第11話 第3の通信

 坂井星也と川口健太の話は尽きることがなかった。だが、その会話は1本のメール受信音で途切れた。

 メールは通信船の野田和明からだった。

<通信傍受、複数個所>

「複数?」

 星也と健太は顔を見合わせた。すぐに野田に連絡を入れたいところだが、今、応対は無理な状況のはずだ。2人がじっと我慢していると、数分後にメールが届いた。


<12 38 49 175 55>

<8 38 47 15 12>

<16 18 06 68 52>

 星也は、すぐに天文船に戻った。川口も出動命令に備えて空母に移動した。星也は野田から送られてきた3つの数字群について、同僚の篠田かおりに報告した。

「調べてみましょう。今までの電文と同じパターンなのだとしたら、後半はインパクト地点を指しているはず」


 調べはすぐについた。数字の北緯、南緯、東経、西経の違いはあるものの、組み合わせパターンは同じだ。

 最初の数字は旧ニュージーランドのタウポ湖を指していた。

 西暦181年のタウポ火山の大噴火でできたカルデラ湖。このときの噴火はVEI(火山爆発指数)7という途轍もない規模だが、約2万7000年前にはVEI8という破局的噴火も起こしている。火山自体は標高760メートルしかない。

「2つ目はヨーロッパ。ここも火山ね。イタリアのシチリア島、ストロンボリ火山。噴火類型の名前にもなっている有名な火山ね」

 篠田が説明した。

「確か、間欠泉のように規則的に溶岩を噴き上げる噴火のことを指すんでしたよね」

「そのようね」

「2つ目も火山ということは…」

 星也が言うが早いか、篠田が答えた。

「当然、3つ目も火山よ。今度は南アメリカ。旧ボリビアのサハマ火山。きれいな山よ、ほら」

 篠田はディスプレイを星也の方向に向けた。大昔に写されたであろう火山の写真は、青空をバックに威容を誇っていて確かに美しかった。ここも今は山の大半が氷雪の下だ。現状の氷の深さを考えると、氷雪域の上にでているのは山頂付近だけかもしれない。

「全部火山。そこに合わせて36個もの小惑星が降ってくるのか…」

「阿蘇山みたいなことになったら大変。大きさ次第では、本当に地球は破滅しちゃうわよ」


 日本列島に落下した小惑星は、そのインパクトの衝撃の大きさや誘発された阿蘇山の破局的噴火、その後の劇的な気象変化、そしてそもそも小惑星がどこから、どのようにして地球にやって来たのか、などが世界中から注目を集めていた。しかし、それは極東の一地域で起こるカタストロフィに過ぎなかった。目前に迫っている桜島付近への2度目の落下は、世界中に津波の危険をもたらす可能性も指摘されているが、騒いでいたのは主に科学者や政治家たちだった。

 しかし、今度は違う。南半球に2カ所、ヨーロッパに1カ所。この3カ所の火山域に合わせて30個以上の小惑星が降り注ぐかもしれないのだ。世界中のあらゆる政府がインパクトによる影響に関する論議に没頭した。当然、不安は一般市民にも伝播していった。陰謀論が大好きな連中は「小惑星攻撃が世界に破滅をもたらす」と騒ぎたて始めた。今はまだ大きな動きになっていないが、社会不安に乗じて混乱を起こそうとする輩が現れないとも限らない。

「日本はまだマシだったな」

 首相の大澤武が自嘲気味に言った。

「マシ…ですか」

 首相補佐官の緑川哲は怪訝な表情をしている。

「だってそうだろう、日本は訳が分からないうちに最初のインパクトに襲われた。2度目はどうなるか分からんが、とにかく今は避難に全力を挙げている。国民は皆、それに集中しているから、少なくともパニックや暴動が起こる空気はない。しかし、今世界を覆っている不安と恐怖は別物だ」

「確かに…そう言えるかもしれません」

「社会は恐怖に弱い。地球はかつて巨大な隕石や彗星によって破滅的な被害を受けてきた。今回がまさにその再現だと考える市民がいるのは当然だ。しかし、恐怖の爆発が社会のデリケートな均衡を壊してしまう事態だけは避けねばならない」

「特に危ないのはイタリアですか」

 大澤首相は頷いた。

「地中海付近にはまだ陸地や島が残っているし、陸地を失った世界中の多種多彩な民族がごった返している。人口の密集度はかなりのものだ。そこで暴動が起これば、小惑星が到達する前に大混乱になる。その損失はインパクトによる直接被害より大きいかもしれない」

「EU政府は何と…」

「観測衛星での追尾には協力している。我々は桜島に向かっている奴を追わなければならないので、EU向けには1基しか充てられないがな…。今、我々にできるのはそのくらいのことしかない」

「南米の奴は…。小惑星としては最も危険だと聞こえてきますが…」

「ボリビアの16個の中には、最大300メートルクラスのものが含まれているらしい。NASAが血眼になって調べている」

「落下エネルギーはとてつもないですね」

「日本に落ちた奴とは別のカテゴリーだ。分厚い氷雪帯を融かすなんてレベルではない。下手すると地殻津波が発生するかもしれないと流田教授は言っていた」

「そうなると被害は甚大ですね」

 大澤は小さく頷いた。

「しかし、我々にとって今は、桜島インパクトが直面する課題だ」

 日本船団はいくつかのグループに分かれて、津波の第1波をかわすための回避行動をとっている。首相が乗る旗艦はどちらかと言えば潜水艦に近い特殊な構造なので、過度に津波を恐れる必要はないが、タンカー船や水面からの高さがある居住船はできるだけ遠く、しかも津波の影響を直接受けない島影に隠れなければならない。


 インパクトは20時間後に迫っていた。

「しかし、インパクトの後にもっと大きな試練が待っているかもしれん」

 大澤首相は自らに言い聞かせるように言葉を吐き出した。


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