出来過ぎだな。まるでこうなることを計算してインパクトが起こったようではないか。日本の場合と同じだ」
大澤首相の楽観的な見立ては、次のインパクトでも証明された。イタリアのシチリア島周辺に8個の小惑星が落ちてきた。
ここでもタウポ湖跡と同じことが起こった。上空で爆発、消滅したエネルギーが厚さ150メートルほどの氷雪を一気に融かした。ただ、日本や旧ニュージーランドと違ったのは、落下地点が氷雪域の境界近くにあったため、インパクトの後、分厚い雲から間断なく降り続く猛烈な雨は、姿を現したストロンボリ火山周辺には溜まらず、そのまま地中海方面に流れだした。
だが、雨といっても数千ミリに達する大量の水が、一気に海に流れ始めたので、地中海周辺では水位の上昇や高潮の被害がでた。しかし、インパクトの直前にこれらの被害はある程度予想できたので、人的被害は最小限にとどまっていた。
ストロンボリ周辺に表出した陸地は100平方キロ以上で、水さえひけば、数百万人が暮らしていけるとみられる。イタリアは国土の回復に向けてプロジェクトを始動させることとし、EUもそれを全面的に支援することになったのは当然の流れだった。
だが、事前に通告された3カ所目のインパクトは趣きが全く異なった。
南米旧ボリビアのサハマ火山跡は、氷雪域の境界から1000キロ以上も内陸にあり、比較的海に近い他の落下地点とは最初から性格が違う場所だった。しかも、落下した16個の小惑星のうち、ひとつは組成が金属型で直径が280メートルほどもあった。その半分は大気圏内で燃えたが、直径100メートルを超す巨大な塊が燃え残り、音速の数倍の速度で地表に激突した。
氷雪が一気に昇華したのは当然だが、この衝突エネルギーはそれでも充分に発散し切れなかった。白熱化した鉄の塊は十数キロあった地殻にも到達し、破滅的な地殻津波を発生させた。かつては強大な小惑星や彗星の衝突で、地球の全体を覆うような地殻津波が発生したこともあったとされているが、今回はそれほど大規模なものではなかった。それでも、地殻津波の影響はインパクト地点から半径900キロ四方に及んだ。つまり、そのエリア内の氷雪が、マグマの力をも借りて、短時間で消失してしまったのだ。
「全地球的な気象に影響を与えるということなのだな」
大澤武首相は誰にするともなく質問した。眼前のモニターにはサハマ・インパクトの衛星画像が大写しされていた。首相の声には強い緊張が含まれている。隣にいた補佐官の緑川哲がすかさず返答した。
「サハマ・インパクトで消失した氷雪は水分量にして日本の200倍、ニュージーランドやイタリアの300倍を超えると計算されております。これが地球の気象に影響を与えないと考えるのは不可能です」
「広大な陸地が姿を現したが、喜んでばかりもいられない訳だ。今度は雨との戦いか。これも『神の見えざる手』の手の内なのか」
「ですが、海洋学者の報告だと、海流に変化が現れ始めているとのことです。日本列島周辺でも、親潮や黒潮の動きが見え始めているとか…」
「海流が赤道付近から高緯度地域に熱を運んでくれれば、地球のスノーボール化は止まるかもしれないということだったな。だが、世界各地のインパクトによって、大量の水蒸気とともに粉塵も大気中に放出された。これが太陽光を遮り、さらなる寒冷化を促す恐れはないのか」
「地殻津波や火山噴火による粉塵は太陽光を遮ります。かなりの量が放出されましたので、心配は確かにあります」
「太陽放射はどうなんだ…」
「ここしばらく大きな変化はありませんが、ここ30年ほどの極小期は脱しているとの見方が大勢です。少しずつ回復していくのではないかと…」
「もう間もなく、北半球に本格的な春が来る。次の冬が来るまでに、氷雪化を防ぐ手立てを講じなければならない。それまで何としても持ちこたえるのだ」
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