第21話 興奮

 坂井星也ら第一陣の上陸班は、2日目以降もヘリが空輸してくるプレハブ住宅に電気の配線を引いたり、水道を引っ張ったり、およそ天文学者らしからぬ作業に従事しマチの基盤をつくり続けた。

 もちろん汗をかいていたのは星也たちだけではない。150人の上陸第1陣は、ほんの1カ月余りで、少なくとも1000人以上が暮らせるマチの土台を作らなければならなかったのだ。それは住居部分だけでない。道路や港湾も含めてだ。

 最初の上陸から1週間後に、仮説の埠頭が設置されると、そこからブルドーザーやショベルカーなどの重機が続々と上陸し、マチの整備のペースが一気に上がった。新しい道路ができると、輸送トラックが頻繁に走るようになり、より整備が加速した。

 最初に星也たちが生活していたグラウンドには大小20余りのプレハブが建っていたが、さらにその高台には第2、第3の上陸班のための仮設住居を何百という数で用意し、そこにも発電設備や食糧庫のような利便施設を整えていく。

 住居部分の設置が一段落した頃には、住宅地からやや離れた海岸沿いには将来の工場地帯となるべき一帯の整備も始まった。住居部分なら太陽光や燃料電池などの分散型発電設備で必要な電力を賄うことができるが、工場が求める大電力は集中的な大型発電所が不可欠となる。国はここに火星で稼働実績のある核融合炉を設ける。サイズは小型でも、優に1万人が暮らせるほどの電力を生み出す。核融合炉は紀伊半島の反対側にも一カ所設置する。野田和明も関わるそちの施設は三重側よりもかなり大型なものになる計画だった。

 ロケット発射場の整備に向けた調査も進んでいる。今は空中と地上から予定地周辺の地形や地質を調べ、現地には気象データを収集するための観測機器を設置した。来年以降は、資材などを運搬するための大きな道路を敷設する。

 海岸から少し奥まった盆地では農地の開墾も始まる。比較的なだらかで広大な耕作予定地が確保されていて、すでに牧草の種が蒔いてある。来年の春には、酪農から手始めに、農家が入植する。当然のことながら、土壌改良が済んだ段階で畑作、稲作も展開することになる。計画では3年後になるが、タンカー型の食糧船に乗り込んでいた1万人の大半が上陸して、本格的な農業活動に当たることになっている。


 小惑星のインパクトのおかげで領土の一部が回復したのは日本だけではなかった。ニュージーランド、イタリア、ボリビアに落ちた小惑星でも、広大なエリアの氷雪域が焼失し、陸地が姿を現していた。

 特に、地殻津波を引き起こすほど大きなクレーターが生成された旧ボリビアのサハマでは、昇華、蒸発した水が大量だったため、インパクトから2カ月が経過しても雨が止まなかった。だが、降雨が周辺の氷雪域を融かしていくという副次効果が広がっていて、氷雪域の北上(南半球では氷雪域は赤道に向かって北上中)が完全に止まった。

 ニュージーランドのタウポ湖付近は、衝突直後の降雨も収まり、水が引き始めた地域で徐々に移住が始まっていた。イタリアのストロンボリ周辺は、地中海までの距離が近かったため、インパクトで生じた湖水を人工運河で排水できる。水路の掘削工事は順調に進んでおり、2週間後には地中海に到達予定だった。

 そして、何よりの朗報は海洋学者からもたらされた。赤道付近と高緯度付近を循環する海流の動きが発生し始めているとの観測結果だ。海流による大きな熱循環が元に戻れば、地球のスノーボール化が止まる可能性がある。

 地球のスノーボール化が始まったきっかけは、大きな海流が停止したことで、赤道と極の熱交換ができなくなり、両極付近が極端な低温状態となったことだ。極冠の氷雪域が短時間のうちに拡大し、北緯40度付近の高緯度地域までが深い氷雪に閉ざされるのに2年とかからなかった。

 氷雪に覆われて真っ白になった地球表面は、太陽光を吸収することができず、ほとんどを宇宙空間に反射するようになる。そうなると、氷雪域の拡大に反比例して、地球の表面が受容する太陽エネルギーの総量はどんどん減っていく。さらに運の悪いことに、ここ半世紀は太陽放射がかつてない低下を示した。ほんの数パーセント程度で、地球全体の平均気温を1度ちょっと下げる程度だったが、スノーボール化が始まった地球にとっては致命的なタイミングといえた。氷雪域が全球表面積の2割を超えた頃から、スノーボール化は歯止めをかけられないレベルにまで加速した。最も悲観的な見方では、10年以内に全球の8割が氷雪域に覆われ、15年後には全球凍結という事態に発展するという計算もあった。

 しかし、小惑星の数回に及ぶインパクトで、状況は明らかに変わった。世界中が希望に湧きたち、興奮状態に陥っていた。

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