第19話 上陸

 和歌山・三重側の船団にはヘリコプターが5機配備されていた。人員運搬用が2機、残る3機は物資輸送用だ。物資輸送ヘリは、船が停泊を開始して間もなく、上陸班が生活するプレハブの建物をピストン輸送し始めていた。今日中には、プレハブはもちろん、上陸班150人が最低1週間は生活できるだけの食糧や水などの搬送を終える計画だった。

 ボートで一番に上陸する班は、ヘリポートを築くことが最初の任務となる。その次の班は、ヘリが運んでくる発電機の設置と稼働、その次の班はプレハブへの送電網の敷設。星也たちの天文船のグループは最終の上陸順なので、ある程度、滞在場所のインフラが整った後に食糧庫や簡易水道施設を設置する役割が与えられていた。

「最初はテント生活を覚悟してたんですけどね。まさか住宅が用意されてるなんて」

 星也は自室で身の回りの荷物をまとめて、集合場所の甲板に移動していた。頭上ではヘリがプレハブを吊り上げて、次々と陸地に向かっていた。

「軍隊の野営とは訳が違うわよ。少なくともしばらくの間はここに住むんだから、QOLは大事よ。日本にはまだ住宅を用意するくらいの余力は残っている」

 甲板に先着していた篠田かおりも飛び交うヘリに目が釘付けになっていた。


 ヘリのうち1機は、コンテナ型の発電機をぶら下げていた。燃料電池型の発電機だ。太陽光パネルの電力で水を電気分解し、得られた水素で動く。日中は太陽光パネルから直接電気を得られるが、それだけだと夜間に電力を供給できない。そこで燃料電池の出番になる。副産物として熱湯も手に入る。

 上陸初日とは言え、日の高いうちに太陽光パネルを設置し、早速水素をつくっておかないと夜間に燃料電池を動かせない。つまり上陸班は今夜、真っ暗な中で生活することになる。最初に上陸したグループはヘリポートを確保した後、1、2時間のうちには、ヘリポート近くに緊急の「太陽光発電所」をつくり、水素製造を始めなければならない。南向きに太陽光パネルを設置し、それに水の電気分解装置をつなぐ。さらに海から水をくみ上げるポンプを装置に接続する。同時並行で燃料電池発電機を設置する平らな場所もつくる。一連の作業は、まともな重機がない中、数時間で済ませなければならないのだ。

「発電所班にならなくて良かったわよね」

 篠田がポツリと言った。

「だって一番しんどい仕事するのに、失敗したら恨みを買うのよ。今晩、真っ暗なままだったらね」


 星也たち天文船を中心とした36人が上陸する順番が巡ってきたのは、最初のゴムボートが船団を離れてから4時間ほどが経ってからだった。

「やっとですね。待ちくたびれましたよ」

 星也は荷物を背負い、ボートに乗船するタラップへ歩を進めた。

「上陸したら、余りの忙しさにそんな発言できなくなるかもよ」

 前を歩く篠田が笑った。

 ゴムボートには14人が乗船した。船上から見ていた以上に海には波とうねりがあり、ゴムボートは大いに揺れた。星也ら全員が乗り込むと、船外機が大きなうなり声をあげ、ボートはゆっくりと動き出した。

 陸地まではほんの10分ほどの距離だった。しかし、波に翻弄された星也たちにはかなりの長時間に感じられた。

「乗り心地は最悪ですね。まるで急流下りだ」

 星也は隣の篠田にこぼした。篠田は蒼白な顔色で背中を丸め、じっと前を見ていた。

「ちょっと話し掛けないでくれる? 何かしゃべったら吐きそう」

 篠田と同じように顔面を真っ青にしている乗組員は何人がいた。ずっと船上で生活していたのに、ボートで船酔いとは…星也は笑いをこらえた。

 時折、海水がボートの中に飛び込んでくる。海水といっても、ほとんど泥水だった。やがてボートは家ほどもある大きな岩の陰に入り込んだ。そこが急造の港だった。だが、当然のことながら、桟橋のような利便施設はまだない。ボートから降りる際には、膝上まで水につかって陸に上がるしかない。

 星也はこれから足を踏み入れる陸地に目を遣った。野田和明からのメールで覚悟していたとはいえ、実際に間の辺りにした上陸地点の荒涼とした風景に言葉を失った。草木一本生えていないむき出しの岩の連なりがあるだけ。地表は泥が一面を覆い、大小さまざまな岩石が散乱している。星也の目の前に広がっているのは、文明の匂いが一切ない原始的で荒んだ大地だった。

 しかし、星也は停止したボートから海に一歩を踏み出した。足元には泥が堆積しているせいか、底なし沼のように踏ん張りがきかなかった。さほど高くないとはいえ、波も打ち寄せていて、ボートからわずか10メートルほど先の陸地に辿り着くまでに少し汗をかいた。なかには転倒して泥だらけになった乗組員もいる。日本列島への第一歩は大多数の上陸班にとって散々なものになった。


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