第7話 破局噴火
時を置かずして、アメリカの衛星がとらえた赤外線画像が届いた。地表付近の様子がレントゲン写真をみるように窺い知ることができた。小惑星群は日本列島があった場所の中国から九州エリアを直撃し、衝突エリアでは分厚い氷雪はほぼ消え失せたようだった。真っ白な氷の大陸中に引っかき傷をつけたような衝突エリアの画像を見て、星也は火星のマリネリス峡谷を思い浮かべた。
「ここは広島から山口にかけての海岸線じゃないですか。古い地図の通りだ」
星也は画像をにらみながら言った。
「瀬戸内、四国もはっきり分かるわね」
「九州は上半分ってところですか。灰色の奴は九州に落ちたんですね」
灰色の雲は九州のほぼ真ん中から湧き上がっていた。
「阿蘇山があった所じゃないかな」
篠田がぽつりと言った。
「でも、このインパクトが氷の上で良かったですよね。もし、陸地だったら地表は壊滅だし、海の上だったら大津波になる」
星也の言葉に、篠田は無言で頷いた。直径わずか50メートルに満たない小惑星が、20年以上も陸地を覆っていた分厚い氷の壁を一瞬にして消し去ったのだ。氷が焼失した面積は何万平方キロに及ぶだろう。2人はそのとてつもないパワーに圧倒されていた。
司令船の作戦室では大澤武首相らが、16の分割画面がある大きなモニターでインパクトエリアの様子を確認していた。空母「呉」から発進したヘリコプターや航空機による上空からの映像は、ほとんどが濃密な水蒸気や雲の中からのもので、地表の様子はほとんど分からなかったが、観測衛星からの画像が映し出されるたびに、室内にはどよめきが上がった。
「地表は大洪水のようです。融けた水が低地に雪崩をうっています」
時折、ヘリから短いリポートも入った。
「皮肉なものだな…」
大澤がつぶやいた。
「えっ」
補佐官の緑川哲が首相の表情を窺った。
「30数年前、地球のスノーボール化が始まって、人類は科学の粋を結集して、その進行を食い止めようとあらゆる対策を講じた。しかし、氷雪域の南下を食い止めることはできなかった。それがどうだ。この小惑星は分厚い氷を一瞬で消し去り、日本の国土が再び現れた」
「総理…」
「日本を再建できる可能性が見えた気がする。我々は小惑星に感謝しなければならないのだろうか」
緑川も同じことは考えていたが、助言を忘れなかった。補佐官は耳の痛いことを進言するのも任務なのだ。
「しかし、衝突の影響を詳細に調査してみなければ、インパクトエリアに接近できるかどうかも分かりません。国民にはあまり期待を持たせない方がよろしいかと」
大澤は渋面をつくりながら、頷いた。
「それは分かっている。だが、国民はいつ終わるとも知れぬ船上の流浪生活に飽き飽きしている。将来への希望はしぼんで絶望に変わりつつあったのが現実だ。しかし、どうだ。この映像をみていると、大地を踏みしめて暮らせる大きな希望が湧いてくる」
「仰る通りです、総理。ですから、日本再建の計画はあらゆる予断を排除した上で周到に練らなければなりません」
大澤首相は小さく頷き、厳かにいった。
「すぐに専門家を集めたまえ。国土再建の可能性があらばすぐに計画を策定し、実行する」
空母「呉」から発進したヘリコプターは、九州地方の上空を飛行していた。視界がほとんどきかない雲の中をもう何時間も飛んでいる。パイロットの川口健太は副操縦士の同僚と溜息をついた。
「もう少し高度を下げてみるか。これじゃあ何も分からん」
「どのくらい下げますか」
「200くらいまでならいけるだろう」
「了解」
ヘリは一気に高度を下げた。氷100メートル分が蒸発した水蒸気雲は尋常な密度ではなかった。加えて、九州のあった地点に落ちた小惑星は地表に激突しており、膨大な量の粉塵も撒き散らかしている。その粉塵は地表近くで水蒸気と結合して猛烈な雨となっていた。だが、それでも雲の中よりは若干見通しが利いた。
「この映像はスクープだな」
川口は独り言ちた。
ヘリの眼下では、小惑星が地表をえぐった直径数キロのクレーターがケダモノの口のように開いていた。クレーターの周囲は衝突時の熱で岩石そのものが融け、焼き物の表面のようにのっぺりとしていたが、よくよく観察すると地面には夥しい数の亀裂があり、この世のものとは思えない荒涼とした光景となっていた。粉塵を大量に含んだ雲からは盛んに落雷もあるようだ。
わずかに観察できる地表は、猛烈な勢いで降り注ぐ雨がもたらした土石流の奔流に飲み込まれようとしている。クレーターの底にはすでにかなりの量の泥水がたまり、低地を埋め尽し湖のようになっていた。
「すごい洪水ですね」
副操縦士がつぶやいた。
しばらくの間、ヘリは低空で地表の様子を撮影しながら、クレーターの周辺を飛んだ。2人のパイロットの口数は少なかった。
ヘリは小一時間ほど周辺を撮影飛行した。
「初回としては、これくらいで充分だろう。そろそろ帰投しよう」
「了解…」
川口の指示に副操縦士が答えた刹那、ヘリが激しく揺れた。下から突き上げられるような衝撃だった。
「何だ」
川口はすぐにレーダーに目をやった。このような空域で攻撃を受けるはずはないのだが、習性がそうさせたのだ。しかし、レーダー上に敵の機影はなかった。
「機体には異常はありません」
副操縦士が報告したが、すぐに機体が再び大きく揺さぶられた。今度はすぐにその理由が分かった。
「あれを撮影するぞ。少し高度を上げるぞ」
川口は前方に発生した小さなきのこ雲を回避するよう操縦桿を操作した。
「あれは、噴火…ですよね」
恐る恐るといった口調で副操縦士が訊いた。
「間違いない。火山噴火だ」
「どうして急に」
「頭を押さえつけていた氷が消えたところに小惑星の激突だ。地殻が薄くなったんで、マグマが上がってきやすくなったのかもしれない」
ヘリの眼前にある火山のきのこ雲は急速に成長し、高度5000メートル付近にまで上昇してきた。川口は雲に巻き込まれないよう、慎重に上昇しながらきのこ雲との距離を保ち、噴火の様子をたっぷりと撮影した。
「衝突クレーターに火山、当分、ここら辺りには近づけないだろうな」
川口は燃料の残量を気にし始めていた。
川口のヘリが撮影した阿蘇山の小噴火は序章でしかなかった。最初の噴火で地下のマグマ溜まりに空白が生まれ、外輪部分が崩落して第2弾のカルデラ噴火が起こったのだ。
この山が数万年間隔で何度も経験してきた巨大カルデラ噴火は、最初の噴火が子どもだましに思えるほど巨大な規模で、半径十数キロの陥没地点の境界付近から何百という噴火が同時多発的に発生し、膨大な量の火山弾や灰を吐き出した。それらは小惑星衝突で生じた水蒸気と結合し、周辺の豪雨をさらに破局的なものにした。
上空1万メートル以上に噴き上がった火山灰は、折からの西風に乗り、日本列島のあった場所の広範囲に降り注いだ。最も東では旧宮城県の辺りまで飛んだ。氷雪の上に積もった火山灰は太陽光線を吸収し、急速な雪解けをもたらした。
厄介者と思われた火山灰は、天然の融雪剤として作用し始めたのだった。
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