第32話 派遣
御厨と名乗る女が大澤武首相と無線で話した2時間後、潜水艦内に拘束されていた川口健太と川北可夢偉の2人が、和歌山ベースに送り届けられた。全くの無傷だった。
2人が日本に戻った後、和歌山ベースを占領していた約50人の兵士たちは、上陸したときと同じくゴムボートに分乗して沖合の潜水艦に戻っていった。兵士は5隻の艦に分乗し、静かに深海へと戻っていった。
占領されていた和歌山ベースの死者はゼロ、軽傷者が少数いただけ。施設の損傷は、ロケット発射場予定地の気象観測装置が破壊されたのみ。居住エリアでの物資や食糧の略奪は一切なかった。攻撃そのものがなかったかのように、爪痕はほぼ残されていなかった。
だが、高野山の天文台班には大きな変化がもたらされようとしていた。日本国が差し向けたヘリコプターは和歌山の沖合数キロの海上で、浮上していた1隻の潜水艦に着艦、そこで5人を乗せた。ヘリは真っ直ぐ高野山の山頂、つまり天文台のある場所に向かっている。
御厨が要求したのは、ただひとつ。天文台に自国の研究者の滞在させ、日本のスタッフとの共同観測体制を取ってほしいという意外なものだった。
<科学者の派遣と滞在を許可いただきたい>
御厨の強い言葉を受け、大澤首相はすぐに決断した。研究者5人の滞在を許し、警備のために配置した守備小隊を半分の25人に規模縮小することで、敵意がないことを示した。和歌山ベースの占領部隊の撤収は首相が意向を伝えた直後に、迅速に実行されたのだった。交渉は成立した。
「彼らが何を考えているのか、いまだ分からない部分も多いが、我々を攻撃し、領土を侵略する意図は持っていないと判断した」
大澤首相はテレビ会議システムを使って、天文台長の渡部一志に説明した。
「しかし、彼らが何者なのか、はっきりとは分からないのでは…」
「そうだ、だから完全に警戒を解く訳にはいかない。対空防御や特殊部隊の侵攻には引き続き留意する」
渡部は食い下がった。天文台職員にこの事態を説明するのは渡部台長の仕事だ。このままだと、スタッフの疑問には答えられない。
「彼らはなぜ、天文台を指定してきたのですか。理由は何か言っているのですか」
「天文台を使ってあることを至急調べたいと言っている。それが何なのか、通信では言えないとも…。とにかく、まもなく到着する彼らの科学者から詳しい話を聞き出してほしい」
「5人と言っていましたね」
「そうだ。御厨曰く、とても優秀な科学者らしい。ヘリを突然攻撃したこともあり、最初はテロ集団と考えて対処していたが、実際話してみて、それとは違うという印象を私は強くした。何か抜き差しならぬ事情があると推察した。それは御厨によると、地球の再生に関係のあることらしい」
「地球の再生…ですか。ヘリの先制攻撃とはかなりイメージが異なりますね」
「私も最初は面食らった。彼らが無法者で、我が国の領土を欲しているだけなら、人質を犠牲にしてでも彼らと対峙する必要がでてくるのだが、私には彼らがそのような輩だとはどうしても思えなかった」
渡部台長は少し考え、静かに答えた。
「承知致しました。到着した科学者と交渉し、その結果をできるだけ早期に報告させていただきます」
「よろしく頼む」
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