アフター・インパクト

@yoshitak

第1話 警告音

1.

 鏡のように均一で穏やかな海を、百隻を超す巨大な船団があてどなく南へ進んでいた。空には一片の雲もなく、淡い青空を映し込んだ海面を船の航跡がわずかに切り裂き、時間すら止まったかのようなこの海域の静寂をかすかにかき乱していた。


「今日もベタ凪ですね」

 船団の後方に位置する天文船の観測室で、坂井星也は手持ち無沙汰だった。

 隣の席では星也の2年先輩である篠田かおりが同じように暇を持て余していた。

「時化ないのが何より。これはこれでいいんじゃないの」

「それにしても、ここ1年ほど、ずっと海は沈黙してますね」

「海流が止まっちゃったんだから、しょうがないよね」

「太陽放射も相変わらず低い数値ですよね」

「このまま太陽がずっと冷え込んだままってことはないんじゃない? 問題なのは地球が完全にスノーボール化する前に、間に合うかどうかよ」

 この話はもう何度もした。篠田は4年前の人事異動でこの部署に配属となった。遅れること2年、星也も天文観測班にやって来た。毎日顔を合わせる2人の暇つぶしの会話にしては、いささかテーマが重過ぎる。この話題の後はいつも白けた空気が訪れる。


 だが、この日は違った。わずかな沈黙の後、全天空レーダーがけたたましい警告を発したのだ。

「どうしたの、何が起こったの」

 篠田が椅子から転げ落ちんばかりに驚いた。それもそのはず、レーダーが警告を発したのは3年ぶり、いやもっと前かもしれない。心臓を鷲掴みにするような耳障りな電子音が、窓のない天体観測室に繰り返し響いた。

「軌道衛星OJ-19です。地球に向かう飛翔体を感知しました」

 星也はディスプレイを凝視していた。画面上には多くの数字とそれをグラフィック化した軌道予想図が映し出されていた。

「OJ-19、まだ生きていたのね」

「あれは最終型ですから。ヒドラジンがまだ残っているんですよ。稼働している数少ない天体観測衛星じゃないですか」

「それで…飛翔体は何者なの」

「多分、小惑星ではないかと」

「大きさは」

 ディスプレイは目まぐるしく変化していた。星也はそれを懸命に目で追った。

「直径1キロ、大きいな」

 隣で篠田が椅子に座り直した。

「いや、違います。50メートル級が数十個まとまって、小惑星群を形成しているようです」

「距離は」

「地球から約43万キロ」

「随分近いわね。なぜ今まで分からなかったの」

「月の陰から突然現れました。速度も速いです」

「コースは」

 星也はタッチペンで画面を何カ所かなぞった。

「大変だ…」

 篠田がすがるような表情で星也を見た。

「地球衝突コースです。真っ直ぐ向かってくる」


 天文船からの報告を受けて、船団司令船の会議室で緊急の会議が開かれた。政府の中枢と船団の司令官らが招集されていた。

「衝突地点は割り出せたのかね」

 上座に鎮座する大澤武首相が会議の口火を切った。話しぶりは重厚だが、世間話でもするかのような口調だった。

「東アジア付近というところまでです。現時点では」

 司令船の山口博行艦長が答えた。

「東アジアといっても広い。しかも、今はほとんどが氷結している。どの辺りなんだね」

「そこまでは…。現在、鋭意解析中であります」

 山口の返答に、大澤はぎゅっと口をつぐみ、瞑目した。首相に代わって首相補佐官の緑川哲が質問した。

「衝突時間は、いつですか」

「約18時間後だとの報告です」

 山口の口調はやや緊張を含んでいた。大澤首相は大きく目を見開いた。

「海に落下したら、巨大な津波が発生する。インパクトポイントからできる限り遠くに避難するか、退避場所を探す必要が生じる。地点の割り出しを急がせたまえ。アメリカやEUにも協力を求めるように」

「承知致しました」

 山口が部下に目で合図をすると、数人が会議室から飛び出していった。

「18時間…随分急だな」

 大澤がつぶやいた。

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