第35話 案内

「それにしても…」

 沈黙を破ったのは坂井星也だった。

「彼女たち、どうみても日本人ですよね。見た目はもちろん、あれだけ流暢な日本語は、日本人でなければ話せない」

 渡部台長は無言で頷いた。

「なぜ、日本人が潜水艦国家を築いたのでしょうか」

「それは想像がつきますよ。地球のスノーボール化が始まった頃、政府の船団国家編成が遅れたので、パニックに襲われた多くの国民が外国に逃げました。20年も30年も前のことです。逃げたのは企業単位だったり、大富豪が個人資産を投じたケースもあります。なかには自治体単位で脱出したところもあったそうです。そうしたグループは三桁では済まないはず。そのうちの一つ、もしくは幾つかが合体して、潜水艦国家をつくったとしても、僕は驚かないですね」

「台長は、彼女たちはもともと我々と同じ日本人だとお考えなのですね」

「間違いない。我々と根っこは同じですよ」


 御厨ら5人の女性が、篠田かおりの案内で天文台に姿を見せたのは約1時間後のことだった。

「素晴らしい施設ですね」

 御厨は天文台を一巡し、つぶやくように言った。

「スノーボール化の進行で、世界中の名のある天文台のほとんどは観測活動ができなくなったので、EHT(イベント・ホライズン・テレスコープ)も稼働しなくなりました。今や、この施設は単独としては世界最高水準の天文台かもしれませんね」

「光学望遠鏡だけではなく、小規模とはいえ電波望遠鏡もありますから」

 渡部台長が答えた。口調は誇らしげだ。

「観測衛星のデータも受信できるのですね」

「もちろん。日本は今、2基の観測衛星を運用しています。来年には和歌山からマイクロ衛星を打ち上げ、電波望遠鏡の観測能力を補強します。数年後には宇宙望遠鏡を打ち上げる計画です。ハッブルやスピッツアー級を想定しています」

「素晴らしい」

 御厨は巨大な光学望遠鏡を仰ぎ、目を細めた。

「光学望遠鏡の能力を見せていただけますか」

 渡部台長は無言で頷き、コンピュータの前に待機していた坂井星也に目で合図した。星也がパネルを指で何度かなぞると、昨夜観測した画像がディスプレイに表示された。

「これは月面、静かの海です。10キロ四方程度のメッシュで観測可能です。コロニーもはっきり確認できます」

 画面が変わった。

「こちらは火星です」

 解像度の高い火星の全球図が映し出された。

「とてもシャープな画像ですね」

「大気による揺らぎは補正済みです。今はスノーボール化のおかげで、大気は澄み切っていますので、とても精細な絵が得られます」

 続いて、木星、土星など太陽系の惑星が次々と表示された。御厨ら5人の女性は、食い入るように画面を見つめていた。

「電波望遠鏡はどうですか」

 星也はパネルをまた何度か触れた。すると、渦巻き銀河の画像が現れた。

「アンドロメダ星雲です」

 御厨は深いため息を吐いた。

「続いては大マゼラン雲」

 その後、何十枚もの銀河の画像がディスプレイに表示されると、御厨たちは息を飲むような表情で、画面を凝視した。

「ありがとうございました」

 御厨は深く頭を下げた。

「満足いただけましたか」

「充分に。これほどの能力だとは思いませんでした」

「それでは…」

 渡部台長が畏まって言った。

「そろそろ、あなたたちがここにやって来た目的をお聞かせいただけますか」

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