第4話 出撃準備
衝突地点の割り出しを終え、天文船は一息ついていた。2基の人工衛星は小惑星群を自動追尾していたが、地球に向かってくるコースにいささかの乱れもなかった。49個の小惑星は7×7の正方陣を組んで、氷雪の下に日本列島が眠る場所へと文字通り一直線に向かってきていた。
「あとは待つだけね」
篠田かおりがコーヒーカップを口に運んだ。
「喉がカラカラよ。せっかく暇な天文船を希望したのに、こんなに忙しくなるなんて…」
篠田が笑うと、緊張が解けた坂井星也も追従笑いをした。
「久々ですよね。こんなこと。僕らの船が脚光を浴びるなんて。アドレナリンがどっとでました」
「こんな大騒ぎは初めてじゃない? そもそも日本を脱出するときに、天文観測船不要論だってあったんだから」
「建造しておいてよかったですよね。不要論を唱えた奴らは反省すべきだ」
篠田は口元を緩めた。
「不要論を振りかざした政治家たちは皆死んじゃったわよ。30年以上前のことなんだから」
「それもそうですね。でも、何だか悔しいな。不要論を唱えた人たちを見返してやるチャンスだったのに」
星也が言ったのと同時に、船間通信装置が鳴った。すかさず星也が応答した。
「天文班、坂井です」
「おう、星也」
「何だ、カズかよ」
通信を寄越したのは、野田和明。星也とはアカデミーの同期で、今は通信船で任務に就いている。
「何だよ、とはごあいさつだな」
「悪い、悪い。ここ数時間は通信が錯綜したし、普段なら絶対にかけてこないようなお偉いさんからも直接通信があったんでな」
「えらい活躍じゃないか。それにしても、衝突場所が氷雪域の中で助かったよな」
「本当、ラッキーとしか言いようがない。太平洋のど真ん中に落ちるんだったら、今頃船団は最大船速で逃げているところだ。のんびりはしていられない」
「全くだ、ラッキー以外の何物でもないよな…」
野田はそう言い及んで、急に語尾を鈍らせた。
「どうしたんだ。何かあったのか。余りうれしそうじゃないように聞こえるが」
「いや、うれしいよ。津波は大変だからな。それよりも通信したのは、聞いてほしいことがあるからなんだ」
野田の口調はやけに深刻になった。星也の胸に、もやっとした不安が芽生えた。
「何だよ、何でも言ってくれよ」
野田は沈黙した。それは数秒のことだったが、星也にとってはかなりの長い時間に感じられた。
「通信で話せるようなことじゃない。会えないかな。できるだけ早く」
野田は堅物すぎると言われるほど真面目なエンジニアだ。きっと重要な話に違いないと、長い付き合いのある星也は感じた。
「分かった。あと1時間ほどで休憩時間だ。通信船に行くよ。まだ俺たちの船とランデブーしているんだろう?」
「ああ、インパクトまでは離れないと思う」
「じゃあ、1時間後に」
「ラウンジで待ってる」
通信が切れた。隣の席にいた篠田が観測用ディスプレイから目を離さずに訊いた。
「今のは野田君?」
「ええ、通信船の」
「何かあったの」
「話したいことがあるらしいです。休憩時間に通信船まで行ってきます」
「通信じゃダメなのね…。変な話じゃなければいいけど」
同じことを星也も思っていた。うまく説明はできないが、野田の話に良からぬことが含まれていそうな予感めいたものがあった。
氷の下とは言っても、インパクト予想地点は日本の領土だったところだ。日本船団は衝突の影響を探るべく、急きょ調査隊を派遣することにした。調査は科学船が主体となるが、航空母艦とイージス艦各1隻に加え、水面下で潜水艦2隻が護衛につくことになった。
「ちょっくら日本を見に行ってくるよ」
空母「呉」のヘリコプターパイロット川口健太は、離陸準備に追われ、興奮していた。出航前の慌ただしい時間の合間に、幼馴染の星也に通信を入れてきたのだった。
上気していたのは川口だけではない。空母やイージス艦全体が久々の〝出撃命令〟を受けて、興奮状態にあった。それもそのはず、日本船団が最後に攻撃を受けたのは5年以上前のことで、それ以来、護衛船団は開店休業状態だった。演習ではない本物のミッションが課せられたのだから、兵士たちが奮い立つのは当然だった。
「できるだけ近づいて、空からインパクト地点を確かめる。俺のヘリからの映像を楽しみにしててくれ」
川口はいつものように軽口を叩いたが、すぐにまじめな口調で続けた。
「小惑星の野郎は、きちんと隊列を整えているらしいな」
「ああ、7×7の49個で、正方陣だ」
「ふーん」
会話に少し間が空いた。天文が専門でなくても、小惑星が整然と飛行することが起こりえないことぐらい分かる。
「どうしてなんだ。天文班なら仮説くらいはあるだろう」
「分からないよ、そんなこと。仮説すら立てられないくらい、あり得ないことだ」
「偉いさんはどう見ているんだ」
「思考停止さ。当面の危機が回避されたから、それで一安心なんだろう。それに、今回のことは謎が多過ぎる。偉い先生たちも説明がつけられないと思うよ。だからこそ健太たちが現地に派遣されるんじゃないのか」
「そりゃそうだろうけどさ。でもな…」
川口は言い淀んだ。
「誰かの攻撃ってことはないよな」
唐突に発せられた一言だったが、口調は真剣だった。星也は一瞬意味を掴みかねた。
「いきなり落下地点から宇宙船が飛び出してくるなんてことはないよな」
星也は吹き出した。
「健太、それは映画の見過ぎだ。光学衛星でも赤外線やエックス線でみても、人工物の可能性はゼロだよ。間違いなく普通の小惑星だ。しかも一つ一つは司令船より小さい。全部合わせても、俺たちの船団より小規模なくらいなんだよ」
「でも、その49個が7×7の正方陣を組んでいるんだろう。自然に発生した小惑星群とは、俺には思えない」
「それはそうだけど…」
「何だか、嫌な予感がするんだよ」
川口の口ぶりからは、最初の威勢の良さが消えていた。
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