第20話 第一夜
星也は当面の衣類などが詰まったリュックを背負い、先着の上陸班がつけた道に従って、陸地を進んでいった。見渡す限り、泥と岩だらけだ。地表を埋め尽くしている泥は容赦なく星也の足元をすくう。ごろごろと転がっている岩は、2階建ての家ほどもある大きさのものもあれば、人間くらいのサイズもある。上陸班は道を塞ぐこれらの岩を避けて、高台を目指した。傾斜がそれほどきつくないのに、さっぱり前に進まないのは、泥で足が滑っているせいだろう。
それでも、星也たちが15分ほど歩くと、眼前に学校のグラウンドくらいある広場が唐突に姿を現した。すでに先着班がこの広場に、太陽光パネル数十組をセットし、水素を製造し始めているようで、広場の隅にあるファイバー製のタンクが半ば膨らんでいた。燃料電池も稼働準備を終え、現在は数十人が慌ただしく作業し、十数棟並んでいるプレハブ住宅への配線工事に取り組んでいた。
「天文観測班はこちらに集合」
遠くから拡声器で星也たちを呼ぶ声が聞こえた。この上陸班の指揮官のようだった。
星也ら36人が声のする方向に集合すると、迷彩服を着た40代の男性が待っていた。
「私が両国勝久。このエリアの司令官だ。よろしく頼む」
そう言って両国は頭を下げた。星也たちもそれに応え、会釈をした。
「君たちが本日最後の上陸班だな。早速だが、決められた任務に入ってもらう。まずは簡易水道設備だ。あの地点に水の貯蔵タンクを設置し、この住居エリアへの導水管を敷設する。資材はあそこにすべてある」
両国はグラウンドの裏手にある高台と片隅にある資材置き場を交互に示した。
「水道設置を午後5時までに終了させ、その後、食糧庫を午後8時までに設置してもらう。時間はないぞ。食糧庫の設置が終えるまで夕食はおあずけになる。急がないと全員の恨みを買うぞ、急げ」
天文船を中心とした上陸班人は、一息つく暇もなく、両国司令官に命じられた作業に取り掛かった。手分けして資材をグラウンド裏手の高台に運び、まずは直径10メートル以上はある巨大なビニールのプール3基を展開した。近くの沢には水を汲み上げるためのポンプを設置し、そこからのホースを浄水器につなぎプールに注ぐようにした。ここまでの作業にたっぷり2時間を費やした。プールはみるみるうちに埋まっていった。
「さあ、今度は導水管だ。急げ、日が暮れるぞ」
作業の督促にきた両国司令官が大きな声を上げた。
「導水管の次には、食糧庫の設置なのよね」
顔中を泥だらけにした篠田かおりがあきれ顔で言った。
「ホント、人づかいが荒い」
導水管の設置は、最初に作業に比べると、かなり簡単だった。3つあるプールから、それぞれ5本ずつのホースをグラウンドの住居近くまで持っていき、そこに蛇口などを設けた。1時間もしないうちに作業は終わった。
「次は食糧庫だ。上陸班は皆腹を減らしているぞ、君たちの奮闘に全員の夕食がかかっている」
両国司令官はいつも元気いっぱいだ。
「あの掛け声を聞いていると、腹の底から力が湧いてくるような気がするのが不思議ですね」
坂井星也が半ば笑いながら言うと、篠田かおりは真顔で答えた。
「それはある。私もあの声聞くと、何だか力がでるのよ。悔しいけど」
食糧庫とは即ち、食材などを収納しておく冷蔵庫と調理のためのキッチンスペースが同居したプレハブ棟のことだ。
天文観測班はグラウンドの片隅に置かれていた巨大な冷蔵庫の梱包を解き、力を合わせて新たなプレハブに運んだ。食糧庫は住居棟の優に2倍の広さがある。冷蔵庫を設置し終えたあとは、建物の中にキッチンを備え付けた。100人以上の食事を調理しなければならないので、家庭用とは比較にならない大きさで、ちょっとしたレストランの厨房くらいの充実ぶりだった。
「やっと終わった」
星也たちが一息吐いたとき、辺りには宵闇が訪れかけていた。唐突に両国司令官が大声で命令した。
「通電開始」
プレハブの建物に照明が灯り、冷蔵庫がうなりを上げて動き出した。
「何とか晩飯にはありつけそうだ」
上陸初日、一日中働きづめだった上陸班から安堵の声が漏れた。
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