第14話 異動準備
「このオンボロ船ともおさらばね…何だか名残惜しい気がするわ」
坂井星也が天文船に戻ると、同じ部署の先輩・篠田かおりが星也の帰りを待っていた。篠田は星也の前に長官に呼ばれ、同じく京奈エリアへの異動を伝えられていた。
「船団で最も古く、小さい船ですからね」
「ホント、最近は故障も多かったし…。でも私たちの仕事が少しだけ見直されて、悪い気はしないわよね。忙しくなりそうなのは、ちょっと面倒だけど」
星也は小さく頷いた。
「天文台にプラスして、衛星観測のシステムもつくるなんて、誰が助言したか分からないけど、政府もなかなか攻めたわよね」
「ロケット射場も整備するとか…」
篠田は目を輝かせた。
「そうそう。それには驚いたわ。天体観測に使える軌道衛星は今、世界中で十数機しかないでしょう。これじゃ全然足りない」
「でも、スノーボール化で射場の適地は確実に減っている」
「そう。ロケットを打ち上げるために広大な土地を使うくらいなら、宅地や農地をつくれという話よね。基本的な考え方は世界中で変わっていない。でも、日本だけ小惑星落下のおかげで状況が変わった。日本が何機か衛星を打ち上げられたら、国際的な貢献度は大きいわね」
「ソーラーパワー作戦もまた浮上するかもしれないですね」
篠田は手元にあったコーヒーカップに手を伸ばした。
「軌道上にソーラーパネルを打ち上げて、氷雪域を融かすって話?」
「ええ、あのときはパワーが足りなくて、スノーボール化を止めるのは難しいということでボツになった計画ですけど、日本以外にも小惑星が落下します。周辺では日本と同じようなことが起こります。そういう状況だったら、ソーラーパネルのエネルギーも役に立つかもしれません」
「確かにそうよね。ピンポイントで使えるなら、得られるエネルギーは魅力的よね」
「氷を直接融かすことより、僕は発電能力の方が貢献度は大きいと思うんですよね」
「発電?」
「そうです。軌道上のソーラーパネルから地上へはマイクロ波でエネルギーを送りますよね。それで陸地を覆っている水を分解して、取り出した水素で発電すれば、安定的に電力を捻出できます」
「水素ガスタービン発電所ね。かなり昔にそんなアイデアがあったわよね」
「今こそ取り組むべきです。国土再建には大量の電気が必要になります」
「水も処理できて一石二鳥って訳?」
星也は笑った。次から次とアイデアが頭に浮かんできた。今夜は眠れそうにないと星也は思った。突然の異動内示から時間が経ち、興奮が抑えられなくなった。いつもは面倒くさがりの篠田も饒舌だった。
「良かったよ、知り合いがいて」
翌日、通信船で勤務している野田和明が天文船の星也を訪ねてきた。野田も京奈エリアへの異動組だ。
「天文台を建設するんだって? 大仕事だなあ」
野田は明るい表情をしている。
「カズは、どんなミッションになりそうなんだ?」
「もちろん、通信網の整備がメインなんだけど、その前にやることがある」
「電力だろ?」
野田はしっかりと頷いた。
「京奈エリアに異動するのは、第1陣がおよそ800人。だが、この大半は船ごと任務につく空母の乗組員だ。最初は船上と陸上の生活が半々になると思う。電力は船から供給するしかない」
「でも、いつまでもそれじゃあ復興は進まないだろう」
「そう。本格的に再建を進める上で最初に必要なのはエネルギーの確保だからな。具体的には電力供給システムの再構築だ。第2陣の上陸までに少なくとも1万人が生活できるだけの電力を確保しなければならない」
「それがカズたちの最初のミッションって訳だ」
星也の言葉に野田は頬を緩ませた。
「主力はソーラーパネルなのか、やっぱり」
「最初はそうなる。工期も短いしな。だが、ソーラーだけでは足りない。風が収まってしまった今、風力には期待できないから、いずれ大電力をひねり出せる発電設備が必要になる」
「そんなものがあるのか? 軌道ソーラー発電はまだ何年も先のことになるぞ」
「分かってるさ。だが、ひとつだけある」
野田はひと呼吸入れた。
「核融合発電だ」
「核融合…でも、それは今、世界中で稼働しているところはひとつもないんじゃないか」
「この星ではな」
星也は首を傾げた。
「この星…」
「そうだよ。地球では今やっているところはないが、バリバリ動いている発電所があるよ、火星に」
「火星…」
「そうだ、もう半世紀近く前にサラ・ブレがマーズ・フロンティアで最初の核融合発電所を動かして、オリンポスコロニーでも2号炉が稼働した。そのあとも、確か6号機か7号機までは造られて、今も現役で動いているはずだよ。技術的には充分に可能なんだ。ここから生み出される電力は途轍もない。10万都市をまるごと賄えるほどさ」
「発電力は分かるよ。でも危険はないのか」
野田は軽やかに笑った。
「そりゃあるさ、当たり前だろ。だけどそれをコントロールできるのは火星コロニーで証明済みだ。同じことを地球でやればいいだけだ。できない訳はない、と俺は思っている」
野田の自信たっぷりの口調に、星也は笑いをこらえることができなかった。
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