第15話 Who

 陸上への異動を言い渡された星也の友人がもう一人いた。空母「呉」のヘリコプター・パイロット、川口健太だ。「呉」は船ごと任務に就くので、単純には陸上への異動とは言えないかもしれないが、京奈エリアを拠点に勤務することに変わりはない。

「健太、しっかり俺たちのこと守ってくれよ」

 天文船を訪れた川口健太を前に、坂井星也は軽く笑いながら言った。しかし、川口は硬い表情を崩さなかった。

「どうしたんだよ、暗いな。いつもの健太らしくないぞ」

 川口は少しだけ頬を緩めたが、目は笑っていない。

「緊張してるだけだよ、ほんの少しな」

「緊張?」

 川口の言葉は星也にとって意外だった。いつもの川口なら、任務に張り切って意気盛んといった雰囲気のはずだ。それが今は帰還不能の任務に赴く兵士のような悲壮感を漂わせている。

「何に緊張するっていうんだよ。氷雪が融けた日本列島に敵が潜んでいるとでも…」

「当然誰もいないさ、今はな…。敵も味方も」

「今は…っていうことは?」

「そうだよ、俺はこれからのことを心配している。まずは日本以外の国だ。高緯度国は日本と同じように船団国家として世界中の海を漂っている。それは国家だけじゃない。国とは呼べない武装集団や海賊、テログループといった方が良いかな…奴らは新しく誕生した広大な陸地を日本の領土だと素直に認めて、黙っていると思うか? 俺にはそうは思えない。きっと戦いが始まる。日本を守るためには『呉』のような空母が何隻もいる。原潜やイージス艦もな。だが、俺が一番心配しているのは、それじゃないんだ」

「外国じゃないってことか」

 川口は大きく頷いた。

「じゃあ、何なんだよ、健太の心配ってのは」


「それは俺にもよく分からない。だが、考えてみろよ。今回の小惑星の飛来は最初からおかしくないか。1発目は星也たちが衛星で発見する前から、落下地点の座標が送られてきたんだろう? そして事前に告知された場所にほぼ正確に落ちた。そのうちひとつは阿蘇山に破局的な噴火を誘発して、日本列島の雪解けは小惑星落下との相乗効果を発揮して急速に進んだ。それは桜島インパクトも同じだ。通告通りの場所に落ち、ダムを決壊させた。日本列島を覆っていた大量の水を放出して、世界に破滅的な津波を引き起こす寸前で止まった。理想的な結果だよ。でも、余りにも理想的過ぎる。星也はこれが偶然だと思うのか。誰かがこの結果を引き起こすために、小惑星を地球に送り込んだとしか、俺には思えない。星也は科学者だろう? どう思ってるんだよ」

 川口は一気にまくし立てた。それは星也がこれまでずっと自問してきた究極の質問だ。もちろん答えはでていない。

「俺にもそれは分からないよ。健太が言うように、偶然と考えるには無理がある。だからと言って、月コロニーや宇宙ステーションコロニーがこれをできるとは考えられない」

「月や宇宙ステーションでなくても、火星は? 火星コロニーならどうなんだ」

「火星の状況は『失われた20年』以後、実はよく分かっていないんだ」

「通信が途絶してどのくらい経つんだ?」

「最後の地球帰還船が出発してからだから、多分10年以上は連絡がない」

「火星との交信は完全になくなったのか」

「火星に残った人類がわずかだがいるだろうとはみられているけど、コロニーは孤立して、細々と生き延びている程度だろうとしか考えられていない。地球との交信ができるようなインフラを動かすことはできないみたいだ」

「失われた20年って、確か感染症の流行から始まったんだよな」

「ああ。それまでは火星に10カ所以上のコロニーがあって、数十万の人間が住んでいた。日本が建設を主導したコロニーだってあった。ピーク時には20万に近い人が住んでいたはずだ」

「アマゾニス・イーストだろ」

「だが、正体不明の感染症の流行で、コロニーのいくつかがあっという間に全滅した。火星人口は恐らく10分の1以下に激減したはずだ。もしかしたら生き残りはいないかもしれない」

「マーズプレスのレポートはデータベースで見たよ。感染症の正体が分からないから、地球への避難も最後には拒絶されたよな。寂しいものだった」

 川口の言葉に、星也は静かに頷いた。

「それ以降、火星と地球との連絡は途絶えたんだ。火星コロニーがこれほどの大規模なプロジェクトを遂行する力はないと、俺は思うよ」

「じゃあ、一体誰が…」

 2人は沈黙した。

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