第26話 攻撃そして撃墜

 空母「呉」を飛び立った川口健太のヘリは、かつて四国のあった海域を飛行している。氷雪域の融解水は、旧四国の大半を水面下に追いやったままだ。

 日本近海には最近、世界各地の海賊船が終結し始めていた。地球のスノーボール化で陸地は年々、確実に狭まっていて、突如日本に誕生したような手付かずの広大な土地は、とてつもない貴重な資源として注目を集めた。

 しかも、この土地はついこの前まで、20年以上も氷雪の下で誰の領土でもなかった。故に、今この陸地は、法的に言えば誰も日本のものとは認めてはくれない。つまり、奪い取れば自分たちの領土だと宣言されかねない不安定な状況下にあったのだ。

 日本国はここが歴史的に日本の領土であることを主張するため、歴史をなぞりながら、国土を再建することにした。京都に首都を置き、大阪に港湾などを中心とした産業都市を築き、高野山に天文台を置くのはその一環だった。一方、空母やイージス艦、潜水艦を投入して海賊や他国の侵略に備えた。つい2週間ほど前にも、この海域に武装船が現れ、戦闘機が威嚇射撃して追いやったばかりだった。

「呉101Hから呉」

 川口はインカムに向かって発した。

「呉101H、どうぞ」

「指定コース上に支障なし、どうぞ」

「呉、了解」


「毎日、毎日、パトロールばかり。俺たちの仕事減らないな」

 川口の愚痴に、副操縦士の大北可夢偉がインカムで答えた。川口のヘリは早朝、午前、午後と3回の警戒飛行を実施していた。今は日が沈みかけている洋上を、沈む夕日に向かって進んでいた。

「監視衛星もレーダーサイトもないんだから、しょうがないですよ。高野山組に頑張ってもらって、早く監視衛星を打ち上げてもらわないと」

「確か半年後の予定だったよな」

「発射場は来月に着工するはずです。小型ロケットで、低軌道に10個ほどのキューブサットを投入する計画だったと聞きましたが…」

「キューブサットね。大北は宇宙工学が専攻だったよな」

「ええ、ロケットの推進技術が専門だったですけど」

「キューブサットって、小さい衛星のことだろう」

「そうです。だいたい20センチ角くらいの小さな奴ですよ」

「そんなんで監視衛星の役割を果たせるのか」

 川口のインカムに大北の乾いた笑い声が響いた。

「衛星が小型車くらい大きかったのは2世紀も前の昔ですよ。いまはキューブでもフォーメーションを組めば、いっぱしの観測が可能です。確か打ち上げ予定のキューブサットの画像メッシュは1メートルだと聞きましたが」

「1メートル四方のメッシュ。それはまた高性能だな」

「1個のサットの重さは5キロ未満なので、比推力の小さいロケットでも一度に数十個は打ち上げられます。ただ…」

「問題もあるんだな」

「数十個の衛星をそれぞれ狙った軌道に投入してフォーメーションを展開するのは、高度な技術が必要だと思います。日本はしばらくロケットを打ち上げていないので、経験のある技術者がいません。一発で成功するとは限らないですよ」

「それじゃあ、俺たちの仕事が減らないじゃないか。高野山組には何としても頑張ってもらわないとな」


 川口は水平線の方角に視線を向けた。太陽がオレンジ色に染まりながら沈みかけていた。サングラス越しに西日に目を細めた瞬間、ヘリ内に警告音が響き渡った。

「誘導ミサイル感知、5時の方向」

 川口は反射的に操縦桿を倒し、ヘリを急降下させた。レーダーには3つの小さな赤い点がみえた。

「チャフを出せ」

「了解」

 ヘリの側方から、ミサイルの誘導をかく乱するためのアルミニウム箔が放出された。

「呉に報告しろ『ミサイル攻撃を受けている』と」

「了解」

 ヘリの上方で激しい爆発音がした。ミサイルの一つがチャフに反応して誘爆したのだ。

「残りは2発か」

「そうです。真っ直ぐ向かってきます」

 川口はレーダーに一瞬目をやった。

「無理だな」

「そう思います」

 川口はシート下のレバーに手を伸ばした。

「脱出する」

「了解」

 川口と大北はほぼ同時に、緊急脱出した。誘導ミサイルがヘリを貫いたのは、その3秒後だった。


「やれやれ、一難去ってまた一難だな」

 パラシュートで降下する川口の目に、洋上でたむろする武装船が写った。それは1隻ではなく、10隻ほどの船団だった。掲げた旗は見えなかったが、単なる海賊ではないのは明らかだ。

 領土が氷雪域に覆われ、船団化した国は日本だけではない。恐らく、川口の目に写る船団もそのうちの一部なのだろう。

 川口たちが洋上で捕虜されれば、確実に外交上のカードとして使われる。

「参ったな…」

 川口は大きくため息をついた。

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