第25話 国土再建

「予定以上の進捗状況ですね」

 首相補佐官の緑川哲は、先ほど大澤武首相の隣で、上陸班の作業進捗状況の報告を受けたばかりだった。大澤は終始上機嫌で報告を聞いていた。

 高野山の頂上付近で天文台が観測活動を開始した頃、大阪では水素ガスタービンの発電施設が稼働した。太陽光発電パネルや燃料電池ユニットという小規模で分散型の発電能力しか有しなかった上陸班にとっては、一般家庭なら1万世帯以上を賄えるほどの大電力を生み出す能力を持つ大型の発電所が完成したことで、食糧生産や工業生産を飛躍的に発展させられる可能性を膨らませることができるようになった。

 実際、食糧生産船のクルー500人余りが上陸して、広大な栽培ハウス群で本格的な野菜生産を開始した。それは豊富にある電力を使ってハウス内の温度や湿度をコントロールし、最高の効率で野菜をつくる工場だった。船という限られた空間の中での従来に比べると、生産能力は一気に数倍となった。食糧生産量が増えるということは、より多くの人たちが上陸し生活できるを意味する。来年の秋には、米や小麦、ジャガイモなどの穀物が収穫できる見込みで、多くの国民が船から陸に上がる準備は着々と進んでいた。

 また、上陸した別のグループは、小規模ながらアスファルトの製造プラントを稼働させた。当初の製造量は微々たるものだったが、造り出されたアスファルトを全て投入して、空港の滑走路をまずは整備し、航空機やヘリコプターによる輸送能力を格段にアップさせた。近隣国との行き来も増えた。

 ほどなくコンクリート製造プラントも動き出し、港湾に次々と岸壁が造成された。空港や港からの幹線道路はアスファルトで順次舗装が施され、街を再生するための資材や人が新しい道路を頻繁に行き交うようになったことは言うまでもない。


「京都の再開発も順調なようだな」

 日本政府は当面の首都を旧京都に置く計画だった。鴨川と桂川に囲まれた盆地に、かつてと同じ碁盤の目状の市街地を築くため、すでに千人を超す人材と数百台のブルドーザーなどの工作機械を投入していた。

「まもなく主要道路の舗装工事が始まります」

「植樹も予定通り進んでいるようだな」

「はい。もともと京都御所のあった場所は公園化する予定ですので、すでに植栽を終えています」

「樹木の輸入には少なからぬ予算を費やしてしまったな」

「幼木から育つのを待っていると、森ができるまでに20年から30年はかかります。それでは都市の潤いや重厚感に欠けます。必要な投資だったと思いますが…」

 大澤首相は小さく頷いた。

「今後の課題はやはり建設資材なのだろうな」

「はい」

 緑川補佐官は眉を曇らせた。

「小惑星のインパクトで、世界各地で日本と同じことが起こっています。氷雪域が消滅した地域に、再び街を築くに当たり、どこの国も資材不足には頭を悩ませております」

「月や火星にコロニーを造るのと、ある意味同じ状況にあると言えるかもしれん。だが、ここは地球だ。コンクリートにせよ、金属にせよ、必要なものを造り出すことは、別の星よりは簡単だ。むしろ私は世界中が悩んでいる今この時期に、そうした資材を大量に生産できる体制をいち早く築けたら、世界をリードできると考えている。2世紀近く前、優秀な工業製品で世界を席巻した往時の再現だ。日本国土の再生を急がねばならぬ」

 大澤は自分に言い聞かせるように言った。

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