第2話 船団国家・日本
船団の先頭を進んでいるのは、総トン数40万トンを超す巨大な船だ。海水をくみ上げて真水や水素、酸素を生成している化学機械船で、船団で暮らす百万人余の人たちの生存にとって必要不可欠な生活用水やさまざまな機械を動かす大元となる水素エネルギーを供給している。全長500メートル、幅40メートルというサイズは、船団の中で最も大きい。島と呼んでもおかしくないほどの威容だ。
その後方には、大小さまざまの艦船が百以上付き従っている。
船団の中心は居住船群。37隻ある20万トン級船にそれぞれ約2~3万人が暮らし、1万トンから十数万トンの中小船48隻にも合わせて50万人近くが乗っている。このほか、小惑星の飛来を観測した天文船や通信船などさまざまな任務を帯びた船たちが、船団を構成していた。
最後尾には30万トン級のタンカーが17隻。燃料運搬用もあれば、船を修理、建造するためのドック船、食糧を生産するための農業船もある。ここにもそれぞれ1万人以上が乗り込み、働いていた。
巨大船団はイージス艦7隻と、航空母艦3隻に護られている。水面下には原子力潜水艦6隻も随行している。ここしばらく海は穏やかなままだが、他国や海賊の襲撃には常に備えなければならない。
これが領土のほとんどを失った船団国家・日本のほぼすべてだった。わずかに陸地が残っているのは八重山と小笠原の小さな島だけだ。
国の統治機能を集約した司令船は船団の中心からやや後方に位置していた。1万トン級で大きさはそれほどではないが、潜水機能も有した復元率100%の特殊な造りの船だ。
「直径50メートル規模の小惑星というのは、どのくらいの威力をもっているのかね」
大澤首相は緑川補佐官に質問した。小惑星をめぐる緊急会議は、観測結果待ちのため先ほど小休止した。衝突地点が判明したら再開することになっている。
「天体物理学者に照会したところですが、小惑星の組成によっても随分と違いがあるようです」
「組成…というと」
緑川は手元のパッドを指でなぞった。
「岩石が主体の小惑星であれば、大気圏内でほぼ燃え尽きますので、地表への影響はそれほど大きくはないとのことです。陸地なら直撃しても直径数百メートルのクレーターができる程度。半径数十キロ圏は避難が必要になりますが、被害は限定的です。海に落ちた場合でも、津波はそれほど遠くまでは伝播しません」
大澤は頷いた。
「ただ、小惑星に鉄などの金属が多量に含まれている場合は、そうはいきません。仮に全体の50%が鉄などの金属で構成されていた場合には、かなりの部分が燃え残って地表に激突するか、地表近くまで残存します。金属質の含有割合によっては、被害の大きさが岩石型の数百倍になる可能性もあるとのことでした」
「それが数十個来るとしたら…余り想像したくはないな」
「おっしゃる通りです」
「とにかく、衝突地点が問題だ。できるだけそこから遠ざからねばならん」
天文船は盆と正月とお祭りが一緒に来たような大騒ぎとなっていた。天文学や物理学の専門家が次々と乗り込んで、観測データをひっかきまわしているだけでなく、通信船もランデブーして、世界各国の天文台と連絡を取り合い、観測情報を交換している。
「もう本当に猫の手も借りたい。天文観測の人員を削減するからこんなことになるのよ」
天文班の篠田かおりは慌ただしくディスプレイをタッチしながら、観測数値を処理していた。もともと篠田は、仕事がそれほど忙しくないという理由で、天文船での勤務を希望したと、星也に打ち明けたことがある。今のこの状況は、篠田にとって好ましくないのは確かだ。
「ハワイのマウナケアが残っていればなあ…」
隣席の坂井星也も愚痴をこぼした。現在、地球上にはまともな天文台が片手の数ほどしか残っていない。中、高緯度にあった天文台が南進する氷雪域に飲み込まれて機能を失ったからだ。数年前に放棄されたハワイのマウナケア山頂の望遠鏡も今は百メートル近くあるぶ厚い氷に取り囲まれ、近づくことすら難しい。星也の愚痴は、臨んでいる観測結果が手に入らないもどかしさから発せられたものだ。
しかし、星也は欲求不満を抱えつつも、この喧騒を半ば楽しんでいた。星也は常々、天文観測という〝閑職〟から早く抜け出したいと考えていた。国全体が注目する観測の震源地にいるという興奮は、星也が天文船に配属されてから初めて味わう感情だった。
「何十年も前には、宇宙望遠鏡だってあったのに。ハッブル望遠鏡が欲しい。あれがあれば、かなりのことが分かったはず」
「ノスタルジーにひたっている暇はなさそうよ」
篠田はOJ-22のディスプレイに集中していた。OJ-19が小惑星群を発見した後、OJ-22の軌道を修正し、観測に参加させていた。現在、日本が動かせる天体観測衛星はこの2つしかなかったが、アメリカの3基とEUの2基が観測に参加してくれたおかげで、小惑星群の軌道は次第に明らかになってきた。
「どうやらひと安心のようね、ほら」
篠田は目を瞬かせながら言い、ディプレイを指さした。
「予想コースだと、インパクトは北緯31度34分、東経130度33分付近。ここは今、氷雪域の中よ。海に落ちないなら、それほど影響はないでしょう」
「でも…」
星也が口を開こうとすると、篠田がそれを制した。
「何、この配列…。ちょっと見てみて」
星也が篠田のディスプレイを覗くと、小惑星の進路を示すレーダーに、小さな点が多数映し出されていた。
「こんなことってあり得るの?」
篠田が唸った。ディスプレイには小惑星を示すドットが数十個、規則正しく等間隔で整列していた。それはまるでテレビゲームの一コマのようだった。
「これが真っ直ぐ地球に向かって来ているというの」
漆黒の宇宙で、整然と並んだ小惑星が音もなく突き進んで来る姿を想像して、星也は全身に鳥肌が立つのを感じた。
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