第30話 3つの質問
「首相の大澤です」
大澤は静かに言った。焦りや不安を相手に悟られないよう、無理をして威厳を保った。返信はしばらくなかった。
「大澤です」
首相がもう一回名乗ると、スピーカーから返答が流れてきた。
「日本国政府に要求します」
日本語だった。若い女の声だ。かなり流暢で、ネイティブな発音で、とても落ち着いた話しぶりだった。
「その前に」
大澤首相が相手の声を遮った。
「あなたたちは何者なのか、まずはそれをお聞かせ願いたい」
「…」
相手は沈黙した。無音の時間はおよそ1分あっただろうか、首相らがしびれを切らす直前に、女は再び話始めた。
「それを今、明かす訳にはいきません」
しかし、首相は引き下がらなかった。
「あなたたちは我々のヘリコプターを一方的に攻撃し、撃墜した。乗員の安否はいまだ不明だ。我々はあなたたちを非難する権利がある。その上で、誰かも分からない相手と交渉はできない。あなたが国を預かる立場の方なら、私の取るべき態度は理解いただけると思いますが」
「首相の言うことは理解できます。ですが、私たちにも事情があるのです。急ぎ、私たちの要求を聞いていただきたい」
「それは余りにも無理な申し出…」
大澤が拒絶しようとしたとき、声の主が斧を振り下ろすような鋭い声色で、首相の言葉を遮った。
「私たちはパイロット2人を保護しています」
会議室の空気が凍り付いた。全員が唾を飲み込んだ。
「要求が受け入れられたら、2人は即時解放します。それは約束します」
「無事なのですか」
大澤首相が声を絞り出した。
「何の問題もない状態で丁重に保護しています。健康状態は完璧だし、一切危害は加えておりません。ですが、監禁が長引けば精神的なダメージは大きくなるでしょう」
「それは我々も望んでいない」
「私たちがヘリを攻撃したことを非難するのは自由です。しかし、今そのことに時間を割くことは賢い態度ではありません。もっと切迫した、重要なことがあるのです」
「あなたの言うことは、さっぱり要点を得ない。漠然とした言い回しではなく、具体的に説明してもらいたい。なぜ、我々のヘリを攻撃したのか、あなたたちは何者なのか、そして、我々への要求とは何なのか」
声の主は一瞬黙ったが、すぐに話し始めた。
「ひとつ目の質問への答え、ヘリを攻撃したのは、私たちの要求を貴国に呑んでもらうためのやむを得ない行動でした。それに関してはいくらでも謝罪致します。搭乗員2人を殺害する意図は最初からありませんでした。彼らはプロだから、間違いなく脱出すると想定していました。2つ目は先ほども言いました。今は答えられません」
「しかし、名前も分からない相手と、話を進めていくのは難しいのではないか」
大澤首相はなおも食い下がった。
「御厨」
「えっ」
「名前が必要なのであれば、私のことは御厨と呼んでください。それでは、これから3つ目の質問に答えたいと思います」
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