第17話 夢
坂井星也らが日本列島への上陸班の一員として、船団を離れる日がやって来た。船団の中で最も小規模な部類に入る天文船は、列島派遣組の末席に加わり、船ごと任務に参加することになる。
任務の性格から当然のことだが、空母「呉」やイージス艦、潜水艦などの護衛船団を除いても、18隻が加わる大きなプロジェクトとなった。
上陸班は二手に分かれる。通信船やインフラ整備を担当する土木班、食糧確保の農業班などの10隻は旧大阪湾側からアプローチし、星也らの天文台建設班やロケット発射場整備の航空宇宙班は和歌山と三重の県境付近に接岸する。阿蘇山の噴火で大量の降灰があった九州や中国・四国への接近は見送られ、当面は全精力を旧関西地方に集中する計画だった。
18隻に乗り込み、日本に上陸する第1陣は総勢800人。しかし、最初の上陸班が小規模なのは、生活のためのエネルギーや食糧を確保できないからであって、下準備を終えた3カ月後にはこの10倍の人員が赴任し、基本的なインフラ整備を加速させる。1年後には旧京都市に皇居の再建と新たな国会議事堂の建設に着手する。それらが完成する3年後には、10万を超す人間が旧関西地域で生活する。
「船団国家として世界の海を漂流していた歴史に終止符を打ち、日本の大地を踏みしめる時がついに到来した。一刻も早く、希望する国民全てが日本の領土で暮らせる日を取り戻したい。そのために、我が国の有する最高の人材と技術を投入する。幾多の困難が待ち受けていることと思うが、計画に一切の遅滞は許されない。崇高な目的に向かって、全力を尽くしてほしい。奮闘に期待する」
船団国家の旗艦である司令船で、大澤武首相の訓示を受けた上陸班は、それぞれの船に移動し、列島に向けて針路を取った。桜島インパクトで海域ギリギリまで開かれた水域には、18隻が通れるだけの水路が切られている。そこを通って、上陸船団は日本列島を目指す。
「篠田さん」
転針から数時間が経ち、星也は先輩の篠田かおりと観測室で手持ち無沙汰な時間を過ごしていた。到着まではあと3日ある。
「何?」
「上陸を果たしたら、まず最初に何をしたいですか」
篠田は少し首をひねり、考え込んだ。
「余り考えたことなかったなあ…着いたら仕事、仕事、仕事でしょ? のんびりとしている暇はないんじゃない?」
篠田らしい答えだと、星也は思った。
「上陸して、ひと段落ついたら、僕にはやりたいことがあるんです」
星也の真剣な表情に、篠田は真顔で応じた。
「植樹です。上陸した場所にサクラの木を植えたいと思っています」
「サクラねえ…いいんじゃない」
「氷の下で30年以上眠っていた土地です。当然植物は死滅しています。さらにインパクトの高熱で焼かれて、その後は土石流で散々浸食されているはず。当然緑は皆無のはず」
「確かに殺風景よね。たくさんの人がずっと住むのなら、少なくとも緑はたくさん欲しいわね」
「せっかく日本の大地を取り戻せても、岩だらけの不毛の土地じゃつまらないですよ。1年や2年じゃ実現できません。何十年もかかるプロジェクトです。だからこそ早い段階から計画的に取り組まないと」
「農業班にそういうミッションがあるんじゃないの」
「もちろんあると思いますが、彼らは京都・奈良や大阪の再建で精一杯です。農地の造成が最優先だから、植樹や緑化にまで手が回らないはずです。それでスタートが何年も遅れるのは嫌なんです」
篠田は頷いた。だが、反論も用意していた。
「気持ちは分かるし、私もそうしたいと思う。でも、私たちだけでは無理でしょう。それこそ人手がない。天文台建設が私たちの最優先任務なんだし」
星也は微笑んだ。こういう反論は想定内だったからだ。
「人手は必要いりません。機械の手でやるんです」
篠田は首を傾げた。
「突飛なことを言っている訳ではありません。あれを使うんですよ」
そう言って星也は、部屋の片隅に置いてあるドローンを指さした。船には気象観測用に高性能なドローンを数機搭載してある。
「いろいろと調べてみたのですが、かつて実際にこの方法で森林を再生に取り組んだ事例があるんですよ」
「ドローンで? どうやって」
「植林する樹木の種子を、発芽に必要な栄養分を含んだゼリーで包み、ドローンで空中から蒔いて回るんです。ドローンの飛行経路を事前にプログラムしておけば、人手はかかりません。全自動で植林してくれるようなものです。苗木を植えるよりは歩留まりは悪いですが、森をつくることはできるみたいです」
「確かにそれならできそうね。でも、種とかゼリーとかはどうするの」
「種は農業船から少し分けてもらっています。大量生産は上に掛け合ってみますが、ダメなら自分でつくりますよ。どうせ上陸後の夜は暇になりそうだし」
篠田は軽く笑った。
「面白そうじゃない。目先の仕事ばっかりだと息が詰まるから、そういう別の目標があるのはいいことよね。私も手伝うわよ」
「ありがとうございます。先輩ならそう言ってくれると思いました」
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